第28話 魔物の正体

「師匠、余裕で座り込んでいる場合ではないのだぞ!」

「そうですよ、偽カミナリさんと戦えるのは、カミナリさんだけなのです」

焦る二人の目線の先で、偽タカルハが膝を付いて靄に包まれる。手を取り合って震える二人に飽きれながら、神成はゆっくりと立ち上がって靄に近付いた。

 偽カミナリが靄を払って立ち上がる…かと思われたが、ドガッというヘビー級の音とともに、偽物の姿が消えてしまう。


「おい、変身を解除しないと、重みで死ぬぞ。お前、装備だのの効果も反映させて変身出来るんだな。俺の額にあるのは体重を5倍にする呪いのサークレットだ。どうなるのか興味があったんだが、俺に変身出来ても重みには耐えられないのか」

 神成が話しかけていた地面には、土にめり込んだ偽カミナリが転がっていた。

「師匠の体は、一体どうなっているのだ…」

恐る恐る近づいて来たタカルハが、偽カミナリを杖でつつく。

「さぁな。体の構成要素が違うのかな。俺は学者じゃないから解らん」


 偽カミナリから靄が発生し、偽タカルハへチェンジする。

「またタカルハさんになったのですよ」

至近距離で矢をつがえたマメルカの手を、神成が制した。

「ちょっと待て。こいつ、俺の言葉を理解してたみたいだったけど…本当に魔物なのか?」

「襲って来たではないか。変身能力があるのだから、相当強い魔物なのではないか? 強い魔物は人語を解して話をすると言われているのだぞ」

「ほう…おい、お前は魔物なのか?」

しゃがみ込んで顔を覗き込んだ神成を見て、偽タカルハが飛び退いて荒い息を吐いた。


「お、お前、化け物かっ! 重っ! こわっ!」

偽タカルハの言葉を聞いて、本物のタカルハが吹き出した。

「そうだな…俺は化け物並に強いぞ。パンチ一発でお前の腹に穴が開く…まだ戦うか?」

「いや、いい、降参、怖っ!」

「いい眺めなのです」

頭を抱えて丸くなった偽タカルハを見て、マメルカがほくそ笑んでいる。


「お前、何で俺の姿に戻るのだ。自分の姿になれば良いであろう? そんな情けない姿を晒されるのは、迷惑なのだぞっ!」

「仕方ないだろ、解らないんだ、自分の姿」

偽タカルハの言葉を聞いて、首を傾げる三人。

「どういうことなのだ?」

「そのままの意味だ。変身出来るけど、元の姿が解らない。自分が何なのか解らない。記憶も無い。気が付いたらこの草原にいて、変身ばっかりしてた」

「それは…難儀だな…。それじゃあお前、人間かもしれないぞ……殺さなくて良かった」


 タカルハが魔法のカバンに手を突っ込んでごそごそし始める。何を出すのかは、神成にも予想出来た。ハニーがお世話になった、あれだろう。

「師匠、真実の水鏡なのだ! ちゃんと持ち歩いているのだぞ!」

「あぁ、偉い偉い」

「そ、そうか…ふふふ……おーみず!」

タカルハが早速呪文を唱えると、偽タカルハがビクッと体を震わせた。

「おい、大丈夫だから動くなよ。痛みは無い。これでお前は本当の自分に戻れるかもしれない」

神成の言葉に、偽タカルハの眉間に皺が寄る。神成を化け物だと思っているふしもあるし、そう簡単に信用出来るものでは無いのだろう。

 小さい手鏡に全身を映すのに苦労しているのか、タカルハは鏡を覗き込みながら何歩も後ろに下がっている。やがて、偽タカルハが薄っすらと光り始めた。


「ギャー、殺される!」

「殺さねぇよ…」

偽タカルハの叫びに突っ込みながら神成が目を閉じると、タカルハとマメルカもそれに習った。次に光を発するのは、ミナカタの時に体験済みなのだ。


 三人が目を開けた時、そこには意外にも見知った感じの生き物が座り込んでいた。


「師匠…これは、リュウマンさんではないか?」

「だろうな」

「でも、ヨモツさんとは色が違うのです。ヨモツさんは青ですが、この人は髪も体もピンクっぽいのです」

 座り込んでいたのは、リュウマンだった。マメルカの言う通り、髪は勿論、肌も尻尾も薄いピンク色をしている。体型はヨモツと変わらず背が高そうだが、顔付は目がぱっちりしていて愛嬌が感じられた。涼し気なイケメン風ヨモツよりも、親しみやすい印象を受ける。上半身裸で下だけズボンなのは、リュウマンの基本なのだろう。


「なん、だ…これが、俺なのか? 本当に?」

ピンクリュウマンは、不思議そうに自分の体を見回している。手をわきわきと閉じたり開いたり、顔を触って、尻尾を撫でる。

「うーん、姿は戻っても、記憶は戻らないみたいだな。お前、自分が何者か解るようなものは何か持ってないのか?」

神成に言われて、ピンクリュウマンはズボンのポケットに手を入れた。

「何かある…何なのかは解らないが、大事な物のような気がする」

手を抜くと、黄色いビー玉のようなものを指でつまんでいた。


「大事な物? 何だろうな…タカルハ、マメ子、解るか?」

「初めて見るのだ」

「あたしも、解りません」

神成が手を伸ばして、正体不明のビー玉を摘んだ。


 ビギギッ パァンッ


ビー玉が粉砕した。


「師匠――――――!! 馬鹿力! 大切なもの―――!」

「ふあぁぁぁぁぁ、と、とんでもないことをしたのですぅ―――!」

返す言葉も無く、立ち尽くす神成。


 凍り付いたような時間の中で、砕けたビー玉の辺りから、モヤモヤと煙が立ち上る。不審に思いながらも、ただ見つめていると、やがて煙は勢いよくピンクリュウマンの鼻の穴に吸い込まれていった。

「なんだったんだ? おい、大丈夫か?」

神成が座り込んで語り掛けると、ピンクリュウマンは、目を閉じて地面に倒れ込んでしまった。

「おいおいおいおい、お―――い!」

驚いた神成が体を揺するが、目を覚ます気配が無い。


「って、お前ら! 何でそんなに距離を取ってるんだ!」

タカルハとマメルカは、数歩下がってあらぬ方向を見ていた。

「だ、だって…師匠が…殺してしまったのだぞ…」

「あたしは、見てただけなのです…」

「お前ら―――! 殺してねぇしっ! 死んでねぇしっ!」

ピンクリュウマンの首に当てた神成の手のひらには、確かに脈が伝わって来ている。

「でも、倒れてしまったのだ。師匠が玉を壊した途端に…」

「そうですよ。あの玉、リュウマンさんの心臓的な何かだったのじゃないですか?」

タカルハとマメルカは、再び数歩後ろに下がる。


「いや、良く解らんが…まぁ、俺のせいかもしれないけど…とにかく、解らんもんはしょうがないし。盆地に連れて行って、ヨモツにでも聞いてみるしかないだろうな」

「カミナリさん、ヨモツさんに殺されるんじゃないのですか? 仲間の仇って」

「そうなのだな…帰って良いものだろうか…」

無言で立ち上がった神成は、薄情な二人に歩み寄って耳を引っ張った。男女の悲鳴を聞きながら、溜め息を漏らす。二人のせいで、何かやっちまった罪悪感でいっぱいだ。


「あー、もう、ピンクは連れて帰るとして。草原はどうなんだ。これで、ネコマンは安心してここに住めるんだろう? 後は勝手に移住してくればネコマンの土地になるのか?」

「ど、どうであろう。宣言でもしてみたらいいのではないか? それより、俺の耳は付いているのだろうか?」

「あ、あたしの耳はちぎれてないですか?」

耳を心配する二人を無視して、神成は大きく息を吸い込んだ。


「あー、この草原にネコマンを住ませるぞー、どうですかー?」

見えない何かに大声で語り掛けてから、神成は少し顔を赤らめて下を向いた。咳払いしてから、何かの反応を待ってみる。


ポーン

――――――――――――――――――――

『カミナリ平原』

旧迷いの森南平原は、カミナリタカヒトの所有になり、カミナリ平原となった。

※補足 カミナリタカヒトは、ネコマンの保護者になった。カミナリ平原には、ネコマンを住ませるようだ。

―――――――――――――――――――――


神成の前に現れた説明版に駆け寄って、耳を押さえた二人が驚きの声を上げた。

「おぉ…すごいのだ。冗談で言ったのに…」

「へぇー、あたしが宣言したら、マメルカ平原になったのでしょうか。あたしはマメルカです。どうですかー?」


ポーン

―――――――――――――――――――――

マメ子は駄目です

―――――――――――――――――――――


「何でですかっ! しかもマメ子言うなっ!」

自分の前に現れた文字に向かって、マメルカがチョップを繰り出した。


ポーン

―――――――――――――――――――――

因みに、タカルハも駄目です

―――――――――――――――――――――


「俺は何も言っていないのだぞっ!」

ご丁寧に、タカルハの前にも文字が現れている。


「うーん…これで良かったのかよく解らんが、帰るか。すげー、疲れた」

「お疲れの所悪いのだが、ピンクリュウマンさんは、師匠が背負って行くのだぞ」

「………」

 ピンクリュウマンを背負った神成と、耳を押さえた二人は、いまいち達成感のないままに帰路についた。

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