第13話 マメ子は走ってきた
神成とタカルハは、マメルカの仲間たちと群青オオカミの群れ狩りに出かけることにした。待ち合わせ場所に行こうと席を立った二人に、フランシアが難しい顔をして声を掛ける。
「気を付けろよ。マメ子ちゃんは無害そうだったが、あの連中は良い噂を聞かないぞ」
「うーん、確かに感じが良いとは言えないが…まぁ、何事も経験だ。他の連中が戦う姿も見てみたいし」
「俺も、他の人が戦っている姿はほとんど見たことがないのだ。自分がどれぐらい強いのか知るいい機会なのだぞ」
「そうか…お前達なら大丈夫だと思うけどな。何かあったら、すぐ逃げてこいよ」
心配そうな顔をするフランシアに、二人は大丈夫だというように笑顔で手を振った。
マメルカの仲間たちは、全部で12人の大所帯だ。カルメラという鎧の女と、仮面にフードを被った華奢な男がリーダーのようだった。
「それで…なぜマメ子が、当然のように俺達のテントにいるのだ。昨日も今日も! 飯までたかりおって!」
「いいではないですか! このテントは居心地がいいのです! ご飯も美味しいし!」
「まぁ確かに、ゴリラマンのテントは居心地がいいし、タカルハの飯も美味いよな」
「そ、そうか。そうなのだ。俺は結構料理上手なのだぞ? ドラマダに色々な調味料も教えてもらえたから、師匠に美味しいものを出そうと頑張っているのだ。だから、マメ子に食われるのはイラッとするのだぞ!」
「まぁまぁ、お前が料理上手の弟子だと、俺がマメ子に自慢出来るからいいじゃないか」
「そ、そうか。ふふ」
ここ二日、口喧嘩ばかりの二人に慣れた神成は、たしなめ具合もマスターしていた。
「それで、明日には目的地に着くらしいけど、何か情報は無いのか?」
狩りに誘われたものの、大漁組は歓迎されている様子は無く、親し気に接して来るのはマメルカだけだった。
「偵察の話だと、群青オオカミは100頭前後の群れだそうですよ」
「群青オオカミって強いんだろ? タカルハは戦ったことあるのか?」
100頭と聞いて驚いた顔を見せたタカルハに、神成が尋ねる。
「前に遭ったことがあるが、俺は一匹倒すのがやっとだったのだ。今は強くなったから、前よりは楽に倒せるかもしれないが…何匹も相手にするのは無理だ。整列もいっぺんに何匹従わせられるか解らないのだぞ」
「そうだな…一応、事前に戦い方を考えておいた方が良さそうだ」
「あたしは…今日はカミナリさんの隣で寝たいのです」
「真面目な話をしている時に、いきなり何なのだ! 俺は気付いていたのだぞ…マメ子は師匠をイヤらしい目で見ているのだ。マメでもこいつは女なのだ。言っておくが、師匠にセクハラをしたフランシアは骨を折られかけたのだからな!」
「そ、そんな馬鹿な! フランシアさんほどの豪傑を!」
うるさい二人は無視して、神成は翌日の戦いに思いをはせていた。
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「さぁ、あんたたちの持ち場はここだよ。有名な大漁組に頼りすぎるのも悪いから、一番奥にしておいたからね。狩り残しが何頭か行くと思うから、頼んだよ」
「フフフフフ」
リーダーのカルメラが地図を指して説明すると、隣の仮面の男が不気味な笑い声をあげた。
「解った」
頷いた神成を見て、カルメラと仮面の男は激励するでもなく、さっさと立ち去ってしまう。去り際に仮面の男と神成の肩がぶつかったが、謝る素振りも見せなかった。
「何なのだ、あの不気味な男は。師匠にわざとぶつかったように見えたのだぞ!」
「そうだな。まぁ、俺の事が嫌いなんだろ。気にするな」
怒るタカルハをなだめつつ、持ち場へ移動すると、そこは本当に谷の奥のどんずまりだ。
付近の谷は、アリの巣を横から見たような複雑な地形をしている。この谷に群青オオカミを追い込んで、要所要所に人員を配置して分散させて退治する作戦のようだ。
ぐるりと周りの絶壁を見回した神成は、嫌な予感がしていた。急いで呪いのサークレットを外すと、跳び上がって崖の途中にある木の枝にしがみついた。
「師匠、どうしたのだ!?」
驚いて顔を上げたタカルハに、上から大声で声を掛ける。
「タカルハー、群青オオカミはここまで登ってくるか?」
「それ程高ければ、届かないのだぞー」
「そうか。タカルハー、ちょっと下がってろー」
頷いた神成は、枝で弾みを付けて崖に拳を打ち込んだ。
大きな音がして崖に亀裂が入り、砕けた岩が落下する。下ではタカルハがダッシュで岩を回避している。
「師匠! ちょっと下がったぐらいじゃ済まなかったではないか。何だというのだ!」
「あぁ、ごめん。お前を殺そうとしたわけじゃないぞ。戦う備えをしたんだよ」
「備え?」
神成が説明しようとすると同時に、谷から何か叫びながら走り来る人影が現れる。もう群青オオカミがやって来たのかと驚いた二人が目を向けると、それはこちらへ走り来るマメルカだった。
「た、た、大変なのです。大変なのですよ! い、今すぐ逃げて、下さい!」
息を切らせながらまくし立てるマメルカの目からは、今にも涙が溢れそうだった。
「何が大変なのだ? お前は群青オオカミを追い立てる役であろう? こんなに奥まで、何しに来たのだ?」
「いいから、早く逃げて下さいなのですっ!」
真剣に叫ぶマメルカに、神成は水筒を渡した。
「うーん。俺達は、はめられたのか?」
水を飲んで人心地付いたマメルカは、神成の言葉に申し訳なさそうに頷いて見せる。
「師匠…どういうことなのだ?」
「そうだな…取りあえず、群青オオカミは全部ここにやって来るってことだろう」
「そうなのです。だから、早く逃げて下さい!」
「全部って…途中でほとんど狩られる算段ではないか」
「タカルハさんは察しが悪いですねっ! だから、途中で誰も狩らずに、ここに追い立てるだけなんですよ。最初からお二人にそういう悪さをするつもりで、狩りに誘ったらしいのです」
そう言って、逃げて逃げてと二人の袖を引っ張るマメルカの頭を、神成は優しくぽんぽん叩いた。
「そんなことだろうと思っていたんだ。だから、大丈夫だ。タカルハ、全部狩ってやろうぜ。核も全部頂こう」
「全部って…師匠、100頭もいるのだぞ?」
「大丈夫だ」
ニッと笑った神成は、マメルカとタカルハを小脇に抱えると、一気に崖に跳び上がる。いきなり跳び上がられて驚いた二人が目を開けた時には、先程神成が崩した崖の中腹に降ろされていた。
「タカルハはここで整列と魔法を使って、群青オオカミを倒してくれ。マメ子も手伝ってくれるなら、核は三人で山分けだ」
「師匠…」
「大丈夫だ。何とかなる気がする」
「曖昧なのですね! 無理ですよ、100頭ですよ!?」
「いいや! 師匠が何とかなると言うならば、何とかなるのだ! 何とかやってみるのだぞ」
不安気なマメルカをよそに、神成は準備運動を始める。
すっかり体をほぐした神成は、魔法のカバンからゴリラマンの毛で作ってもらったグローブを取り出しながら、何か思い出したようにマメルカを振り返った。
「マメ子、お前、仲間を裏切って俺達を助けようとしてくれたんだな。ありがとな」
「そんなこと…あたしのこと、怒っていないのですか?」
「怒ってないよ」
神成がそう言って笑うと、隣でタカルハも頷いて見せる。
「…あたし、弓の名手なのですよ。お役に立つのです!」
「あぁ、期待してる」
マメルカは、覚悟を決めたように背中から弓を取り出した。
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