第10話 ダンジョンなのだぞ

 神成とタカルハは、ようやく迷いの森のダンジョンへとやって来た。狭い洞窟の入り口を覗くと、下へと延びる階段が続いている。

「師匠、入り口の壁に冒険者ペア限定と書いてあるぞ。他にも何か書いてあるようだが、こすれてしまっていて読めないのだぞ」

「そうか…まぁ、行ってみるしかないだろう。俺には魔法のカバンが必要なんだ。魔法のカバンがあれば…移動も楽になるし、二階に上れるんだ」

 現状、神成は普通の建物の二階には登れない。一階に呪いのサークレットを放置すれば可能だが、殺人兵器をおいそれと放置は出来ないし、かと言って身に着けていようものなら床が抜けて一階に落下してしまう恐れがある。しかし魔法のカバンに呪いのサークレットを入れてしまえば、紛失や殺人の心配も無く、二階へ上がれるのだ。忍者モードで街まで行って、街中で呪いのサークレットをつけることも出来る。


「切実なのだな。俺も魔法のカバンが手に入るならば嬉しいのだ。とても高価らしいし、買おうと思っても物が無いようだ。迷いの森のダンジョンならば来るだけでも大変だし、ペア限定というのも厳しいのだぞ」

「そうなのか。だが、絶対に手に入れるぞ!」

「おぅ! なのだぞ」


「意外と明るいな」

「光る石があちこちに埋め込んであるのだぞ」

「そういえば、タカルハはどこかのダンジョンに入ったことはあるのか?」

「いや、初めてだ。ダンジョンは怖い所だから、一人で入るような者はいないのだぞ」

「そういうもんか…」

 確かに、入ってしまえば逃げ場は無いし、魔物に取り囲まれたりしたら死ぬかもしれない。神成は今更不安を覚えたが、自分が誘ったタカルハは守り抜かねばなるまいと改めて気合を入れる。なんせ、タカルハに何かあったらお母様が悲しむから。


 少し広い場所に出ると、タカルハが不審気に立ち止まった。

「どうした?」

「師匠、何か聞こえないか?」

神成が耳を澄ますと、微かに時計の針が動くような音がする。不規則だし数も多い。


チッチッチチッチッチッチッチチチ


「し、し、師匠………周りの岩の影にいっぱいいる。囲まれてしまっているのだぞ…」

「うーん、ほんとだ。でかいネズミみたいのがいっぱいいるな」

 二人に気付かれたことを察したのか、わさわさと凶悪なネズミのような魔物が姿を現した。ペア限定にしてはえげつない数だ。すぐにも襲い掛かってきそうな群れを見て、タカルハは青い顔ですっかり戦意を喪失している。

「タカルハ、胸を張れ。お前がいれば楽勝だ。さぁ、整列を使うんだ!」

ニヤッと笑う神成を見て、タカルハは顔を上げて大きく息を吸い込んだ。


「整列! せーいーれーつー!」

とたんに凶悪ネズミがタカルハの前に列を成す。

「うん、一匹一匹はタカルハよりも弱そうだったから効くと思ったんだ」

「はは…はははは…効いてよかったのだ…」

ほっとしているタカルハをよそに、神成は蹴る気満々で足を素振りしている。

「何匹いるんだ?」

「23ネズさんなのだぞ」

「よーしっ!」

頷いた神成は、タカルハを横にどけて大きく足を振りかぶった。


「よーし、じゃないぞ師匠! ここはダンジョンの中なのだぞ! 壁まで壊されたら生き埋めになってしまうではないか。30スライムさんぐらいの感じでお願いするのだぞ」

「確かにそうだな…30スライムか…このくらいかな」

神成は軽く足を振り抜いた。


ジュー ジュー ジュー ジュー  ジュー … … ボドガッ


「師匠~~! やっぱり後ろの岩まで壊れたではないかっ!」

「うーん、全力だったら危なかったな。ソフトタッチを心がけよう」


 そこからしばらく、神成は適度なソフト具合を探るために、魔物が出て来る度に「これはどうだっ」「これくらいかっ」と次々に粉砕して行った。しっかり者のタカルハは、せっせと核を拾っている。

「いてっ、さっきのでかいザリガニみたいなやつ…硬かったからちょっと切れた」

神成はかすり傷を負った。傷を舐める神成に、タカルハが近寄って手を取る。

「なーおれ!」

タカルハの気の抜けた一言と同時に神成の傷口が光り出して、光とともに傷がすっかり治ってしまった。


「何!? タカルハ、何をしたんだ!?」

「何って、回復の魔法なのだぞ?」

「呪文は?」

「言ったではないか」

「え?」

「え?」


 神成は、苛烈の赤バラ隊のミーカ副隊長に魔法をくらった時のことを思い出していた。確か、長ったらしい文言を唱えていたはずだ。

「あれか? もっと大怪我だったら、長ったらしい呪文を唱えるのか?」

「いや、変わらないのだぞ?」

「へ、へぇ。魔法使いってみんなそうなのかな?」

「皆のことは知らんが…教えてくれる先生や書物によって違ったりするのかもしれんが、大体似たようなものだろう。俺の魔法はお母様に習ったのだぞ」

「なるほどな」

水の精霊直伝の魔法使いは伊達じゃないらしい。


 整列と神成パワーでさくさくとダンジョンを進んで行った二人は、気が付けば随分と奥まで潜っていた。ちょっと休憩しようと、座り込んで果物タイムを満喫していた二人の前に、小さな白い塊が跳び出して来た。

「うおぁっ。魔物か?」

殴ろうとする神成の手を、タカルハが慌てて押さえる。

「師匠、これは魔物ではないぞ! ただの動物だ。ウサさんだ」

「うささん?」

見ると、うさぎによく似ているが、ちょっとどこか違うような生き物だった。毛が長いし、しっぽもでかい。


「何か変なウサさんなのだな。このウサさん、両耳が前を向いているぞ! 折角の大きい耳が台無しではないか。前の音ばかり拾ってどうしようと言うのだ。ふははははは!」

馬鹿笑いするタカルハの腹に、ウサさんが神速の体当たりをかました。

「ぐふっ」

「お前が馬鹿にするから怒らせたようだぞ、謝っておけよ」

「ご…ごめんなざい…なのだぞ」

タカルハはみぞおちを押さえてウサさんに土下座した。


「しかし、何でこんな所に普通の動物がいるんだ? こんな奥まで、迷うにも程があるぞ」

「ウサさんは、魔物に追われて逃げているうちにこんな所まで来てしまったのか?」

タカルハがウサさんに話し掛けると、ウサさんがちょっと頷いた。

「ウサさんはダンジョンから出たいか? 俺達に連れて行って欲しいのか?」

再びウサさんが頷く。

「人の言葉が解るみたいに見えるな…タカルハだから通じるのか?」

神成の言葉に、ウサさんが首を振る。

「おぉ…師匠の言葉も通じているのだぞ」

ウサさんがまた頷いた。

「良く分からん生き物だが、害も無さそうだし、出たいというのなら連れて行くか」

神成の言葉に、ウサさんが喜びを表すように飛び跳ねた。


 タカルハがウサさんに手を伸ばすと、ウサさんはそれを避けて動き出した。飛び跳ねては振り返って頷いてを繰り返している。

「師匠、ウサさんは俺達をどこかに連れて行こうとしているのか?」

「そうだな…動物が人を誘導しようとする時の基本動作っぽいな」

二人が黙ってウサさんの後に着いて行くと、やがて突き当りの壁の下の小さな穴に入って顔を出して頷いた。

「ん? 師匠、隠し部屋があるようだぞ!」

ウサさんが頷いた。

「何、俺に任せろ! 壁を叩いて、音の違いで入り口を見つけるんだ!」


 ボコッ


神成が壁を叩くと、壁に穴があいて崩れ落ちた。

「申し分なし!」

「師匠~~…」

神成の破壊行為に呆れながらも、隠し部屋を覗き込むタカルハ。すぐにハッとしたように振り返って、興奮した面持ちで手招きをした。

「師匠、隠し宝箱だ! ウサさんの前払い恩返しだ!」

「おぉ…でかい宝箱だな…」


 二人はわくわくしながら宝箱を開けた。

「つ、杖だ! 師匠、杖だぞっ!」

中には、白みがかった紫色の立派そうな杖が入っていた。

「杖ならタカルハが使えるんじゃないのか? 良かったな、使ってくれ」

「え? 二人で来たのだから、俺が買い取ったり、売ってお金を山分けしたりしなくて良いのか? 俺ばかり得をしてしまうぞ?」

「何言ってんだよ、面倒臭い。俺はタカルハとそういうことをするつもりは無いよ。俺達は友達だし、師匠と弟子なんだろ? これからも一緒に冒険するなら、俺の装備が手に入る時もあるかもしれないし。出来れば損得とか関係無い感じでやっていきたいんだけど」

「そうか…俺も、それが良い。そうしたいのだぞ!」

 神成はタカルハの無邪気な笑顔を見て、弟がいたらこんな感じなのかもしれないなと考えていた。見た目では、明らかに神成のほうが弟サイズで齢も下に見えるが、中身からすると同じくらいなのかもしれない。


「あぁ~、楽しみだ。すごい杖だったらどうしよう。大魔術師の杖とか、救世主の杖とか、すごい名前が付いているかもしれないのだぞ!」

タカルハは震える手を伸ばして杖に触れた。


ポーン

――――――――――――――――――――

タカルハは杖を手に入れたのだぞ!

名前 クソ重い杖

   タカルハ以外は重くて持てないのだぞ

   効果は抜群なのだぞ

補足 因みにクソ硬いのだぞ

   ヒビも入らないのだぞ

――――――――――――――――――――


 タカルハは杖を持ち上げて地面に叩きつけた。

 地面が大きく陥没して、床にひび割れが走る。


「クソって…」

「そうだな。わくわくしてたのに、クソ重いは無いな」

神成が杖を地面から拾い上げながら、うぅっと呻いた。

「うーん、俺が持っても重いぞ」

「早速、俺以外の人が持てちゃってるではないかっ!」

「悪かった…泣くなよ、ほら、効果は抜群らしいし」


 神成から杖を手渡されると、タカルハは潤んだ目で杖を軽々と振り回して見せる。

「おぉ、すごいな。そんな重くて硬い杖を振り回せるなら、すごい戦闘力アップじゃないか。スライムより硬い敵だって殴れるぞ。すごい魔法使いじゃないか」

「そ、そうか?」

「あぁ、力持ちのお前にぴったりの杖だ。殴れる魔法使いなら、相棒としては最高だ」

神成がなだめようと思って口に出した言葉で、タカルハは口元をピクピクさせて、やがてにんまりと笑顔を浮かべる。


「名前はあれだが、良く見れば相当すごい杖っぽいのだぞ。ちゃんと魔法石を取り付けられるようにもなっているし…見た目もかっこいいし。杖で戦えるならば、師匠に守ってもらう負担も減りそうだ」

タカルハはクソのショックから立ち直ったようだ。

「うーん、そうなると、素手でボコボコ殴りまくるだけの俺より、タカルハの方がカッコイイかもな」

「そ、そうなのか?」

「あぁ」

嬉しそうに含み笑いするタカルハを見て、神成も釣られて笑った。

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