第11話 不実でした

 神成とタカルハは、ダンジョン最奥の祭壇っぽい場所に辿り着いた。途中で拾ったウサさんは、しっかりとタカルハの肩に乗っている。

「うーん、祭壇っぽい」

「師匠、ここの石に何か書いてあるぞ」

二人は祭壇の横の大きな石に刻まれた文字に目を走らせた。


――――――――――――――――――――

試練を乗り越えたお二人へ

このダンジョンは、お二人の最後と最初の共同試練の場です

最後の試練を乗り越えたお二人は、ここから新たな絆を結び、最初の試練としてダンジョンの出口を目指して下さい

お二人で祭壇の魔法陣にのぼれば結婚成立となります

さすれば、結婚祝いの魔法のカバンが現れるでしょう

―――――――――――――――――――――


「…え?どういうことだ?」

「……師匠…結婚しないと魔法のカバンは現れないのではないだろうか。もしかしたらダンジョンの入り口にあったこすれた文字は、同じ説明だったのかもしれないのだぞ…」

神成とタカルハは、黙ったまましばらく見つめ合った。


「いや、ここまで来て手ぶらで帰還はないわ」

「だが、俺達が結婚するわけにはいかないであろう」

「男同士って結婚出来るのか? すぐに離婚すればいいじゃないか」

「師匠! 簡単に離婚などしては駄目なのだぞ! それに、俺はお母様みたいな、ふわふわで頼りになる美人と結婚して添い遂げたいのだ。魔法のカバン欲しさに、男と結婚することなど出来ん!」

「真面目だな! 俺だって、お母様がいいわ! お前、お母様を基準にしてたら、相手なんか見つからないからな」

 神成は考え込んだ。魔法のカバンはどうしても欲しい。だが、無理矢理タカルハと結婚するわけにはいかない。自分だって、異世界へ来ていきなり男と結婚するのは嫌だ。だがやっぱり魔法のカバンはどうしても欲しい…。


「よし、ちょっと試してみるわ…」

神成は意を決したように前を向き、タカルハの肩からウサさんをわしづかむと魔法陣に跳び乗った。


 ポーン

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結婚、おめでとうございます

お祝いに魔法のカバンをお持ち下さい

カバンの横の名札に名前を書けば、ご本人様のみ魔法の効果が使用できる特別なカバンです。是非、新婚旅行のお供にどうぞ。

末永くお幸せに

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 神成の足元に、魔法のカバンが二つ現れた。茶色い大人用のランドセルのような代物だ。

「ど、ど、どういうことなのだ?」

「うん…俺がウサさんと結婚したということだろうな」

ウサさんが神成の手からもがいて離れ、地面で折り返して神成の頬に体当たりをかました。

「だっ! やめろ、俺の嫁。俺は丈夫なんだ、ハニーが怪我するぞ」

神成に爽やかな笑顔を向けられたウサさんは、地面で丸くなって震えている。

「おい、そんなに嫌がるなよ、傷付くだろ。大丈夫だ、帰ったらちゃんと離婚するから!」

現代っ子な神成は、ドライで不実だった。異世界という現実感の無い世界では、危機感も倫理観も薄かった。どうしても魔法のカバンの誘惑に負けて、ウサという伴侶を手に入れてしまった。


 タカルハは、早速カバンの名札に名前を書き入れている。

「タカルハ、名前を書かなければすごい値段で売れるんじゃないか?」

「師匠、何を言っているのだ! これは絶対に売らないのだぞ。初めてのダンジョンの思い出の戦利品ではないか!」

「まぁ、そうだな…俺も書くかな」

 何はともあれ、目当ての魔法のカバンを手に入れた二人は、足取りも軽く帰り道を急いだのだった。



********************

「ふはははは! それじゃあカミナリ様は、そのウサと結婚したの?」

「あぁ、結婚した」

カミナリ盆地に戻った二人は、ドラマダとゴリイチを始め、集まって来たゴリラマンたちに冒険譚を語っていた。すっかり日が暮れて、食べ物や酒が持ち寄られると、宴の様相を呈して来る。

「カミナリ様、動物と結婚するなんて聞いたことがありませんよ。ちゃんと婚姻は有効になっているのですか?」

ゴリイチが首を捻りながらウサさんをつっつくと、ウサさんの弾丸アタックがゴリイチの顎にヒットした。

「さぁ…解らん」

「師匠、ステータスに何か書いてあるのではないか?」

「そうだな、見てみるか…」

神成があそこを押してステータスを出すと、わらわらと皆が群がって覗き込む。


ポーン

―――――――――――――――――――――

名前 カミナリ タカヒト

職業 すごい師匠なのだぞ

詳細 強すぎて不器用/自ら呪いを受けるドM/中級ダンジョン攻略

備考 カミナリ盆地の所有者/ゴリラマンの保護者/タカルハの師匠なのだぞ

   結婚相手がすごい

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「ふはははは! 結婚したことになってるね」

ほとんどの者が吹き出したが、うまいことドラマダの笑い声に打ち消された。

「これは驚きですね。しかし動物と…確かにある意味すごい相手ですが…ただのウサを、結婚相手がすごいだなんて表示しますかね…」

ゴリイチは益々解せないというように、難しい表情をしている。


「師匠…俺はちょっと小耳に挟んだことがあるのだが、人間を動物に変えてしまう魔法があるらしいのだぞ?」

タカルハが気の毒そうに神成の肩に手を置いた。

「ふはははは! このウサは凶暴だから、もし人間だったらどっちかな。人間は女のほうが強いんだっけ? ウサの性別はよく分からないね」

ドラマダがウサをつかんでひっくり返し、股間の辺りに目を凝らすと、ウサのダンガンアタックがドラマダの額に炸裂する。


「な、何が言いたいんだ…やめろ、みなまで言うな…離婚だ! 今すぐ離婚する! 来い、ハニー、お前とは離婚だ!」

神成が立ち上がってウサを呼ぶと、それに応えるようにウサが神成の肩に跳び乗った。

「結婚も離婚も、盆地の隅の祭壇で出来ますが…」

ゴリイチが指さす方向に顔を向けた神成は、意気揚々と離婚への力強い一歩を踏み出した。

「よし! 行くぞ、ハニー」


 ぞろぞろと祭壇に集結した面々は笑いを堪えながら、魔法陣に入る神成とウサの様子を見守っている。

「俺達、離婚します!」

「キュ!」

ウサも離婚を宣言したようだ。


ポーン

―――――――――――――――――――――

離婚は出来ません

どちらかの事情に寄り、特殊な祭壇でなければ離婚できません

特殊な祭壇の場所は、ドラゴンロード

―――――――――――――――――――――


 神成の目の前に現れた文字。理解し難い内容が並んでいるが、どうやら離婚出来ないらしいことは解る。

「おい、俺には事情なんて無いぞ…お前か? 事情持ちはお前だな!?」

神成に睨まれたウサは、あからさまに目を逸らした。

 さぞかし皆が笑っているだろうと周りを見渡した神成だったが、神妙な顔つきばかりが目についた。やけに静まり返っている。

「ふはははは! 結婚生活続行だね」

ドラマダだけはブレなかった。

「なぁ、何でみんな静かなんだ? ちょっと不安になるじゃないか…」

「師匠…みなドラゴンロードという地名に戸惑っているのだぞ」

「遠いのか?」

「それは遠いが、ただ遠いというだけではないのだぞ。ウサさんとドラゴンロードにはどんな関係があるのだ?」

タカルハに不審気に見つめられたウサは、高速で顔を背けた。


 事情が呑み込めない神成に、ゴリイチが「説明しますよ」と座り込む。

「良いですか、これが大陸の大まかな地図です」

ゴリイチが地面に描いた図を指差した。左右の重りの大きさが違う、ダンベルのようなものが描かれている。

「こっちの少し小さい西の大陸が、我々がいるところです。そちらは東の大陸で、魔法が使えない土地だと言われています。そして、二つの大陸を繋いでいる細長い大陸がドラゴンロード。その名の通り、ドラゴンが住んでいると言われています」

「なるほど…いるのか、ドラゴン。ドラゴンがいるせいで行くのが困難な場所なのか?」

「それだけではないのだぞ。厳しい気象状況やら火山やらで、人類未開の地なのだ。だから大陸同士が繋がっていても、ドラゴンロードで大陸の行き来は出来ないのだぞ」


 神成は顎に手を当てて考え込んだ。結婚を冒涜した罪か…正体不明の怪しいウサと離婚するには、とんでもない土地に行かねばならないらしい。もしもウサが人間だったなら…もしかしたら…お母様みたいな女性かもしれない…それならいっそ、このまま仲良くなって…。神成はウサの凶暴なダンガンアタックを思い出し、良からぬ考えを振り払った。


「まぁ、離婚する為に行くしかないだろう。色々調べて、準備してからだけど。それより先に、ウサの魔法を解いたほうが良さそうだな…本当に人間だったらの話だが。ハニー、祭壇の場所は分かるのか?」

神成がウサを地面の地図近くに持ってくると、ウサは渋々といった雰囲気でドラゴンロードの真ん中よりやや東寄りを足で指した。

「がっつり遠いな…せめて大陸との境目くらいだったら良かったのに!」

「ふはははは! やっぱりカミナリ様は面白いね。ドラゴンロードに行くなんて。僕もちょっと行ってみたいな」

神成が能天気なドラマダをヘッドロックすると、緑の長い髪がうねうねと巻き付いて来る。

「俺も…俺も行ってみたいのだぞ、師匠。理由はともかく、大冒険なのだぞ!」

「そうだなぁ。目標があるのはいいことかもな」


 ドラマダの髪の毛を引っぺがしながら、神成は正体不明なウサとしばらく黙って見つめ合っていた。

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