カミナリと覚醒
ネコマンと人間
第24話 白いカミナリ
「ハニーミナカタはただ者じゃなさそうだけど、足はどうなんだ? 俺が本気で走ってもついて来れるのか?」
「なめるなよ…足など使わん」
不敵に笑ったミナカタに肩をすくめて見せたが、すぐに神成は目を輝かせることになった。
「な、な、何だよ、それ。か、かっこいいな」
ミナカタの背中には、コウモリのように膜で覆われた翼がついていた。生えている訳ではなく、リュックのように背負っているのだ。
「渡りの賢者限定の魔法装備だ。羨ましかろう」
「限定だと? お、俺も欲しい。俺達、夫婦じゃないか」
「お前…馬鹿はこれくらいにして、行くぞ。時間が惜しい」
「あぁ、向こうで合流しよう」
呪いのサークレットを外して走り出そうとした神成に、ミナカタの手が伸びる。
「何言ってるんだ、お前は」
ミナカタは、カミナリを小脇に抱えて空へ飛びあがった。
「高っ、足、ブラブラ、ほうぁぁあ!」
叫び疲れた神成は、脱力してミナカタの小脇にぶら下がる。
慣れてみれば高さよりも、風圧と寒さが気になる。覆面は丁度良い風避けだ。空を飛ぶという経験に心躍りそうなものだが、眼下の広大な景色に心が動くことは無い。
これから向かう場所には、間違いなく目を背けたくなるようなものがある。平常心を装ってみても、神成の動悸は激しかったし、関節が妙に緊張して突っ張っているのを感じていた。
途中休憩を挟みながら、数時間で目的地付近に到着してしまったが、立ち上る黒い煙が近づくにつれて胸のざわめきが大きくなって行く。神成は、煙の下に何があるのか考えると、怖くて堪らなくなる。それでも、自分は行って直接見なければならないという使命感のようなものを感じていた。
「降りるぞ…」
ミナカタも充分察しているようで、声は低く沈んでいる。
神成は知らずに息を止めていた。
壊れた家、そこかしこにある血の跡、そういうものはどこか現実感が無くて…頭の中に霞がかかったような気持で眺めていられた。視界が狭くなってきて、堪らず息を大きく吸い込んだ時、反射的に嘔吐した。涙で滲んだ視界の端に、煙の元がある。穴の中に無造作に積まれている真っ黒なもの。
「おい、吐いてる暇は無ぇぞ。覆面をしろ。ダンジョンへ行く」
「うん、解ってる、よ。助けなきゃ…早く」
丁度良い。覆面をすれば、涙も歪んだ顔も見えない。これほど悲しくて、怖くて…怒りを感じたことは無かった。神成はミナカタに付いて走り出す。助けに行かなければならないと。
********************
距離を保って木陰に座り込み、ダンジョンの入り口をそっと伺う二人。
「まだ無事なようだ。入り口を固めて、上手く閉じこもっている」
ミナカタの言葉に、神成は小さく息を吐いた。
「でも、あいつらは何がしたいんだ? ネコマンの土地は手に入れたんだろうに。何でまだネコマンを狙うんだ…皆殺しにしたいのか?」
「さぁな。そうかもしれねぇし、捉えて奴隷にしたいのかもしれねぇな」
考えるだけでも不快な話題に、二人の顔が険しくなる。その視線は、ダンジョンの入り口に群がる30名程の白い制服の集団に注がれている。
「いい加減面倒ですね。ダンジョンごとつぶしましょうか。汚いネコの毛が散らばらなくて、丁度良いかもしれません」
一人だけ丈の長い制服を着た男が気取った声音で言うと、周囲から笑い声が上がった。
「カシーナ隊長、流石にダンジョンを破壊するのはまずいですわよ。魔法の理に嫌われてしまいますわ。カシーナ隊長は優雅でお美しいのに、豪快でいらっしゃるから」
物騒なことを言ったのは、隊長だったらしい。
神成は、苛烈の赤バラ隊のことを思い出していた。隊長の横でへりくだって話しているのは、恐らく副隊長なのだろう。赤バラ隊と違って、こっちの白いのは隊長が男で副隊長が女らしい。
長い金髪をポニーテールにして、整った顔に眼鏡をかけた隊長は、確かに知的で見目麗しい男だったが、笑顔の割に皺ひとつ寄らない目元から冷酷さを漂わせている。茶色の髪を短く刈った副隊長は、いかにも好戦的なつり上がった目をした長身の女だ。
「それにカシーナ隊長、子供と見目の良い若い者は売れるのではありませんこと? 全部殺すのは惜しいですわよ」
「おや、クロエ。あなたもネコの耳が付いた雄が欲しいのですか?」
「いいえ、私は隊長のように優雅で美しい人間にしか興味はありませんわよ」
「それなら私の為に、そろそろダンジョンの中からネコどもを引きずり出して来て下さい」
「了解ですわ。突入するわよ! 五人程ついて来なさい!」
クロエ副隊長が、細い剣を構えてダンジョン前に進み出る。
「おい、待てっ!」
神成は反射的に飛び出していた。ミナカタは何も言わずに神成の後に続く。
「何者です? 覆面の様子だと、頭に耳は付いていないようですが」
カシーナ隊長が、スッと目を細めて口の端を上げる。
「あなた達、我々が潔癖の白バラ隊と知っていて呼び止めているのかしら?」
クロエ副隊長が、剣を神成の方へ向けた。
「潔癖だか白バラだか知らないが、最低の人間どもだってことは解る」
「面白いことを言いますね」
感情が高ぶって絞り出すような声を出した神成に、カシーナ隊長は新しいおもちゃでも見つけたような満面の笑みを向ける。貼りついたような、作り物めいた笑顔だ。
「おい…殺すなよ」
そう言ってミナカタが神成の肩を一つ叩くと、周囲から嫌な笑い声が上がった。
「殺すなって、誰をです? 隊長の私ですか? それとも、白バラ隊全員のことでしょうか」
「時間の無駄ですわ。誰だか知らないけれど、邪魔をするのなら退治してもよろしいのでしょう? いい加減、都が恋しいですわ。さっさと帰って、汚いネコ人間は掃除したと女王陛下にご報告致しましょう」
振り返ったクロエ副隊長に、カシーナ隊長が頷いて見せる。
途端に切りかかって来たクロエ副隊長の間合いに、神成は引かずに自身も突っ込んだ。剣が振り下ろされるよりも早く、みぞおちに拳を叩き込む。クロエ副隊長が後ろに吹き飛んで、下卑た笑みを浮かべていた隊員たちを巻き込んで後方の岩にぶちあたる。
カシーナ隊長の顔つきが変わった。
「…何者です。なぜ我々の邪魔をするのですか。どこの都のものです」
「邪魔するに決まってるだろ。どこの者とか、関係無い。ネコマンを殺されたくないんだ」
「あなたはネコマンには見えませんが…人間のあなたには関係ないでしょうに」
「関係あるだろ! 人間が酷い事をしてるんだから、止められる人間が止めるのは当然だろ。お前らと一緒になりたくないからな!」
神成の言葉に、馬鹿にしたように鼻を鳴らしたカシーナ隊長が、杖を構えてなにやら呪文を唱え始めた。
「凍り付け! 拘束の氷!」
杖を振ると、雪交じりの冷気が吹き付けて来て、神成の足元は氷で地面に固定されてしまった。
「さぁ、矢と魔法で攻撃しなさい。力が強いようだから、近寄らずに少しずつ痛めつけてやるのです。トドメはクロエに残しておいてやりましょうか。誰か、クロエを回復させてあげなさい」
カシーナ隊長の言葉に、数人がわらわらと動き出した。
神成は動かない足で、じっと身の内に湧き上がる怒りを感じていた。力を入れれば足はすぐに自由になるかもしれないが、卑劣な方法で自分を痛ぶろうとする白バラ隊の連中が…ネコマン達を非情に殺した連中が憎くて堪らなかった。
しかし、神成の耳には、「殺すなよ」というミナカタの言葉が残っている。きっと自分は、人を殺す力がある。でも…そんなことはしたくない。したくはないけれど…こんな人間達が、罰も受けずにこれからも薄ら笑って非情を働いて生きていていいはずがない。ネコマンの土地を手に入れて、ネコマンを沢山殺して、都に帰って女王陛下とやらに褒められて、昇進したりするなんて…そんなことを許せるはずがない。
白バラ隊の弓矢が、神成を狙っている。
「おい…どうした?」
動かない神成を庇う様に、ミナカタが前に出て声を掛ける。神成は返事をせずに、何事か呟いていた。
「……けろ……報いを受けろよ……許されるはずが無いんだ…許せないんだ…」
ミナカタが振り返ると、神成は空を仰ぎ見ていた。覆面で顔は見えないが、沈痛な声音と震える肩から、表情は容易に想像出来る。
そして神成は、大声を上げた。
「うわぁぁぁぁ!! お前ら、報いを受けろ! 許さない、許されないぞ!!!」
叫び声を聞いて、数人が神成につられるように空を見上げる。
空に、黒雲が広がり始める…。地面が陰るのを見て、また数人が空を見上げる。ただならぬ雲の様子に、白バラ隊の弓矢も下がり、魔法を唱える口も止まった。とうとうカシーナ隊長も空を見上げて、眉間に皺を寄せた。
「これは…何事…です。魔法…?」
「報いを受けろ――――――!!!」
神成が再び叫んだ。
黒雲に雷鳴、チラチラと走る白い稲妻。
ひと際大きな音が響いた瞬間、太く白い稲妻が、白バラ隊目がけて落ちた。
ゴゴゴゴゴゴゥ
落雷の余韻で、木も地面も震えている。
『潔癖の白バラ隊』は、一人残らず地面に倒れていた…。
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