第23話 突然悲劇がやって来た
「俺よりでかい人間の男は初めてみるのだぞ? 俺はタカルハ。ウサさんの本当の名前は何なのだ?」
「俺はミナカタだ」
「待て、タカルハ。そのミナカタという傷坊主を人間として扱っていいのか? それが112歳に見えるか?」
「随分とお若く見えるのだぞ。若作り具合がお母様と一緒だから、ミナカタさんは精霊なのか?」
「いや、俺は人間の部類だ」
神成は、『部類』と言う言葉に引っかかりつつも、戻って来たドラマダとミナカタがごそごそ始めたので黙って観察することにした。
やはり、どう見ても30歳そこそこにしか見えないし、『若頭』とか『兄貴』とか呼ばれていそうな物騒な感じだ。それに、線が細く弱々しい男が基本の大陸で、タカルハよりも背が高くて顔が物騒な坊主男など、相当な異端だろう。
「ふはははは! やっぱり、その恰好がしっくり来るね」
ミナカタが荷物から取り出した服に着替えると、坊主頭と相まって、苦行に耐えるアジアの国のお坊さんに見えた。えんじ色の服が、どこかお坊さんっぽい。
「その恰好に、その頭。あなたは…もしや…渡りの賢者様ではありませんか?」
ゴリイチの声が震えている。
「あぁ、まぁ、そうだな。この頭じゃ隠しようも無い」
「何と! それは大変だ! ボスに知らせて参ります!」
慌てたように走り出すゴリイチを見て、人間達は首を傾げ、それ以外の面々はミナカタに軽く頭を下げた。リュウマンのヨモツでさえ、一目置いているような振る舞いを見せている。
「俺の嫁が偉い人っぽいのは解った。取りあえず、ボスの体じゃこの部屋は狭いから外に移動しないか?」
「そうなのだな」
神成の言葉に、誰とはなしに、ぞろぞろと外へ移動し始めた。
「ミナカタさんの荷物は、魔法のカバンではないか? 俺は、ミナカタさんと師匠の結婚祝いを勝手に着服して名前を書いてしまったから、ちょっと申し訳なく思っていたのだが、自分の魔法のカバンを持っているのなら、平気なのだな」
「あぁ、自分の魔法のカバンがあるし、ダンジョンから連れ出して人間に戻してもらった恩もあるからな…タカルハのことは大目に見よう。因みに、昔は魔法のカバンは結婚祝いではなかったから、詐欺のように無理矢理結婚して手に入れたわけじゃねぇぞ」
「…あ、ありがとうなのだ。これから仲良くして欲しいのだぞ。よろしくなのだ」
超年長者に懐き始めたタカルハと違って、大目に見てもらえなそうな神成はうんざりしたような顔で溜め息を吐いた。速攻で離婚するとしても、縁が切れるまでは奴隷のようにあれこれ命令されるに違いない。こんなご高齢のやさぐれ傷坊主と婚姻関係にあるとは…自業自得だが泣けてくる、というのが素直な感想だ。
「おぉ、ミナカタ様でしたか! まさかあのウサがあなた様だったとは! 申し分なし!」
平常運転の怒鳴り声で現れたボスゴリラマンは、ミナカタの前でうやうやしく膝を折って見せた。
「あぁ…それより、ユエナを知らないか? 何年前だ…20年ぐらい前、ここに来ただろう? 何があった?」
「20年前…確かに、ユエナ様がいらっしゃいましたな。すぐに去ってしまわれて、今どこにいるかは解りませんが」
「ふはははは! 僕はもうちょっと知ってるよ。ユエナは目的を果たして、一人でここを出て行って捕まってしまった」
「捕まった…のか…」
深刻そうに理解不能な話をする三人の邪魔をしては悪かろうと、神成は他の面子を引き連れてその場を去ろうと背を向けたが、ミナカタに肩を掴まれて阻まれた。
「待て、カミナリ。お前にも関係のある話だ」
「え? 俺? …お前にも話しただろ、俺は異世界から来たばかりだって。20年前の話なんか知らないし、関係無いと思うけど」
神成の言葉を聞いて、ミナカタが眉間に皺を寄せる。怒っているようにも見えるが、どうも言葉を探して考え込んでいる様子だ。
「ボス、カミナリ様! 丁度良かった! 大変です!」
ミナカタが口を開く前に、見張り当番のゴリラマンが誰かを抱えて走り寄って来た。
「何だ! それは誰だ!」
ボスに怒鳴られたゴリラマンが、抱えた者が見えるように前に出すと、頭の上に猫耳の生えた可愛らしい女の子の顔が見える。まだ幼いようだが、ぐったりして顔も体も汚れた様子で、服もあちこち破れている。
「ボロボロじゃないか! タカルハ、治してやれよ。 俺は水を持って来る」
神成の言葉に、皆が女の子の為に動き出した。
「助けて下さい…お願いします。みんにゃ、まだ生きてるはず」
話が出来る程度に回復した女の子は、開口一番にそう告げた。必死で絞り出したような声音を聞いて、周囲に緊張が走る。
「あなたは、ネコマンですね。何があったんですか? 落ち着いて話して下さい」
ゴリイチが優し気に問いかけると、ネコマンの女の子は目に涙を溜めて鼻をすすった。
「私、ミナ。ネコマンの村に魔法都市イシュバラの人間達が来て、ボスが殺されて…他にも殺されて…だからみんにゃで近くのダンジョンに逃げ込んだの……私はゴリラマンに助けてくれるように言って来てって言われて…」
タカルハが、一生懸命に話すミナの背中を優しく撫でると、ビクリと体を震わせて顔を伏せてしまった。
「人間…どうしてここにいるの?」
「ここに住んでいるのだ…ゴリラマンさんとは友達なのだ。ネコマンさんにも、酷いことはしないのだぞ?」
タカルハの優しい声音に、ミナは黙って俯いた。
ミナの言った魔法都市イシュバラという名前は、神成にも覚えがあった。前にゴリラマン盆地を奪いに来た馬鹿者どものいる都市だ。苛烈の赤バラ隊は間抜けな印象だったが、副隊長のミーカには、最近命を狙われたばかりである。
「師匠…ゴリラマン盆地を奪いに来たのも、魔法都市イシュバラの者だったのであろう?」
「あぁ、そうだ。ただの間抜けな赤い集団に見えたけど…」
「カミナリ様が追い払わなければ、我々も殺されていたかもしれませんね」
ゴリイチの言葉に、神成は背中がぞくりとするのを感じた。身近な者が殺されるなんて…現実味は無いが、もやもやとした不安と嫌悪感が身の内に広がって行く。
「ここにも来たにゃ?」
「来ましたよ。そこにいるカミナリ様が追い払ってくれたのです。我々は盆地をカミナリ様に委ねて、守っていただきました。だから今もこうして平穏に暮らせています」
ゴリイチの言葉は、神成にはむず痒かった。守ったと言っても、ミーカ副隊長の服をはぎ取って、拳を地面に叩き込んだだけで済んでしまったのだ。
「人間に守ってもらったのにゃ? そんなこと…」
ミナの言葉に、神成は溜め息を吐いた。
「ミナ…辛い目にあったんだろうけど、人間人間って、ここにいる俺達までお前達を殺すようなやつらと一括りにしないでくれ」
黙って不満気な顔を見せるミナに、神成は無理に同意を求めようとは思わなかった。酷い目に遭ったばかりだし、相手は子供だ。本当なら、人間の自分達は遠慮して、ただ優しくしてやるのが正しいのかもしれないが……自分がでしゃばらなければならない事情があるようにも思われた。
「うーん。ミナの感情はともかく、急いで助けに行った方が良さそうだな」
「えぇ、すぐに強者を集めます」
すぐに同意したゴリイチに、神成は首を振って見せた。
「それは駄目だろう。ゴリラマンは行って戦っては駄目だ。ここでゴリラマンが出て行けば、マンと人間の戦争に発展するかもしれないぞ」
「しかし…」
ゴリイチも簡単には引けなそうだ。それもそうだろう。同じマンとしては、他人事では済まされない。
「カミナリの言う通りだ。ネコマンの村には、俺とカミナリで行く。それが一番早ぇしな。タカルハとマメ子とゴリイチは、ヨモツにでも引っ張ってもらって後から来い。目的はネコマン救出で、敵討ちじゃない。ドラマダの薬草と、治癒の魔法を使える者がいれば連れて来い」
ミナカタの有無を言わせぬ口調に、ゴリイチは力強く頷いた。
渡りの賢者だとかいう若作りのおじいちゃんは、やはり有無を言わせぬ偉い人のようだ。
「全員、覆面を付けろよ。後発隊が着く前に追い払うつもりだが、万が一イシュバラの連中に出くわしても顔を見られないように注意しろ」
ニューフェイスのヤクザな賢者様の存在を有り難く思い、手を合わせて拝む神成。直後に頭に拳骨を叩き込まれて、少し地面にめり込んだ。
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