第9話 お母様
「師匠、ここから迷いの森に入ると俺の家に近いのだ」
カミナリ盆地のすぐ側までやって来た時、タカルハが頭の上のスライムをポンヨンポンヨンさせながら迷いの森を指差した。
「タカルハの家は、迷いの森の中にあるのか?」
「そうなのだ。あの山の洞窟にあるのだぞ」
「へぇ…洞窟に住んでる人もいるんだな。あの山だったら、カミナリ盆地の山の裏じゃないか。俺は盆地側の、山の岩肌をくり抜いた昔の住居跡に住んでるから、直線距離だったらご近所さんだな」
「そうか、ご近所さんか! 折角だから、師匠をお母様に紹介したいのだが…ちょっと家に寄ってもよいであろうか?」
「まぁ、いいよ」
喜んで先導するタカルハの後に続きながら、神成はタカルハのお母様について想像していた。
タカルハに似ているのだとしたら、褐色の肌に碧眼ブロンドの美人なのではないだろうかと。もちろん、こちらの世界の女だから、肉食系である可能性が高い。洞窟に住んでいるというのだから、それはもう野性的なのだろう…だがしかし、タカルハみたいな性格だったらどうだろう。ちょっと天然で、優しくて、明るくて。
神成の妄想中に、タカルハ家の洞窟に着いてしまった。
「師匠、足元に気を付けるのだぞ」
ゴツゴツした地面を進むと、開けた空間に出た。壁には光る石が等間隔に配置されており、電気を付けているように明るい。
「快適そうだな…」
空間の一角に絨毯が敷いてあり、机やらベットやら、かなり水準の高い快適そうな場が形成されていた。
「そうなのだ、色々そろえたのだ。あったかいし快適なのだぞ。お母様はもうちょっと奥の部屋にいるのだ」
タカルハに続いて奥を目指すと、澄んだ青い水に行く手を阻まれてしまう。洞窟の中の湖だろうか、神成は神秘的な光景に息をのんだ。
「お母様―――! 帰って来たのだぞ―――!」
大声を出したタカルハに驚いた神成だったが、どこからお母様が現れるものかと辺りを見回して首を傾げた。
「おい、水がいっぱいで他に道は無いぞ…?」
奥から船でも出て来るのかと目を凝らした神成の近くで、水がコポコポと盛り上がり始めた。ザバッと一瞬で大きくなったかと思うと、青い髪をした色白の美しい女性が現れた。かなり素敵に大きな胸とくびれた腰が、水色の薄布で包まれている。
「お帰りなさい、タカルハ。怪我はしなかった?」
「大丈夫なのだぞ」
神成の胸は高鳴っていた。優しいお母様の声の響きに、肉食の気配は無い。しかし、明らかに人間ではなさそうだが…むしろ、それがイイ。
「好きですぅー、お母様!」
神成の心の叫びは声に出ていた。
「師匠! 気持ちは解るが、俺のお母様なのだぞ。自重するのだ!」
タカルハは、お母様に手を伸ばそうとする神成を後ろから押さえつけた。
「あらあら、タカルハ、こちらの方は誰かしら」
「カミナリタカヒトです!」
急に直立不動で自己紹介をした神成に、タカルハは呆れた顔を向けたが、すぐに嬉しさが隠しきれないように満面の笑顔で口を開いた。
「カミナリさんは、街で俺に友達になろうと声を掛けてくれたのだ。友達になったお祝いにご飯まで奢ってくれたのだぞ。それで、師匠になってくれて、一緒にスライムさんを倒したりして…すごく楽しかったのだぞ」
無邪気に笑いながら母親に報告するタカルハを見て、神成は理性を取り戻した。
「ふふ。お友達と師匠さんが出来たのね。タカルハが楽しそうで、私も嬉しいわ」
タカルハを見つめるお母様の優しい眼差しは、神成に母親の写真を思い出させたが、それはすぐにヘアヌード写真集の表紙になり、じいちゃんへの心の叫びへと変わった。
「師匠はすごい人なのだぞ。ゴリラマン盆地は今、師匠が所有していて、ゴリラマンの保護者をしているのだ。俺は弟子になったとたんに、もう技を覚えたのだぞ! すごいであろう?」
「あらあら、ゴリラマン盆地のことは噂で聞いていたけれど、あなただったのね?」
「そうですね…色々と成り行きでそうなりました」
「近所なのに、街でお友達になったのね。ふふふ」
「そう言われれば、そうですね」
笑い合うお母様と神成を、タカルハは満足そうに見つめる。
「師匠…驚くかもしれんが、俺とお母様は血が繋がっていないのだ…」
「いや、見れば解るよ。しかもお母様は人間じゃないんだろ?」
「な、何? 流石は師匠だ…こんな短時間でそこまで見抜くとは。そうなのだ、お母様は水の精霊で、俺は赤ん坊の頃に拾われたのだ」
「拾われた? どこで?」
不躾な質問だったが、神成には精霊が拾うような場所に赤ん坊が落ちているとは思えなかった。
「うん、海だ。うっかり川で流れながら昼寝をしてしまったお母様が海まで流された時に、大海原の真ん中で拾ったらしいのだ。もしかしたら俺は、海から生まれたのかもしれない…」
「いや、船から落ちたんじゃないのか…? それか、沈没した船から助かったとか」
「な、何? そうか、船か…盲点だった」
「盲点だったわね~」
タカルハの天然は、母親譲りのようだ。
だとすると、タカルハの本当の両親がどこかにいるのかもしれない…神成はそう言おうとして言葉を飲み込む。いくら天然のタカルハでも、そういうことは考えたことがあるはずだ。かくいう神成も本当の両親のことは解らないし、今更知りようも無い。
「お母様、のんびりはしていられないのだぞ! 俺と師匠は、ダンジョンに魔法のカバンを取りに行くのだ」
「あら、そうなのね。それじゃあ、気を付けて行くのよ」
「うん、行って来るのだ」
タカルハがお母様に抱き着いて、甘えるように胸に顔を擦りつける。
「お、俺も…」
釣られた神成は、タカルハから顔面にスライムを押し付けられたが、それはそれで気持ち良かった。
カミナリ盆地に入ると、早速ゴリイチとドラマダが駆け寄って来る。
「カミナリ様、お早いお帰りですね!」
「ふはははは」
「何の笑いだよ。いや、ダンジョンに行く前に寄ったんだ。街で友達も出来たから、紹介しようと思って」
タカルハは緊張しているようで、直立不動でゴリイチとドラマダを見つめていた。
「タ、タカルハです。こ、こんにちはー」
「「こんにちは」」
礼儀正しい者達の集いだ。
「おや、カミナリ様、こちらのタカルハ様は山の裏の野生児ではありませんか。確か、水の精霊が育てていたような…」
ご近所さんなのだ、ゴリイチが知っていても不思議は無い。
「やっぱり知ってたのか。まぁ、そんなことも知らずに街で友達になったんだけどな。野生児というか…かなりいい暮らし向きだったけどな…」
「あぁ、僕も知ってるよ。水の精霊とは時々話すからね」
ドラマダも知っていたようだ。
「お前達、知ってたなら仲良くしてやれば良かったじゃないか」
神成の言葉に、二人は困ったように顔を見合わせた。
「そうですね…まぁ、タカルハ様がまだ小さかった頃、我々が怖がらせてからかっていたもので、我々の姿を見ると一目散に逃げだすようになってしまって」
ゴリラマンは子供のタカルハに、トラウマを植え付けてしまっていたようだ。
「ふはははは。僕たち緑マンは、人間の前には出ないことにしているんだ。ゴリラマンだって、話すのは何十年ぶりかな」
「へぇ…長生きなんだな、緑マン。隠れてた割に、陽気に楽しんでるじゃないか」
「そうだね、カミナリ様は特別面白いし、ゴリラマンといるのも楽しいよ。タカルハ君も面白そうだ」
「まぁ、お手柔らかに仲良くしてやってくれよ」
ゴリイチとドラマダは、緊張しているタカルハの肩をポンポン優しく叩いた。
「ふはははは」
「ふはははは、なのだぞ」
10分後、タカルハとドラマダはすぐに意気投合し、結局盆地に一泊することになった。
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