第16話 帰る場所
「フランシア、俺はやっぱり徒歩で構わないんだが…もしくはロクさんの馬に乗せてもらいたい」
「フランシアさん、触りすぎですよ」
神成はフランシアに抱えられて、馬のような生き物に乗っていた。太ももやら腰やらを撫でまわすフランシアの手を叩きつかれた神成は、同行者のロクという男性に助けを求める。
「ロクさんはフランシアの相棒なんですよね? 貞操は無事なんですか?」
「まぁ、無事ですよ」
「ロクは穏やかな顔をして、ぶち切れると怖いんだ…それに、旅の面倒を見てもらえなくなると困るから気軽に手は出せない」
そう言って体を震わせたフランシアを見て、神成は笑顔を絶やさないロクの秘められた危険臭を感じ取った。
ロクの馬に移った神成は、ようやく落ち着いて口を開いた。
「それで、どこに向かっているんですか? フランシアは調査とか言ってましたけど」
ロクは、神成に敬語を使わせるオーラを身にまとっていた。
「ここから北に馬で二日程行った山の麓で、リュウマンを見たという情報が入ったので、魔物狩りをしながら様子を見に行ってみようと思っているのですよ」
「リュウマン…」
マンという響きには馴染みがある。ゴリラマンと緑マン、後は白マンなんてものも耳にした覚えがある。リュウマンとはこれまた想像し難い代物だが、龍と関係があるのだろうか。
「リュウマンは魔法石を持っているんだ。手に入れば、相当な金になる」
フランシアの言葉を聞いて、神成はロクの荷物の中にある杖に目をやった。杖の先に、大きな宝石のような石が付いている。確かタカルハが『クソ重い杖』を手に入れた時に、「魔法石を付けられるようになっている」とか言っていたような気がする。
「魔法石って、ロクさんの杖に付いているこれですよね?」
「そうです。魔法石は貴重ですから、相当高価ですし、滅多に手に入りません。これは私の先生から頂いたものです。一部の魔法使いが、先生や師匠から認められて石を譲り受けたりするくらいで、なかなか手に入るものでは無いのですよ」
「そんなに貴重なものを、なぜリュウマンが持っているんですか?」
「趣味で原石を削って作っているらしいです」
「趣味…へ、へぇ…」
神成が知るマン達は、みんなどこかちょっとアレなようだ。
********************
「師匠が、一人で街へ?」
腹が減れば帰って来ると思っていた神成は、二日経っても帰って来なかった。初日は腹を立てていたタカルハだったが、段々と不安になって、二日目の朝には盆地中を歩き回って神成の行方を聞いて回っていた。
森から戻って来たドラマダに尋ねてみると、一人で街の方へ走って行く所を見たと言う。
「ふはははは! タカルハ君、置いて行かれたの?」
ドラマダは直球で痛い所をついてきた。
「そんなことは…師匠がさぼってばかりだし、ベッドを壊すから怒ったら逃げてしまったのだぞ。いつものことなのだ…置いて行かれたわけでは…。師匠は怒って一人で行ってしまったのであろうか」
純粋で素直なタカルハは、ドラマダのマイペースな物言いからダイレクトにダメージを受けた。
「いや、カミナリ様はそのぐらいじゃ怒らないよ。最近ちょっと様子が変だったから、自分探しの旅にでも出たのかな」
「様子が変だった?」
「うん。やる気が無い感じだったし、何か考え込んでるようにも見えたよ」
「俺はそんなこと…気が付かなかったのだぞ」
タカルハは、旅支度を始めた。神成が一人で街に行ったというならば、追い掛ければいい話だ。だが、自分を置いてマメ子と二人で狩りに出ていたらどうしよう。神成は自分といるのが嫌で出て行ってしまったのかもしれない。そんなことを考えると、荷物を詰める手が止まってしまう。
「様子が変だったなんて…何かあるなら、言ってくれれば良いではないか」
確かにドラマダに言われたように、最近の師匠は何でもさぼってばかりだった。普段から核を拾うくらいで愚痴を言う師匠なので、やる気が無いように見えても気にも留めなかった。
「タカルハ様、街へ行かれるならこれを持って行って下さい」
いつの間にか後ろに立っていたゴリイチが、袋を差し出していた。
「何なのだ?」
「これは、酸っぱい果物を干したものです。カミナリ様に、干すと甘くて美味しくなると聞いて、魔法で作ってみたのですが。最初に作ったものですから、早くカミナリ様に食べて頂きたいので、持って行ってくれませんか?」
「そうか…解ったのだ。それだったら、俺が届けるのだぞ」
ゴリイチからドライフルーツを受け取ったタカルハは、決心したように立ち上がった。
「それでは、お二人のお帰りをお待ちしていますよ。きっとカミナリ様を連れて帰って下さい」
「解ったのだ。全く、皆に心配を掛けて、仕方のない師匠なのだ!」
ゴリイチと頷き合ったタカルハは、力強く一歩を踏み出した。
********************
「明日には、リュウマンのいる山に着くぞ!」
ロクが作ったシチューを頬張りながら、フランシアがやる気満々の様子で口を開いた。
「結構魔物に襲われたので、予定よりも時間が掛かりましたね。カミナリさんの強さには驚きましたが、来てくれて助かりましたよ。フランシアは夢中になると、私を守ることを忘れますから」
「そうみたいですね。大剣を振り回して、逃げる魔物まで深追いしまくってましたからね」
「それは、お師匠さんがいるから遠慮なく暴れ回ったんだよ。大切なロクを任せても大丈夫だと思ったからさ」
調子のいいことを言ったフランシアの顔面に、おかわりのパンが投げ付けられた。投げたロクは、いつも通りの笑顔のままだ。
神成は、ロクのシチューに物足りなさを感じていた。癪な話だが、タカルハの作るシチューの方が美味い。ドラマダに調味料を習ったと言っていたが、確かに干した葉っぱだのなんだのと色々入れて作っていたようだ。ロクのシチューはどこか物足りない味で、じいちゃんの料理を思い出させる。大雑把な薄味だったが、腹を減らしていた自分には御馳走だった。飯を作ってくれる人がいるのは贅沢で幸せなことだった…じいちゃんが死んでコンビニ弁当ばかり食っていた時に、そう思って涙を流した。
「カミナリさん、シチューのおかわりはいかがですか?」
「はい、いただきます」
「ロクの料理は美味いだろう?」
「あぁ、美味い。俺は料理が出来ないから有り難い。一人だとパンと果物をかじっておしまいだ」
神成の言葉に、ロクが意外そうな顔をする。
「料理が出来ない男性は珍しいですね。それじゃ不便でしょうに」
「そうですね。でも、いつもはタカルハが作ってくれていたんで…有り難いことです」
「お師匠さんは、可愛い顔して凶暴だし料理も出来ないのか。それもまた悪く無い」
肩に伸びて来たフランシアの手をつねりながら、神成はタカルハのことを考えていた。
深く考えずに盆地を飛び出して来てしまったが、タカルハが心配しているかもしれない。そういえば飛び出す前に怒鳴られたから、何も告げずにいなくなったことを不安に思っているかもしれない。勝手な師匠だと怒っているのならまだいいが、心配して悩んでいるのだったら可哀想なことをしてしまった。色々とただ周りに流されているような気になっていたけれど…神成は、タカルハがいないとつまらないと思った。タカルハだけではない。ゴリイチやドラマダとも、一緒に居たいと思った。
訳も分からず流される形で、盆地の所有者になったり師匠になったり、ウサと結婚までしてしまったが…何だかんだと毎日楽しく過ごせていた。
フランシアとロクも好きだけれど、自分には『ただいま』と帰れる楽しい場所がある。旅を終えてカミナリ盆地へ帰るのは、いつだって自分の意思だったし…この旅を終えれば、また皆のもとに帰るんだ。それは、じいちゃんがいない暗い家に帰っていた時よりも、ずっとずっと幸せなことだ。
突然異世界にやって来て、それでも何とかやってこれたのは、ゴリラマンやタカルハのおかげだ。料理すら出来ない自分が、毎日美味しい食事が食べられて、異世界人の自分に、一人ぼっちにならずに笑って話せる相手がいた。
神成は、いつも旅の土産話を楽しそうに聞いていた皆の顔を思い出して、笑顔を浮かべた。主に、区別のつきにくいゴリラの顔だが…もはやよく覚えていない、自分を騙した人間のシオリちゃんの顔よりも、ずっと素敵に思えるのだった。
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