第12話 ちょっと有名人

 ドラゴンロードショックの翌日、神成はゴリイチとドラマダとタカルハを連れて、自分がこの世界に来て初めて目を覚ました場所に立っていた。

「タカルハに言っておきたいことがあるんだ。まぁ、ドラマダもついでだから聞いてくれ」

「何なのだ師匠、改まって」

ドラマダは昨日の酒が抜けていないのか、目が半開きで反応が薄かったが、ゴリイチは話の内容を察したようで神妙な顔をしている。

「実は、俺は異世界から来たんだ。と言っても、自分からやって来たわけじゃない。ゴリラマン達に呼び出されてこの世界に来て、元の世界には帰れなくなったみたいなんだ」

神成の告白に、タカルハは意味を分かりかねているのか、首を傾げたまま瞬きを繰り返した。


「え? 異世界とは、何なのだ? 海の向こうか?」

「そこからか、タカルハ…海の向こうより遠い世界だよ。普通の方法じゃ行けない世界だ」

「そんな世界があるのか。ゴリラマンさん達は、なぜ師匠を呼んだのだ?」

話を振られたゴリイチは、決まり悪そうに一瞬目を逸らした。

「いえ、あの。カミナリ様を選んで呼んだわけではないのですが…ボスが怪我をして盆地を人間に占領されてしまいそうだったので、異世界から助けてくれる者を呼ぼうと思って儀式をしたら、カミナリ様が現れたのです」

「ゴリラマンさん達はすごいのだな…遠くの世界から人間を呼べるなんて。呼べるだけで帰してあげられないのか?」


 当然の疑問だ。神成はゴリラマン達が顔を逸らすのであえてはっきり尋ねなかったが、今まさに真実を突きつけられようとしている。

「我々は呼べるだけなのです。しかも、人間を呼んだのはこれが初めてで…普段は、一年に一度儀式を行って、主に異世界の果物などを入手しています」

「異世界からお取り寄せか! よくそんなんで俺を呼べたな!」

「半信半疑で頑張ったら、カミナリ様が現れて…我々も驚きました」

神成が通って来た道は、果物専用の一方通行だったようだ。


「それでは師匠は、家族とも離ればなれで寂しいのではないか?」

「いや、唯一の家族は最近死んでしまったし、会いたいと思える友人もいないし…案外寂しくない。こっちに来てからは忙しかったし、何だかんだと楽しかった。自分でも意外だが、不思議と馴染んでしまって。人間の女にはがっかりだったけど…」

 街で肉食系女子に舌なめずりされたことを思うと背筋が寒くなるが、もとの世界に帰りたいという気持ちにはならなかった。じいちゃんもいないし、シオリちゃんショックもあったし、もとの世界で恋しいものと言えば、毎朝飲んでいたヤク○トぐらいだ。


「ご家族が最近亡くなっているのか…大変だったのだな」

「うーん、まぁ色々と辛かったけど、本当の家族じゃなかったんだ。捨て子の俺を育ててくれたじいちゃんだった」

「捨て子…何だか、俺と似ているのだな…」

「あぁ、そうだな。俺の禿げたじいちゃんと、タカルハのお母様を交換して欲しかったけど」

神成が笑って見せると、タカルハも神妙そうな顔つきを緩めた。


「ふはははは! ゴリラマンじゃカミナリ様は呼べないよね。特別だったんだよ、特別な……ちょ、頭痛いから寝る…」

突然言いたいことだけ言って地面に横になったドラマダの髪の毛の中から、ごそごそとウサが這い出て来る。

「ウサも聞いてたのか。まぁ、嫁に隠し事は良くないな。ということで、俺は異世界人でこの世界のことには詳しくない。だからタカルハに色々と助けてもらうことも多いと思うけど、よろしくな」

「そんなの…もちろんなのだぞ!」


 真面目な話はそこそこにして、神成とタカルハはしばらく街に出かけて魔物退治をしながら金や情報を集めることにした。

「長旅の資金を貯めるのもいいけど、俺の石丸出しの部屋も何とかしたい。タカルハの部屋みたいにしたい」

「それなら、絨毯や布団を買えばいいのではないか? 窓にも板をはめ込んで、光る石も壁にはめ込んで…」

「そういうのは得意じゃないんだ…センスもない」

「それなら、俺がやるのだぞ! 師匠は手伝ってくれ。だから…俺も、岩肌の遺跡に住んでもいいだろうか? 洞窟から引っ越して来たいのだ。こっちは賑やかで楽しいのだ…」

「あぁ、俺は構わないぞ。空き部屋もいっぱいあるし。後でボスに聞いてみるといい。俺からも頼んでおこう」


 タカルハは申し分なくカミナリ盆地の住人となった。ついでに遺跡の奥の湧水の部屋にお母様も引っ越して来て、神成は狂喜乱舞したのだった。



********************

 神成とタカルハは、冒険者協会で魔物狩りの依頼を忙しくこなしていたが、気が付くとちょっとした有名人になっていた。

「カミナリ様、タカルハ様、また大漁だったようですねー」

すっかり馴染みになった受付のお兄さん、ケイさんがにこやかに声を掛けて来る。

「そうなのだ。師匠は核を拾うのが面倒だ、腰が痛いと我が侭を言うのだぞ」

「だって一々屈んで拾うのは大変だろう。核を集める魔法とか無いのか?」

「そんな魔法は無いのだぞ」

「ははは、二人だけで沢山お倒しになりますからねー。普通は何人かで倒すものなので、核拾いも楽なんでしょうけど」


 二人は、タカルハよりも弱いモンスターの大量発生事案に的を絞って依頼を受けていた。タカルハの整列で効率よく安全に狩りが出来るからだ。

「よう、大漁組! 戻ったなら酒でも奢ってくれよ~」

この大漁組というあだ名がすっかり定着してしまって、最近では気軽に声を掛けて来る者も多くなった。

「フランシア…お前、朝から飲んでないで自分で狩りにいけよ」

街一番の大剣使いとして有名なフランシアも、その一人である。

「硬いこと言うなよ。タカルハちゃんのお師匠さんはケチだな~」

「師匠はケチでは無いのだぞ! 全く、馴れ馴れしい…こらっ、師匠の尻を撫でようとするな。この間、骨を折られかけたばかりではないか!」

「お師匠さんは、可愛い顔して凶暴だからな~」

フランシアは、豪快に神成にセクハラをかます女だった。タカルハは神成の尻の心配をしているわけでは無く、神成の報復加減を心配していた。


 フランシアも交えて三人で朝食を取っていると、少々痛い視線も飛んでくる。茶色い髪をすっきりと後ろで束ねた長身スレンダー美人のフランシアは、男たちの憧れの的なのだ。最近急に仲良くなった神成とタカルハを面白く思わない者も多い。

「フランシア…お前、何で俺達に構うんだ?」

「え? 面白いからだろうな…それに、お前達は強いみたいだし、興味がある。今度一緒に、狩りにも行ってみたいな」

「フランシアと狩りか。日帰りにしてもらわないと、俺はきっと、師匠がセクハラの報復でフランシアを殺してしまわないか心配で一睡も出来ないのだぞ…」

タカルハが心配している側から、フランシアが神成の肩に腕を回して、デコピンされてのけ反っている。


 呆れるタカルハの溜め息を打ち消すように、どこからか聞き慣れない声が聞こえて来た。

「これは、しゅっぱいヨーグルトなんですけど? ジャムを入れて食べるやつなんですけど? しゅっぱいから」

三人で声の方向に目を向けると、神成の隣に女の子が座っていた。

「え? どちらさんだっけ?」

神成の問いかけに、タカルハも知らないと言うように首を振る。フランシアには心当たりがあるようで、大して興味無さそうに口を開いた。

「お前はいつも大勢でつるんでる奴らの一人だろ。ほら、あっちの柱の周りにいるのが仲間だ」

「へぇー…お前、何かしっくり来るというか新鮮というか…」

それは背の低い可愛らしい感じの女だった。明るい茶色の髪はキノコのようなふんわりおかっぱで、目もくりくりぱっちりしている。男よりも小柄で可愛い女の子は、神成にとっては馴染みのある印象だ。見た目だけは、肉食系の雰囲気は感じられない。


「しゅっぱいから、ジャムが欲しいのですけど!」

「お前は、俺が店員に見えるのか? お前のジャムは…もうパンに塗りたくったのか…」

女と見つめ合った神成は、根負けして自分のジャムを女のヨーグルトへ投入してやる。

「師匠! そうやって甘やかして! 師匠がジャムをやったら、結局俺がジャムをやったことになるのだぞ?」

「何でだよ」

「俺が師匠にジャムを献上するからだ!」

タカルハは、ジャムの器を神成の元へ献上した。

「いや、俺はいらないからお前が食え」

「師匠…俺の事を考えて…」

神成がジャムを戻してやると、タカルハは感動した。

「いや、お前の感動スイッチが解らん。元々お前のジャムだろ」

二人の様子を見て、フランシアが吹き出した。


「それで…しゅっぱいキノコは、誰なんだ」

満足げにヨーグルトをかき回していた女に声を掛けると、不思議そうに顔を上げて見返して来る。

「お前のことなのだぞ! しゅっぱいしゅっぱい言っていたキノコ頭はお前しかいないであろう?」

タカルハは、神成のジャムを奪った無礼な女に御立腹の様子だ。

「キノコ!? あなたみたいな筋肉大男にそんなこと言われたくないのです!」

「なんだと!」

睨み合う二人を見て、神成が溜め息を吐いた。


「お前達、面倒だから喧嘩するなよ。それで、お前は誰なんだ? ジャムをやったんだから、名前くらい聞いてもいいだろう」

「あたしは、マメルカなのです。見ての通り、弓の名手なのです」

小柄具合にぴったりなマメという言葉に、神成とタカルハは笑いを堪えたが、フランシアは我慢出来ずに吹き出した。

「そうか…マメ子は弓の名手なのか…。俺はカミナリで、こっちはタカルハ。フランシアは有名だから知ってるだろう」

「マメルカです。知っているのです。大漁組も有名だから知っているのです」

「そのマメ子が、なぜ師匠の隣で飯を食っているのだ。仲間は向こうにいるのだろう? ジャムも仲間に強請れば良いではないか!」

「マメルカですってば! あたしは皆に言われて、大漁組をお誘いに来たのですよ!」

お誘いという言葉を聞いて、フランシアが顔を曇らせて何事か言いたそうに口を開いたが、思い直したように腕を組んで口を閉ざす。


「お誘いってなんだよ」

神成の言葉に、なぜかマメルカは誇らしげに胸を張って見せた。

「私達と一緒に、群青オオカミの群れを狩りに行きましょうと誘って来いと言われて来たのです!」

「自慢げだが、ただの使いっパシリではないか!」

突っ込んだタカルハとマメルカは、再び一触即発の雰囲気を醸し出す。

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