そろそろウサの正体を

第20話 砂漠へ行こう

 神成は、リュウマンのヨモツに戦闘の訓練をつけてもらうことが日課になっていた。殴るのが怖いのならば加減を身に付けろ、と最もで有り難い助言をもらった神成が、だったら教えてくれと頼みこんだのだった。

「カミナリ、そこで蹴りの後に尻尾で攻撃するんだ」

「尻尾はねぇよ! 知ってて言ってるだろ!」

フッと笑ったヨモツに、呪いのサークレットをつけた神成が跳び付いたが、力持ちのヨモツは動じない。神成にとっては、かなり頼もしい訓練相手だ。

 ヨモツにとっても異世界人の神成は面白い暇つぶしになっているようで、気軽に神成やタカルハの部屋を尋ねるようになっていた。


「カミナリ、このウサは何なんだ? 飼っているようにも見えんが」

「そうだな…全然懐いていないからな。こいつとは、深い事情があるんだよ」

スライムの上で眠るウサを見つめるヨモツに、神成は深い事情を説明した。

 話を聞いたヨモツは、顔を背けて肩を震わせる。ドラマダのように馬鹿笑いはしないが、ヨモツは結構笑い上戸のようだった。


「魔法でウサに変えられた人間か…。確か、タカルハの母親は水の精霊じゃなかったか? 真実の水鏡を持っているだろう。それで人間に戻るんじゃないか?」

「え?」

意外な有力情報を得た神成は、ヨモツを伴ってお母様の元へ向かう。しかし、お母様もウサのことは知っているはずだし、魔法を解けるのならば教えてくれていたはずだ。タカルハが何も言わないのだから、真実の水鏡とやらは持っていないか、ウサには効果が無い可能性が高い。


「師匠にヨモツさんも…どうしたのだ? 俺に用か?」

お母様はタカルハと午後の紅茶を楽しんでいた。

「いや、ちょっと麗しのお母様に聞きたいことがあって」

「あら、何かしら~?」

神成は、『お背中流しましょうか』の呪文を繰り出すのを堪えて、咳払いしてから話し始める。

「お母様は、真実の水鏡というものを持っているんですか? ヨモツから、それを使えばウサの魔法が解けるんじゃないかと聞きました」

「真実の水鏡? あれは真実の姿を映し出すから、ウサさんには効果がないのよ? 師匠さんは、ウサさんを人間にしたいのでしょう?」

「え?」

「ん?」

神成とタカルハは、微妙なズレを聞き逃さなかった。

「お母様、何かちょっと違うのだぞ? 元々人間だったウサさんが、誰かに魔法でウサに変えられてしまったのだ。だから、その魔法を解いて人間に戻したいのだぞ?」


 一生懸命タカルハの説明を聞いていたお母様は、顎に人差し指を当てて考え込んだ後に、ちょっと笑って舌を出した。

「ごめんなさい~私、何か勘違いしちゃってたみたい。それだったら真実の水鏡で魔法は解けるわよ~」

「全然大丈夫です! 可愛いんで」

ウサの魔法を解こうと情報を集めた無駄な日々のやるせなさは、お母様の可愛さで帳消しになった。

「お母様! 俺はショックなのだぞ? こんなに近くに答えがあるなんて…酷いのだ」

「ごめんね~」

頭を撫でられるタカルハの横に神成が移動したが、お母様の手は伸びては来なかった。


「それで、その鏡はどこにあるのだ?」

「え? なくしちゃったのよ~」

お母様の答に、ヨモツが吹き出して肩を揺らしている。

「でも大丈夫よ、落とした場所は覚えているから」

「どこなのだ?」

「砂漠よ~」

ヨモツが腹を抱えて床にうずくまる。神成とタカルハは、声を殺して笑うヨモツに恨みがましい目を向ける。よもや水の精霊であるお母様が、砂漠に落とし物をしようとは……。



********************

 神成とタカルハは街でマメルカを誘い、お母様が真実の水鏡を落とした砂漠へ向かった。お目当ての砂漠は、大陸の南端に広がる広大な迷いの森の東端の海岸沿いにあった。


「師匠、この崖の下からもう砂漠になっているはずなのだぞ」

「お母様は、そんなに広くないから大丈夫だと言っていたが…」

崖の端に進んだ神成は、無表情で地面に座り込んだ。隣にやって来たタカルハも、無言で神成の横に座り込む。

「何なのですか? うわー広いのですー。遠くに海が見えますよ? 砂漠は初めてなのですーすごいー!」

タカルハは杖で、はしゃぐマメルカのひざ裏を突いてカックンさせた。

「何するのですか! もぅ、二人共座り込んで…砂漠に何の用事があるんです?」

「うん。取りあえず、ドライフルーツでも食べようぜ」

神成の言葉を聞いて、タカルハはお茶の用意を始めた。


「甘さとしゅっぱさのバランスが最高です」

一人浮かれ気分のマメルカを見て、神成は溜め息を吐いた。

「俺達は、この砂漠に探し物をしに来たんだ」

「探し物!? 砂漠に? 何をです?」

「うん。手のひらサイズの鏡だ」

「馬鹿なのですか?」

辛辣なマメルカの言葉に、神成は黙って顔を伏せる。


「馬鹿とは何だ、馬鹿とは! こっちにも、事情というものがあるのだぞ。お前は弓師だから目が良かろうと思って誘ったのだから、気合を入れて探して欲しいのだぞ」

「馬鹿なのですか?」

タカルハも沈黙して顔を伏せた。


 お母様によると、真実の水鏡は銀色の手鏡なのだという。珍しく砂漠に雨が降った日に見物に行って、魔物に出くわして驚いて逃げる時に落としたらしい。

「そんな途方もない事…しかも、ここの砂漠には強い魔物が沢山いるらしいのですよ? 人間も動物も、立ち入れば戻れないとか…」

「入るくらい平気だろう?」

神成は、大げさに肩を振るわせて見せるマメルカを笑いながら、近くに落ちていた石を砂漠に向かって放り投げた。


 ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ


 石が落ちた瞬間、砂がいくつも盛り上がる。砂で出来た人間サイズのツクシのような魔物が、砂の上をすべるように移動していた。

 神成が無言で色んな方向に石を投げると、そこかしこで砂ツクシががうじゃうじゃと生えて来る。しばらくすると、砂ツクシ達は頭を引っ込めて、もとの静かな砂漠に戻った。


「師匠、無理っぽいのだぞ? 鏡を探す以前に、これでは砂漠に降りられないのだ。うじゃうじゃなのだ」

「そうだな…ちょっと試してみるか」

神成は呪いのサークレットを外すと、砂地に飛び降りた。とたんに姿を現す砂ツクシを何体か殴り、再び崖に跳び上がって戻って来る。

「うん、倒せはするみたいだぞ。だけど足場が悪いし、数に押されてのしかかられたら、砂に埋もれて死ぬな」

ムリゲーの予感に、タカルハは荷物のお片付けを始めた。

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