第26話 もう謝るな
後発のタカルハ達がネコマンの村に到着した頃には、犠牲者の墓地が完成していた。神成が運んできた大岩に全員の名前と、白バラ隊の悪行と顛末も刻んである。この土地は、未来永劫人間の手には入らないが、ネコマン達はもうここには住めないと言った。
タカルハと回復魔法が使えるゴリラマン達は、怪我人の治療に励み、力持ちなリュウマンのヨモツは荷造りを手伝っているようだ。
「移る場所は決めたのか?」
神成が尋ねると、ネコイチは壊れた村を悲し気に見回した。
「…迷いの森の奥にある平原に移ろうと思います。ゴリラマン達も色々と手助けしてくれると言ってくれていますし、何よりあそこだったら人間は来ませんから。人間が全員恐ろしい生き物だとは思っていませんが…今はまだ…」
「そうか…俺も、出来ることがあるなら何でも手伝うよ」
「それは是非…お願いします」
頷いた神成の手を、ネコイチがギュッと握る。その様子を見て、ゴリイチが安心したようにほっと息を吐いた。
「良かったな、ネコイチ。平原はカミナリ様が手に入れてくれるぞ」
「えぇ、えぇ、助かります」
「え? 何?」
「カミナリ様が平原を手に入れるまで、ネコマン達はカミナリ盆地で預かることになりましたので。お願いしますね」
ゴリイチが神成の肩に手を置いた。
「お、おう…」
何か大変なことを請け負ってしまった自覚はあったが、断れるはずもない。
どこからか、女の人の優しい歌声が響いて来る。見ると、赤ん坊を抱いたお母さんが子守唄を歌っているようだった。神成の胸がギュと痛む。悲しみと怒りと…じいちゃんが死んだ時にも感じた苦しさだ。あの時は、こんな痛みは二度と味わうことは無いだろうと思っていたのに。
「もうやめろ! お前も人間のくせに! ムカつくにゃ!」
聞き慣れた怒鳴り声がして、神成は溜め息を吐いた。あの声は、ミナカタに拳骨された少年で、実は、盆地に助けを求めに来たミナの弟だというミカオのものだ。ミカオはタカルハ達が到着した時も、人間に対して敵意むき出しで喚き散らして、怒鳴られたタカルハとマメルカは半泣きになっていた。
今も怪我人を治療しているタカルハを睨み付けて、腕を引っ張って邪魔をしている。
「ちょっと待つのだ。まだ治療が途中なのだぞ?」
タカルハの弱々しい声を聞いて、神成が仲裁へと出向く。事あるごとに攻められて憔悴しているタカルハも気の毒だが、既に数回ミナカタから拳骨を食らっているミカオも大概だ。
「みんな、人間に治療なんかされたくないにゃ。お前達がやったくせに!」
「それは…すまないと思って、、、」
「タカルハ、もう謝るな。お前がやったんじゃないだろう」
神成の言葉に、タカルハは情けない顔を向ける。
「なんでにゃ、何度でも謝れ! 土下座しろ! 死んで詫びろにゃ!」
ミカオが、今度は神成に矛先を向ける。
「謝らないぞ。俺たちは人間代表じゃないんだ。それに、人間が悪いことをした罪悪感でお前達を助けてるわけじゃない」
「何だとっ! 悪いと思ってにゃいのか。じゃあ、お前らなんか死ね! どっか行け!」
「死ねとか言うな。俺達はネコマンが酷い目に遭ったから力になりたいと思っているだけだ」
「嫌いだ! 死ね、死ね、お前も死んじゃえっ!」
ミカオがタカルハの足を蹴りつける。黙って耐えるタカルハの目から涙が零れた。
「ミカオ……タカルハも、向こうにいるマメ子も、優しい人間だって本当は解ってるんだろ? それなのに人間だから死ねって言うのなら、お前は白バラ隊のやつらと一緒だぞ。もう充分八つ当たりしただろう。死ねなんて言葉、もう使うな」
「人間のくせにっ!」
「静かにしてろ、赤ちゃんが起きちゃうだろ。喚き散らす元気があるなら、あのお母さんに食べ物でも持って行ってやれ」
「偉そうにするなっ!」
ミカオの怒鳴り声で、とうとう赤ん坊の泣き声が響き渡る。
「小鳥がピーピーやって来て~……🎵」
母親とは違う歌声に顔を向けると、マメルカが赤ん坊を覗き込みながら歌っていた。中々可愛らしい優しい歌声で、やがて赤ん坊は静かになった。
赤ちゃんは人間でもネコマンでも構わないようだ。それがまた気に障ったのか、ミカオが口を開きかけるが、慌てたように踵を返して走り去ってしまった。
「おい、タカルハ、カミナリ、ちょっと来い」
ミカオが去った原因が後ろから声を掛けて来る。渡りの賢者の拳骨は、かなりの威力があるようだ。
********************
ミナカタに連れられて、タカルハと神成はダンジョンにやって来ていた。
「よし、攻略するぞ」
「は? 何でだよ」
「そんな場合では無いのだぞ?」
ミナカタの場違いな言葉に、二人が揃って異議を唱える。
「うるせぇな…最奥に用があるんだよ。黙って着いて来い、殴るぞ」
言った側から、ミナカタは二人に拳骨をくらわせた。ウサの時から感じてはいたが、この賢者はとんでもなく凶暴だ。
暴力賢者の後に着いて、渋々ダンジョンを進む二人。
壁に生えたデカいお花の魔物に行く手を阻まれる。何本も伸びる触手が、ピシピシと地面や壁を打ち付けている。
「おい、倒せよ、若者ども」
「年寄りぶるなよ、鬼嫁。賢者の実力、見せてくれ」
「俺も見たいのだぞ」
若者二人にどうぞどうぞされた賢者は、舌打ちをしながら服から小刀を取り出すと、お花目がけて投げ付けた。
ボガァン
「はぁ?」
「な、何でなのだ!?」
プスッと刺さると思っていた小刀は、刺さった瞬間に爆発してお花を木っ端みじんに吹き飛ばした。
「魔法武器だ。刺されば爆発する。感心してないで、飛ばした武器拾って来いよ」
ミナカタの言葉は、神成の頭の中で「焼きそばパン買って来いよ」に変換された。これは駄目だ。ここで言う事を聞いては、これからずっとヤクザな賢者のパシリにされてしまう。
「投げたものは自分で拾えよ」
「拾って来たのだぞ」
「タカルハー!!」
素直で優しい弟子は、パシリをすんなり受け入れた。
「よし、良い子だ」
「そ、そうか。ふふふ」
「暴力賢者! タカルハを手なずけるな」
「全く…カミナリも少しは年寄りを労われよ」
「だから、年寄りぶるなよ。どうせ寿命からしたらミドルエイジも行ってないんだろ?」
ミナカタは神成の突っ込みを無視して前へ進んだ。都合の悪いことは無視。段々と渡りの賢者とやらの性格があらわになって行く。
このダンジョンは植物系モンスターが主なようで、タカルハもミナカタも伸びて来る蔓を上手くさばいてかっこよく攻撃して倒していく。
「お、おい。俺にも倒させてくれ」
「……ちょっと、師匠には遠慮して欲しいのだぞ。ここの魔物はみんな壁や地面にくっついているのだ。ダンジョンを破壊されるのは困るのだぞ」
タカルハの言葉に、ミナカタが吹き出した。
役立たずな神成を仲間外れにして、あっという間に最深部に到着してしまう。神成は最近思う。自分は強いはずだが、力を発揮できないのは弱いのと一緒ではないのかと…。
悩む神成をよそに、ミナカタが壁に手を添えて何かを探り始める。やがて、壁の一部がガラガラと崩れ落ち、どこかで見たことのあるような小部屋が現れた。
「師匠! これは、魔法のカバンのダンジョンと同じ隠し宝箱の部屋だ!」
「そうみたいだな」
タカルハの解説通り、中には宝箱が置いてあった。
「カミナリ、開けろ」
大分慣れてしまったミナカタの命令口調に黙って従うと、中には、金属の長手袋らしきものが入っている。
「うぉ、これはあれだな、ガントレットだ!」
ガントレット…それは、西洋の甲冑の手袋部分と言えば解りやすいだろうか。指の関節部分には破壊力が増しそうな突起があり、腕はちょっと長めで装飾も凝っている。艶消しのシルバーとゴールドがなんともお洒落な逸品だ。
「カミナリ、お前の武器だ。素手は卒業しろ」
「マジか! …ん? これで殴りが本職になるのか…」
エクスカリバーは諦めるしかないのか…しかし、ガントレットのカッコよさに目がくらんだ神成は、早速手を伸ばして両腕にはめて見る。
ポーン
――――――――――――――――――――
カミナリはガントレットを手に入れた!
名前 クソ重いガントレット
カミナリ以外は重くて装備出来ない
効果は抜群だ
補足 因みにクソ硬い
丈夫で経済的だ
――――――――――――――――――――
カミナリは、あの日あの時のタカルハの気持ちを理解した。
「……ミナカタが見つける武器は、全部クソシリーズなのか?」
「そうだな…これは渡りの賢者が作った魔法武器だ。クソ重いシリーズは、かなりの逸品だぞ。感謝しろ」
「いや、するけどさ…名前が適当すぎるだろ」
「名工にネーミングセンスまで期待するな」
「そういうもんか…ミナカタサン、ブキヲドウモアリガトウ」
「あぁ」
「師匠、カッコイイ武器なのだ。良かったのだぞ」
偉そうなミナカタの横で、タカルハはクソ仲間を得てご満悦の表情だった。
「しかし、渡りの賢者ってミナカタだけのことじゃなかったのか?」
「違う。まぁ、人間の部類だが、長命で大陸まで超えて世界中を放浪して知識を有している者がいるから、渡りの賢者なんて呼ばれている。隠れ里の場所は秘密なんだが…お前らにはそうもいかないな。ドラゴンロードに里がある」
神成とタカルハは顔を見合わせる。忘れかけていた離婚の地、ドラゴンロード。ウサとドラゴンロードの繋がりが判明した。
「なるほどな。ミナカタは自分の里じゃないと離婚出来ない仕様なのか」
神成の言葉に、ミナカタのこめかみに青筋が浮き上がる。
「あぁ、そうだよ。お前、渡りの賢者の結婚なんて、そりゃーもう一大事なんだぞ。罰が当たるぞ、クソッ」
神成は拳骨が飛んでくる前に、ダッシュで小部屋を後にした。
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