第25話 白雷の効果

「カミナリ…お前の魔法か?」

ミナカタの言葉に、神成は目を見開いたまま首を振って見せる。突然の落雷に、怒りを忘れる程驚いていた。

「みんな死んだの?」

「いや、死んではいないようだ…」

ミナカタがカシーナ隊長の首に触って生死を確かめてから、立ち上がって乱暴に横腹を蹴った。

「うっ…な、なんだ…何が…」

目を覚ましたカシーナ隊長は、落雷にあった割に何もダメージがなさそうだった。神成には全員に稲光が走ったように見えたが、分散したせいでダメージにはならなかったのかもしれない。


「起きろ! 起きなさい、早く!」

カシーナ隊長がヒステリックに叫んで、隊員たちを叩き起こしている。どうやら重症の者はいなかったらしく、全員が何が起こったのか理解出来ないというように首を傾げていた。


「ふ、ふふふふ…何だったんです? ただの威嚇ですか? こんな音や光だけの魔法。かすり傷一つ負っていませんよ」

カシーナ隊長が神成に言うと、隊員たちも納得したように頷いて口の端を上げた。神成本人には身に覚えのない落雷だったが、どうやら白バラ隊の連中は神成の下らない魔法だったのだと納得している様子だ。


 そこで、場違いだが聞き慣れた音が響き渡った。


ポーン


 何かが起きた音…神成が見回すと、カシーナ隊長の目前に何か画面が出ているようだ。気を利かせた隊員が歩み寄り、隊長に頭を下げてから文字を声に出して読み始める。


「魔法都市イシュバラの『潔癖の白バラ隊』は、ネコマンの虐殺を行ったので、報いを受ける。ネコマンの土地は、未来永劫人間のものにはならない。白バラ隊は、未来永劫魔法の力の加護は受けられない……以上です。カシーナ隊長…どういうことでしょうか…?」

「馬鹿なことを!」

隊員を押しのけて画面に視線を這わせたカシーナ隊長。その表情が、どんどん険しくなるにつれて、隊員たちは不安げに顔を見合わせ始める。


「これは…何だ…お前がやったのですか?」

カシーナ隊長が神成を睨み付ける。

「…いや、知らん。俺は魔法は使えない。ネコマンを殺した報いで、魔法の何かに嫌われたんじゃないか?」

「そんなことは迷信です! 魔法の理に嫌われるなどと…馬鹿な!」

カシーナ隊長は、ブツブツと呪文を唱えだした。杖を振る。しかし、何も起こらない。


 隊員たちも、口々に魔法の呪文を唱えていたが…発動することは無かった。

「嘘だ…騙されてはなりません。これは目くらましです。一時的なものでしょう。そうだ、矢であの男を射殺しなさい! あの男の下らない手品なのです!」

カシーナ隊長の金切り声を聞いた隊員たちが、我先にと弓を構えたが、神成の元へ矢は一つも飛んで来ない。

「どうしたのです!」

「カシーナ隊長…弓が引けません。弓も矢も魔法で強化されているものなので…」

その言葉を聞いた隊員たちが、ようやくことの重大さを理解したように動揺し始めた。


「おい…本当に魔法が使えない…」

「弓が引けない…」

「剣も魔法がかけてある…まともに振れない…」

「魔法道具も使えないぞ!」

ざわざわと統制を無くした隊員たちが、うろたえて隊長にすがるような視線を向けている。


「ク、クロエを、クロエを起こしなさい!」

「駄目です、カシーナ隊長。回復の魔法も使えませんし…脳が揺れたのか、気絶したまま起きません…」

カシーナ隊長が、再び神成を睨み付ける。余裕を無くしたのか、まぶたや眼下が小さく痙攣している。

「何をした…何をしたんです! ただでは置きませんよ…殺してやる…お前を…」

「俺も殺したいのか。そうやって簡単に…いい加減にしろよ」

神成は足を動かして氷の拘束を解いた。意識して解いたわけでは無い。足が固定されていたことなどすっかり忘れていたが、怒りと共に踏み出した一歩が容易く氷を砕いてしまった。


 拳を握りしめておもむろに走り出すと、クロエ副隊長が吹き飛んだ岩に駆け寄って拳を打ち付ける。


 ゴガァァァァァン


 一瞬で大岩にヒビが入り、勢いよく砕け散る。

「どうやって俺を殺すんだ…」

振り返った神成に睨み付けられた白バラ隊は、全員数歩下がった。


 ミナカタが神成に歩み寄り、もういいと言う様にぽんっと肩を叩いてから口を開く。

「白バラ隊は今すぐ都へ帰れ。俺達がやらなくても、ネコマンに嬲り殺されるぞ。魔法無しでどうやって戦う?」

ミナカタの言葉を聞いた隊員たちが、険しい顔でダンジョンを振り返る。追い詰めていたはずのネコマン達を恐れている。自分達が残酷な仕返しを受けるようなことをした自覚はあるようだ。


「隊長……カシーナ隊長!!」

隊長を呼ぶ悲痛な声を聞いて、全員がふらふらと後ろに下がり始めた。

「……退却します。イシュバラに戻ります。急ぎなさい!」


 逃げるように去る『潔癖の白バラ隊』に、神成はしばらく着いて行った。ちゃんと遠くに離れるまで…。神成を恐れて息を切らせて走る姿を見て、いい気味だと思った…全然足りないが、お似合いだと思った。しかし同時に、そんな風に思えてしまう自分が少し悲しかったし、やるせなかった。こいつらがどんな目に遭おうとも、死んでしまったネコマンは生き返らない。無かったことにはならない…。

 岩を砕いた拳を、いっそこいつらに振るってやろうと考えなかったわけでは無い。でも、神成には出来なかった。殺すなというミナカタの言葉に従っただけでは無く、単純に怖かったからだ。今までに殺したモンスターは、倒すと核になったが…人間はそうはならない。ネコマンの村で見た血の跡や亡骸…自分の拳がそれを作り出すかと思うと、吐き気に襲われて体が震える。



********************

 神成がダンジョンに戻ると、大勢のネコマン達が外に出て来ていた。ダンジョンでは魔物と戦う必要もあったのだろう。皆疲れ切った様子で座り込んでいたが、神成の姿を見つけると武器を構えて厳しい視線を向けた。

「こいつは大丈夫だ。ミナに呼ばれて俺と一緒に駆け付けた、カミナリという男だ。カミナリが白バラ隊を追い払った。ゴリラマン盆地でも、赤バラ隊を退けてゴリラマン達を守った」

ミナカタの説明に、ネコマン達は体の緊張を解いたようだが、厳しい眼つきは変わらない。人間に仲間を大勢殺されたのだから、仕方のない反応だと思う。神成だって、本当はネコマン達に会うのは怖かったのだ。


 神成は黙って、魔法のカバンから大きな袋をいくつも取り出した。ゴリラマン達が持たせてくれたドライフルーツやパンなどが入っている。ネコマン達の中央へ持って行き袋の口を開けると、駆け寄って来た子供たちが覗き込んで歓声を上げる。

「ゴリラマン達がネコマンの為に持たせてくれた物だ。食べてくれ。これはフルーツを乾燥させたもので、甘くて美味しいぞ」

ドライフルーツを一つつまんで食べて見せると、子供が一人真似をして手を伸ばした。

「甘―いにゃ。美味しい」

その言葉を聞いて、子供が次々と手を伸ばす。神成はそっと、その場を離れた。

 数人の大人たちが集まり、食料を配分し始める。ほっとして見ていると、ミナカタが一人のネコマンを連れて側にやって来た。


「こいつはネコマンのボスの側近だったネコイチだ。カミナリ、もう覆面は取っていいぞ。素顔の方が無害に見える」

神成はネコイチに頭を下げてから、覆面を外した。こんな状況じゃなかったら、いつものマンの挨拶が聞けたはずなのに…。人の良さそうな普通のおっさんの頭に猫耳があるのだから、こんな状況でなければ笑っていたかもしれない。

「あ、あなたは…白マンですか!? わざわざ白マンが助けに…?」

「いや…」

「そうだな。白マンの血も入っている」

神成が否定するのにかぶせて、ミナカタが断言した。どういうことかと驚いた顔を向けるが、ミナカタは素知らぬ顔をしている。何か深い考えでもあるのかと思えなくも無いので、否定せずにおくことにする。


「しかし、なぜこんなことになったんだ? ミナには詳しい話は聞いていない」

ミナカタの質問に、ネコイチは眉間に皺を寄せた。

「詳しいも何も…ボスが倒されて…動けなくなって降参したボスに、白バラ隊がとどめを刺したのです。そして、驚いて動揺していた我々にも急に襲い掛かって来て…。子供を守りながら逃がすのに必死で、ほとんど応戦など出来ませんでした。ダンジョンに逃げ込むまでに、40人近く殺されました…」

「酷いな…」

神成の口からは、そんな言葉しか出て来なかった。

「渡りの賢者様…白バラ隊はどうなったのです? あの…殺したのですか?」

神成とミナカタは黙り込んだ。恐らくネコイチは、仇は取ってくれたのかと尋ねているのだ。


「そいつら、人間達を逃がしたんだよ。仲間だから見逃したにゃ。僕、見てたもん」

ネコマンの少年が非難するように二人に詰め寄った。ミナカタがそっと手を伸ばして、少年の頭を撫でる…のかと思ったのだが、拳骨を叩き込んだ。

「んぎゃにゃ――――――!!」

少年の悲鳴に、驚いたネコマン達の視線が集まる。

「仲間だと? 見てたなら、違うって解るだろうが。そんなことも解んねぇほど、脳みそまでチビ助なのか? 確かに人間は殺さなかったが、それはあいつらを守る為じゃねぇよ、ネコマンを守る為だ! 人間を殺しちまったら、今度は何倍もの人間がチビ助を殺しにやって来るんだよ。どこに逃げても、一生追い回されることになる」

ヤクザな賢者は、容赦なく少年を怒鳴り付けた。


「でも、人間が悪いんじゃにゃいか! 先に殺したのは人間だ。だから、人間も死んで当然だろ!」

少年も負けていない。目に涙を溜めて、ミナカタに食ってかかる。

「俺の話をちゃんと聞いてたのか、あぁ? あ…いだだだだだだ」

怒鳴って再び拳を振り上げたミナカタの耳を、神成がつまんで引っ張っている。

「ミナカタ…本当に賢者なのかよ。子供に怒鳴るな…拳骨もやめろ」

昭和の頑固親父のような賢者は、耳を押さえてうずくまった。

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