第22話 美しく輝く嫁

「師匠! 俺はまた技を覚えたのだぞ!」

「あぁ…何かまた随分と特殊な技だな」

喜ぶタカルハと微妙な顔をする神成の横で、デカブツは座り込んでいたマメルカに手を伸ばしていた。

「ふわぁぁぁぁぁぁぁあ! っぷ」

マメルカの叫び声を聞いた二人が目をやると、デカブツがわし掴んだマメ子を高く持ち上げている。地面に叩きつけられたら、大怪我では済まない。


 ズボッ


 デカブツは、マメルカを自分の頭に突き刺した。

 青い顔をしたマメルカの腰から上が、デカブツの頭からにょっきり生えている。


「…あ、そういう感じ? 頭に何かデコレーションするのが趣味的な?」

「お洒落ということなのか? 鏡の代わりにマメ子がアクセントになったのだな…もう一度寄越せを使ったら、マメ子を取り戻せるのであろうか?」

「いや、待て。タカルハの技からすると、デカブツは俺より弱いようだ。実はさっきから気になってたんだが、デカブツの弱点は股間なんじゃないか?」


 デカブツが頭のマメ子の角度を気にしているうちに、タカルハは股間に視線を落とした。そこには目を凝らさずともはっきりと解りやすく、一抱えはありそうなトゲトゲした石の結晶がくっついている。


「あれっぽいのだぞ…」

「だよな」

 神成は助走を付けて崖を駆け下り、途中で壁を蹴ってデカブツの股間へと弾丸アタックをかました。石の結晶と共に、神成の体はデカブツの体を突き抜ける。


 解りやすい弱点をもぎ取られたデカブツは、ザラザラと崩れ始めた。マメルカを受け止めて崖に避難させた神成は、再び砂地に降りて石の結晶を回収して来た。

「これは…核なのか?」

「いや、核はあそこに落ちているから、それも取って来て欲しいのだぞ?」

「………」

タカルハはしっかりしていた。



********************

「こんにちは、なのですよ。こんにちは、なのです」

カミナリ盆地デビューのマメルカは、ゴリラマン達に必死で挨拶をしていた。タカルハもそうだったが、ゴリラマンは気難しくて礼儀正しい生き物だと言う認識が広がっているようで、会うと緊張するようだ。

「カミナリ、帰って来たのか」

「ふわぁぁぁぁぁぁあ」

リュウマンのヨモツが姿を現すと、マメルカは叫び声を上げて高速で連続お辞儀を繰り出した。

「マメ子、リュウマンのヨモツだ。食われないから大丈夫だ。これはマメ子、この間友達になった良いヤツだ」

「ふわぁい。ヨモツさん、こんにちはー」

「こんにちは」

マメ子の名前はマメルカだが、もう本人も気にしていないようだ。


 三人でお母様の元へ向かうと、ヨモツとドラマダとゴリイチが野次馬で着いて来た。肝心のウサは、しっかりドラマダの髪の毛にしがみついている。

「お母様、ただいまなのだぞ! 鏡が手に入ったのだぞ! 俺はまた新しい技を覚えて、師匠と一緒だとお得なのだぞ! ふふふ」

「あら~、よかったわね、タカルハ」

神成は、お母様のお胸へ飛び込もうとするタカルハの襟首をガッと掴んだ。

「お胸は後で俺がするから…いいから、早く鏡を見てもらえ」

「そうだったのだ」

 タカルハは、魔法のカバンから鏡を取り出して、お母様へ手渡した。


「そうそう、これよ~、ありがとう。親孝行な息子ね」

「ふふふ」

嬉しそうに照れるタカルハとは対照的に、なぜか神成の表情は険しい。その様子に気付いたヨモツが、首を傾げながら口を開いた。

「カミナリ、どうしたんだ? ウサが人間に戻れるんだぞ、嬉しくないのか?」

「うーん…心の準備が…」

煮え切らない様子の神成に、ドラマダが肩を組んで笑い声を上げる。

「ふはははは! カミナリ様は、ウサが人間に戻るのが怖いんだよね。性別も解らない正体不明の人間が結婚相手だから。嫁の正体を知るのが怖いんだ」

「はっきり言いやがって…」

ウサが地面を蹴って、神成の顔面へ弾丸アタックをかましてくる。

「解ってるよ、戻してやるから怒るなよ。くそぅ…お母様みたいな素敵なレディだったらいいのに…もしくは、せめてレディだったらいいのに…」


「タカルハ、使ってごらんなさい。鏡の表面に水を張るのよ。上手に使えたら、あなたにあげるわ」

「良いのか? ちょっと難しそうだが、やってみるのだぞ!」

ウサの前に立ったタカルハは、緊張した面持ちで鏡を見つめる。

「おーみず!」


小さな水の塊が現れて、吸い込まれるように鏡面にくっつくと、さっと表面に広がった。タカルハは慎重に真実の水鏡をウサにかざし始める。鏡が小さいから、ウサの全身を捉えるのは中々難しそうだ。


 ウサが薄っすらと光り始めると、全員が何歩か後退し、遠巻きにウサを見つめる。カッと突然強い光が部屋中に広がり、皆が目を閉じて再び開いた時…ウサのいたはずの場所には確かに人間が座っていた。


 神成は、なんと美しい輝きだろうと思った。


何と、何と美しく、見事な、坊主頭だ…。


「全裸! 全裸なのですよっ! ふぁぁぁぁぁあ! ラッキー!」

ちっちゃい野獣のマメルカが叫ぶ。

「やっぱりなぁぁぁぁ。だよな、男だよな。だと思ってたよ。しかも坊主だよ。何だろう…美しい坊主だよ! しかも何かすごいよ!」

神成も叫んだ。


 全裸で座っていたのは、坊主頭のこわもての男だった。鋭い眼つきだけがこわもての原因では無く、坊主頭の左前頭部に大きな傷が三本走っているせいだ。

「何か、すごいのだな…」

傷坊主は黙って立ち上がると、大股で神成の前にやって来た。タカルハよりも背の高い男を、神成は不本意ながら下から見上げる格好になった。男の手が神成の頭に伸びる。

「いだだだだだだ」

大きな手でフェイスクロウをかまされた神成は、そんなに痛くはなかったが礼儀として痛がって見せた。

「お前…勝手に結婚して…俺の健全な人生に泥を塗りやがって…」

「……はい、ホントすいませんでした。ハニー」

神成は反省していなかった。


「取りあえず、これをどうぞ…」

気を利かせたゴリイチが布を持って来て渡すと、男は礼を言って羽織った。マメルカの小さな舌打ちが聞こえて来る。詳しい事情も説明していないのに、いきなりウサが全裸の男になってもそれを楽しめるマメルカは大物だった。

「カミナリに言いたいことは沢山あるが…取りあえず、ドラマダ、俺の荷物は?」

「ふはははは! ちゃんと保管してあるよ。持って来るから、面白いことをするのは僕が戻ってからにしてね」

「あぁ。お前が戻るまで、カミナリには手を出さずにおこう」

男とやけに親し気に話してから部屋を出て行くドラマダを、皆が首を傾げながら見送った。


「ドラマダと知り合いなのか?」

カミナリが物怖じせずに尋ねると、男も案外普通に口を開いた。

「あぁ、ウサにされる前から知り合いだった。色々と厄介な状況になっちまって、その時にドラマダに荷物を預けたんだ。その後すぐに、ウサに変えられてダンジョンに逃げ込んだんだが…どのぐらい時間が経ったのか…20年ぐらいか…」

「20年!? じゃあ、ウサに変えられた時は俺より若かったんじゃないの? 30歳ぐらいにしか見えないけど」

神成は、若く楽しい青春真っ盛りを、暗いダンジョンで逃げ回っていたであろう男に同情の眼差しを向ける。


「いや、俺は112歳だ」


それほど不憫ではなさそうだった。

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