流されているのではない
少し立ち止まってみる
第15話 今更苦悩する師匠
「お母様、お背中流しましょうか?」
「はい? 師匠さん、突然どうしたのですか?」
「いや…水浴びなさっているようなので、お背中を…」
「結構ですー」
部屋の改築作業に飽きた神成は、遺跡の奥のお母様のもとを訪れていた。
「師匠―――!!! こんな所でさぼっていたのか!!!」
タカルハの怒鳴り声を聞いた神成は、横を向いて舌打ちをする。
「俺はただ、お前のお母様のお背中を流そうと…」
「お母様の背中なら俺が流しているから、お気遣いは結構なのだ!」
「な、なんだと…お前、お前――、弟子がそんな幸せなこと…見損なったぞ、タカルハッ!」
「つまらんことで見損なってないで、部屋に絨毯を引くのを手伝って欲しいのだぞ」
タカルハは、神成の戯言に動じない強さを身に着けていた。
「ウサさんもここにいたのか…。師匠の嫁なら、少しは何か手伝って欲しいのだ。スライムさんだって、部屋の掃除を手伝っているのだぞ? 夜は良い枕になるし…盆地で一番役に立っていないのは、師匠の妻なのだぞ…」
「お前…言うじゃないか。こんなに早く反抗期が来るとは。ハニー、お前も何か役に立たないと、晩飯にされるぞ」
「晩飯にしたら、離婚する必要も無いのではないか?」
タカルハの言葉を聞いて、ウサさんはお母様のお胸にダイブして跳び付いた。
「まぁ、タカルハ。ウサさんをいじめては駄目よー」
「そうだぞ、タカルハ。さぁハニー、こっちへおいで」
お胸のウサさんへ伸ばされた神成の手は、タカルハに叩き落とされた。
タカルハに連れ戻された神成は、弟子に怒られながらも板戸の制作に勤しんだ。側ではウサさんが、スライムに乗って昼寝をしている。
「いいな、スライムベッド。俺も昼寝するかな…」
買って来たばかりのベッドにダイブする神成。
メキメキメキッ ドシャッ
呪いのサークレットを外し忘れた神成は、購入したてのベッドを破壊した。
「師匠、何の音なのだ! ………師匠―――!!!」
タカルハの怒りの叫びが響き渡ると、神成は魔法のカバンを抱えてダッシュで部屋を飛び出した。
飛び出しついでに、何となく盆地の外まで歩いてみると、ふと遠出がしたくなる。神成は呪いのサークレットを魔法のカバンに突っ込むと、忍者モードで草原を駆け抜けたのだった。
********************
街に着いた神成は、マメルカの家を尋ねる気にもなれずに、いつものくせで冒険者協会へ向かい、これまたいつもの隅の席に腰掛けて考え込んでいた。最近の自分は妙にやる気が出ないし、時々焦ったようなイライラするような気分になる。ウサの魔法も解いてやらなければならないのに、方々で聞いてみても手掛かりは見つからない。大きな街へ手掛かりを探しに行くのも良いのだろうが…どうもその気になれないでいる。
つい先日、ミーカの悪巧みで命を狙われたのも面白く無い。自分が悪いとは思っていないが、命を狙われるほど人から恨まれたのは初めてだ。自分のせいでタカルハまで危険な目に遭ったというのが、罪悪感やら怒りやらを増幅させて、良く知らないミーカのことを憎む気持ちでモヤモヤしていた。
「何だろうなぁ。全部面倒臭ぇ―――」
「何が面倒なんだ? 一人とは珍しいな」
声の主を見上げると、フランシアの精悍な顔が見下ろしている。黙って見つめていると、長い指が伸びて来て、神成の顎を撫でる。
「いだだだだ、折れるぅ」
神成は、フランシアの指をつかんで捻った。
「で、何を一人で呆けているんだ?」
隣に座ったフランシアが指をさすりながら問いかけると、神成は考え込むように首を傾げて眉間に皺を寄せる。
「うーん、自分でもよく解らないんだが、最近やる気が出ないというか。上手くいかないこともあるし、自分はこれでいいのだろうかという焦りもある」
「上手くいかないことなど誰にでもあるだろうが、焦りとは何だ?」
「そうだな…この間の戦いで、俺は自分が結構強いということを実感したんだが、やみくもに殴ったり蹴ったりしただけだから…職業とか真面目に考えなくちゃいけないんじゃないかって…」
「殴る蹴るだったら、武闘家では無いのか? ちょっとステータスを見せてくれ」
セクハラフランシアを喜ばせないように、神成はこっそりあそこを押してステータスを出して見せた。騒がれそうな結婚相手のくだりには、さりげなく手を添えて隠してみる。
ポーン
―――――――――――――――――――――
名前 カミナリ タカヒト
職業 苦悩する師匠
詳細 強さがとめどない/自ら呪いを受けるドM/中級ダンジョン攻略/群れ狩り
のエキスパート
備考 カミナリ盆地の所有者/ゴリラマンの保護者/タカルハの師匠なのだぞ
結婚相手がすごい/大漁組なのだぞ/魔法都市イシュバラが嫌い
――――――――――――――――――――
「何だろうな…名前以外理解不能だ。お師匠さんの師匠と言うのは、あだ名では無いのか? 職業が師匠の人間など、この大陸に数人しかいないはずだ」
フランシアの言葉を聞いた神成は、大きな溜め息を吐いた。
「そうなのか。まぁ、このステータス全てに言えることだが、全部成り行きに任せてこうなったというか…」
「成り行きで師匠になどなれるものじゃないぞ。それについては理解出来ないが、それではお師匠さんは、他になりたい職業でもあるのか?」
「そうだなぁ、色々かっこいいとは思うが、特に無いんだ。冒険者になった時に特性で指標が出ると思っていたし。フランシアはどうして大剣使いになったんだ?」
「私は適正で大剣が出たし、憧れの先生が大剣使いだったからな」
「それだ、先生だ…俺には先生がいない」
神成は改めて自分が高校生だったことを思い出した。もうすぐ大学生だったのだが、まだ社会にも出たことが無くて、何でも学校や先生に決められた通り、教えられた通りにやってきたのだ。それなのにいきなり全部自分で決めたり、頼られたりする毎日を送って来たものだから、ストレスが溜まってしまったに違いない。
「まぁ、強いようだから、なりたい職業を決めて名のある先生を尋ねて師事するのも良いだろうが…職業が師匠の人間を弟子に取るような者はいないだろう。赤子が大人を弟子にするようなものだからな」
「えぇ~~、そんなに大それた感じなの? タカルハ~~」
神成も薄々感じてはいた。タカルハが「師匠が出来たから整列を覚えた」と言った時に、師匠ってそんなに重要な何かなの? 俺は大丈夫なの? と不安を感じたのだ。それも曖昧にして流されて来たが、そういうつけが回って来て無気力になってしまった。
「苦悩する師匠か。どうだ、いっそ気晴らしに一緒に狩りに行かないか? 特別な情報が入ったんだ。狩りと言うより調査に近いが、上手くすれば良いものが手に入るぞ」
「そうだな…呆けていても仕方ないし。仲間に入れてもらおうかな」
「おぉ、よしっ! 楽しい旅になりそうだ! あははは…いだだだだ」
神成は、喜んで抱き着いて来たフランシアの顎に手を当ててグッと後ろに押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます