第18話 ふはははは

 タカルハは、冒険者協会の定位置に座って、ぼうっと窓の外を眺めていた。街に着いてすぐにマメルカの家を訪れたが、ここしばらく先生の元で矢を作って修行しているらしく、留守だった。神成と出掛けたわけではなさそうなので、のけ者にはされていなかったとホッとしたのだが…すぐに、神成がフランシアと出掛けたという噂を耳にして複雑な気持ちになった。


「デカくて黒い男が珍しく一人でいる。僕があんな体だったら、恥ずかしくて外を歩けなーい」

 タカルハへの悪口も笑い声も、神成と一緒の時には耳に入って来なかった。一人きりになると、神成と出会う前のことを思い出す。今と全く同じだ。一人きりで同じ場所に座って、同じような悪口を言われて笑われている。

 街をぶらついたりもしてみたが、神成が戻った時に行き違いになるのではないかと思うと落ち着かなくて、結局すぐに冒険者協会に戻ってしまう。

 居心地が悪くても、タカルハはいつもの席に座り、誰かが中に入って来る度に目を向けては溜め息を吐いていた。もう二日間もこうしているので、大漁組は解散したのではないか、などという噂も立ち始めている。


「ねぇ、いつもの人はどうしたの? カミナリ君だっけ? 愛想尽かされたの?」

 いつもタカルハに聞こえるように悪口を言っている男が、珍しく話し掛けて来る。可愛い顔をした小柄な魔法使いだが、性格が現れているように口元が嫌な笑いで歪んでいた。

「師匠は出掛けているのだ。別に愛想尽かされたわけではない。お前は俺が嫌いなのであろう? だったら話し掛けないで欲しいのだ。いつものように、向こうで聞こえるように悪口でも言っておればいい」

溜め息交じりにタカルハが静かに返すと、男はいかにも気に障ったというように眉間に皺を寄せる。


「嫌われ者のくせに、なーんか生意気。気に入らなーい。いい加減、視界に入るのもウザったいから、出て行ってくれない? 皆、そう思ってるし」

前は顔を伏せてしまっていた様な言葉にも、動揺することは無くなった。神成に「胸を張れ、優れている」と言われて、実際に大漁組などと噂される程にすごい狩りをしてきた。貴重な魔法のカバンだって持っている。

 タカルハは神成と出会って、少しずつ自分に自信が持てるようになった。神成は自分の大恩人なのに…悩んでいる様子にも気付けなかったのが悔しくて、悲しかった。ちょっとだけ、本当に愛想尽かされてしまったかもしれないと考えてしまう。


「おい、やめときな!」

フロアの向こうの方から大声が聞こえてきて、タカルハも嫌味な男も同時に声の方向に顔を向けた。

 嫌な知り合いの顔が見えて、反射的に表情が硬くなる。つい最近、はめられて殺されかけたカルメラが、取り巻きに囲まれながらこちらを見据えていた。

「カルメラさーん。僕、大丈夫ですよ。ちょっとからかってるだけだし、こんなやつに負けませんしー。しゃべるだけで醜さは移りませんから」

そう言って男が笑って見せたが、カルメラは険しい表情のままだった。

 これ以上からまれるのは面倒だと、タカルハは何も言わずにそっぽを向いた。

「ちょっとー、カルメラさんを無視するなんて、身の程知らずー」

男が杖でタカルハの頭を小突くと、再び鋭い声が飛んでくる。


「身の程知らずはアンタだよ。大漁組の実力は、このカルメラがよく知ってるんだ。そのタカルハは、アンタなんか足元にも及ばない程すごい魔法使いだ。アンタみたいなのが調子に乗ってからかってるのを見るのは不快なんだよ」

カルメラの意外な言葉に、タカルハは疑うような視線を投げたが、どうも悪巧みしている様子はなさそうだった。


「嫌だな、カルメラさーん。僕がこいつより下だなんて…。こいつは先生を持てないものだから、お友達と師匠ごっこしてるようなヤツなんですよ。大漁組なんて言ったって、ただの卑しい雑魚漁りなだけです」

「馬鹿だね…大漁組は、この間群青オオカミを100匹仕留めた大物だ。一緒に行った私達が証人だよ。この街で大漁組にかなうヤツはいないさ。カミナリはフランシアと狩りに行ってるらしいが、腕を見込まれて助っ人でも頼まれたんだろう」


 群青オオカミ100匹と聞いて、周囲から驚きの声が上がった。フロア中の視線を浴びたタカルハは、更に居心地が悪くなってカルメラへ恨みがましい目を向ける。どうやら自分を擁護してくれているようだが、そんなことをされる覚えはない。


「へぇー、群青オオカミ100匹? どんな手を使ったの? お友達が強いのかな。そもそも、君は魔法が使えるのかな。先生もいないじゃないか」

「はぁ…どうだろうとお前に関係ないであろう。なぜ絡んで来るのだ、鬱陶しい」

「最近調子に乗ってるみたいだから、身の程を解らせようと思って、親切で話しかけてるんだけどなー。ねぇ、あの偽物の師匠から魔法を習ってるの? どう見ても魔法使いじゃなさそうだけど、君に何を教えてくれるわけ? 君が付きまとってるだけだったりしてー」

うんざりしたタカルハが立ち上がるのと同時に、冒険者協会の入り口のドアが乱暴に開かれる音がした。


「いやー、お師匠さん、本当に核は全部もらっていいのか?」

「フランシア、せめて食事を御馳走しませんか?」

「あ、腹減ってるし、それでお願いします」

和やかに入って来た三人の顔を見た面々が色めき立った。噂をすれば何とやら、これは面白くなって来た、という雰囲気だ。

 おかしな気配を感じ取ったのか、フランシアとロクと神成は足を止めて周囲を見渡した。

「な、なんだお前達…私に何か用か?」

「なんでしょう…フランシアがまた何かしでかしたのですか?」

フランシアとロクは、好奇な視線に押されて一歩下がる。フロアにタカルハの姿を見つけた神成は、満面の笑みで手を振って見せた。


「タカルハー、迎えに来てくれたのか? 突然留守にして悪かったな!」

笑顔で自分に話し掛ける神成を見て、タカルハの目頭が熱くなる。


 大股で側にやってきた神成は、嬉しそうにタカルハの肩を叩いた。

「おぅ、久しぶりだな」

「師匠……心配、したの、だぞ」

「あぁ、悪かった。お詫びに、土産を手に入れて来たぞ。タカルハには世話になってるから、飛び切りのやつだ!」

「土産? そんなの…俺は、師匠が帰って来てくれただけで…」


顔を伏せるタカルハをよそに、神成は魔法のカバンの中を引っ掻き回して袋を引っ張り出すと、グイッとタカルハの胸に押し当てた。

「さぁ、これはお前のものだ」

袋を受け取ったタカルハは、開けて欲しそうな神成に促されるように袋の口を開いた。中に手を突っ込むと、硬くてツルツルした物に突き当たる。ずっしり重いそれを掴んで引っ張り出す。


 深く、青く、輝く魔法石だった。


「師匠…これは…これ、は…魔法石だ」

「あぁ、そうだ。お前はすごい魔法使いだから、魔法石が必要だろう? 杖にも付ける場所があるんだろ?」

「あ、る」


タカルハが何十年かかってでもお金を貯めて手に入れようと憧れていたものが、手の中で光っていた。


「師匠…青だ、青い魔法石だ。俺は青が欲しかったのだ。青なのだ…」

「そうか、良かったな」

「師匠…嬉しいのだ…嬉しいのだ…こんな、こんなすごいもの…」

タカルハの鼻から鼻水がツツッと垂れて、ズッとすすられて穴に戻る。やがて、堪えきれずに滝のような涙を流し始めたタカルハを見て、神成は満足そうな笑みを浮かべた。


「どこから盗んで来たのー? 偽物かな? 偽物の方がお似合いだけど」

タカルハに絡んでいた男が、神成に厭らしい笑いを向けた。

「は? お前、誰だよ。魔法使いのくせに、魔法石が本物か偽物か解らないのか? 胸糞悪いからどっか行けよ、馴れ馴れしい」

感動の再会の邪魔をした男に、神成は容赦が無かった。

「男のくせに乱暴――! 大漁組なんて、二人とも最低最悪。お似合いの二人だよねー。魔法石もちゃんと出所を調べた方がいい。みーんな、そう思ってるよー」

そう言って笑った男を見て、神成のこめかみに青筋が浮く。


「みんなって誰だよ。お前みたいに厭味ったらしい笑いを浮かべてるヤツなんか、一人もいないじゃないか」

神成の言葉を聞いた男は、鼻を鳴らして周りを見渡したが、どこを見ても冷たい視線にぶつかって眉を顰めた。


「カミナリさんは、リュウマンに認められて魔法石を手に入れたのです。私とフランシアが証人です。だからもう言いがかりはお止めなさい、みっともないですよ」

ロクが静かに言うと、男が意外そうに目を見開いた。

「ロクさん、こんな連中を庇うんですか?」

「こんな連中? 庇うも何も、事実を言ったまでです。それに、フランシアも私も、お二人とはお友達なんです。とても良い方々ですよ。酷いことを言うのは止めて下さい」

 ロクに窘められた男は、顔を真っ赤にして冒険者協会から出て行ってしまった。

「ははは、あれは確かロクのファンだろ? 憧れの魔法使いに怒られて、相当こたえただろうな」

フランシアの呑気な笑いが響くと、重苦しかった場の雰囲気がスッと和らいだ。


 ずっと黙ったままのタカルハは、笑顔で泣きながら魔法石を撫でまわしていた。フロアのいざこざなど、どこ吹く風だ。

「…タカルハ、そんなに嬉しいか」

「嬉しいのだぞ、師匠」

「そうか」

タカルハを見て笑う神成に、意外な所から声が掛かる。

「大漁組に酒を持って来な! 私の奢りだ!」

見ると、カルメラが軽く手を挙げている。一瞬驚いた神成だったが、少し笑ってから片手を挙げて応えた。


 いつの間にかフロア全体の大宴会となっている喧騒の中、タカルハが神成の肩を叩いた。

「師匠…」

神成が顔を向けると、相変わらず大事そうに魔法石を抱えたタカルハが神妙な顔をしている。

「師匠…俺は頼りない弟子だが、いつだって師匠の力になりたいと思っているのだぞ。だから、何か困ったり悩んだりした時には、話して欲しいのだ…一緒に考えるのだ…」

「そうか…これからは、そうするよ」

「あぁ、そうして欲しいのだ」


 突然の失踪に対するタカルハの思いやりだろうと、神成にも伝わって来た。わざわざ街までやって来たのだから、相当心配したのだろうと。

「皆に心配かけたな…ドラマダは心配してないだろうけど」

「うん…ドラマダはドラマダなのだ」

そう言って、二人は「ふはははは」と笑い合った。

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