第8話 スライムさん
ポンヨン ポンヨン ポヨポンヨン
目を閉じれば、神成にとって好ましい音が響いているが、それは想像とは違っている。
ポンヨン ドベクッ
「うわぁぁぁぁー、スライムだらけだな! スライムでいいんだよな? 角が無くてカラフルだけど…」
「そうなのだ師匠、スライムさんが大発生しているのだぞ」
ドベクッ
タカルハが近場のスライムを杖で殴って昇天させている。
「タカルハー、お前、魔法使いだろ。魔法で倒さないのか?」
「師匠、スライムさんに一々魔法など使っては恥ずかしいであろう?」
「へぇ…そういうもんか…」
ドベクッ
スライムを倒すタカルハを見て、神成は自分もドベクさせてみたくてうずうずしていた。足元にやって来たスライムに向かって拳を振り下ろす。
バスィンッ
「師匠―! 核まで壊す気か―!」
神成が殴ったスライムは粉砕した。
タカルハは冒険者協会で、カミナリ盆地へ向かう途中の平原で大発生しているスライムの駆除依頼があったからと、ちゃっかり受けて来たのだと言う。かなり有能な友人、もとい弟子だ。
バスィンッ バスィンッ ドベクッ
「あぁ、デコピンするとドベクするぞ」
「師匠…華奢で可愛い顔して、本当にパワーファイターだったのだな…」
「華奢? だったら俺のこと持ち上げてみろよ」
「なに? いくら魔法使いでも、師匠ぐらい簡単に持ち上が…ふっ…んがっ」
神成に近づいて気軽に持ち上げようとしたタカルハは、微動だにしなかった反動で少々腰に来て地面に崩れ落ちた。
「ふはははは、見てくれに騙されおって。愚か者め!」
「ど、どういうことなのだ…俺は結構力持ちなのだぞ…」
神成はタカルハに、体重が5倍になる呪いのサークレットのことを説明した。
「いや、説明されても良くわからないのだ。なぜ師匠はそんなものを平然と付けていられるのだ?」
「うん。特異体質だ…ただ者ではないんだ。職業もそうだ」
「そうであった。師匠の職業とは何なのだ?」
「だから、ただ者ではないんだ」
「………とにかく、ステータスを見せてくれぬか?」
神成はふざけているつもりはなかったが、ふざけた扱いを受けている自覚はあった。タカルハが不審に思うのも無理はない。
ポ―ン
不思議な音と共に、タカルハの目の前に画面が飛び出した。
「うおぉぉ、ハイテク。何だよそれ、ステータスか? どうやって出すんだ?」
興奮した神成がタカルハのステータスを覗き込んだ。
―――――――――――――――――――――
名前 タカルハ
職業 魔法使いなのだぞ
詳細 水の魔法が得意なのだぞ/魔法を出すのが早いのだぞ/力持ちなのだぞ
備考 お母さまが最高なのだぞ/カミナリの一番弟子なのだぞ
――――――――――――――――――――
「“なのだぞ”で無駄に文字数使ってるな…あと、マザコンか」
「まざこん? 良く分からんが、師匠のも見せてくれ」
「どうやって出すんだよ」
「冒険者のしおりに書いてあったではないか。頭の中でステータスと言いながら、体のどこかを押すのだ」
「どこかってどこだよ」
「俺は左乳首だったのだぞ」
「………」
神成は鼻や乳首を押してみたが、ステータスは出なかった。
ポーン
「お、出た出た。最低だな。これからは放尿の度にステータス確認するわ」
神成の発言からタカルハはボタンの場所を察して黙り込み、聞かなかったことにしてステータスを覗き込んだ。
―――――――――――――――――――――
名前 カミナリ タカヒト
職業 ただ者ではない師匠
詳細 力の加減が難しい/自ら呪いを受けるドM
備考 カミナリ盆地の所有者/ゴリラマンの保護者/タカルハの師匠なのだぞ
――――――――――――――――――――
「師匠…ステータスを見ても良く分からないのだが」
「俺も解らんが、“師匠”だの“なのだぞ”に浸食されたようだ。しかもドMとか…違うぞ、絶対に」
バスィンッ ドベクッ バスィンッ ドベクッ
神成はスライムに怒りをぶつけた。
「師匠は、カミナリ盆地の所有者なのか? ゴリラマンさんの保護者とは何だ?」
「あぁ、そうだった。話そうと思ってたんだった。俺はゴリラマンのボスから、ゴリラマンに危害を加えないことを誓って土地を譲り受けたんだ」
「何? なぜそんなことが…ゴリラマンさんが譲った?」
「そうだよ。土地を狙う人間とボスとの不条理な戦いを終わらせる為に、俺を信じてくれたんだ」
神成の言葉を聞いて、タカルハは目を見開いて口を開けたまま呆けている。どこが信じがたいのか神成には判断しようが無かったが、何か否定されたり嘘吐き呼ばわりされたりしたら嫌だな、と不安を感じた。
「師匠…俺はすごい師匠の弟子になれて嬉しいのだぞ! すごいな、気難しいゴリラマンさんとそんなに仲良くなれるなんて!」
「そ、そうか? 気難しい? 優しくて礼儀正しくていい奴らだよ。タカルハだって仲良くなれるよ」
「そうなのか? そうだったら嬉しいのだぞ」
そう言って満面の笑みを浮かべたタカルハを見て、神成は改めて良い友達を見つけられた幸運に感謝した。
「それじゃ、さっさとスライムを倒してカミナリ盆地に急ぐか!」
「了解なのだぞ」
張り切ってはみたが、ドベク作業は地味で面倒だった。
「あぁ~、一気にドバッと倒せないもんかな」
神成の言葉を聞いて、タカルハは顎に手を当てて考え込んだ。妙案が浮かぶのかと期待して見つめる神成に、何か思いついたようにハッとした顔を向ける。
「あ、師匠、何か出そうだ」
「え? ちょっと、そういうのは茂みの陰でしてくれる?」
タカルハがもよおしたと思った神成は、手ごろな茂みを探そうと辺りを見渡してみるが、近くには体全部が隠れる様な茂みは無い。そうこうしているうちに、タカルハがうーんと唸り始めた。
焦る神成の耳に、突然タカルハの大声が響いた。
「整列! せーいーれーつー!」
何事かとタカルハに目を向けた神成は、不思議な光景を目にする。
ポンヨン ポンヨン ポンヨン ポンヨン ポンヨン … …
スライムたちがどんどんタカルハの前に集まって来て、一列に整列したのだ。
ポーン
響き渡る音…。タカルハの前にステータスが現れている。神成は何事が起ったのかと駆け寄って覗き込んだ。
――――――――――――――――――――
タカルハは『整列』を覚えたのだぞ!
整列 特殊技能
自分より弱い魔物を整列させることが出来る
――――――――――――――――――――
「なんだよ、整列て! しかし、地味だが案外すごい技だな…」
神成は、タカルハの前に整列する色とりどりのスライムの直線を眺めた。
「何匹いるんだ?」
「56スライムさんなのだぞ」
「解るのか!?」
「解るのだ。さぁ師匠、一気にドバッと倒してくれて構わないのだ!」
タカルハが体を避けて、神成を促した。
神成は一つ頷いてから、咳払いをして深呼吸をする。そう、サッカーだ…PKでキーパーの股の下を通すイメージ。軽く蹴るか? いや、全部一気にドベクさせる。
助走を付けて、神成が先頭のスライムを蹴った。
『ザスッ』から『バスィンッ』へ、最後の方は『ドベクッ』で…ポンヨン
「あぁ~、師匠、最後の一匹が生き残ってしまったぞ。おしいな! 今の師匠の蹴りは55スライムさんなのだぞ」
「くそぅ…すごいのか…それ…」
神成は悔しそうに地面に手を付いていたが、タカルハはすごいすごいとはしゃぎながら生き残ったスライムに駆け寄って腕に抱えて戻って来た。
「このスライムさんは幸運なスライムさんだ。列の最後になったのも生き残ったのもすごい幸運だ。それに、俺が初めて技を覚えた記念のスライムさんだ!」
「…うん、異世界にはものすごいスライムさんもいるらしいからな」
「悪さをしないなら、仲良く出来るのだぞ? 一緒に来るか?」
タカルハに話し掛けられたスライムは、ポンヨンと大きく跳ねた。
「そうか! では連れて帰ろう」
スライムが仲間になった…のかどうか定かではないが、タカルハには懐いているようだ。
「おい、一応魔物だろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だ! 農作物を食い荒らしたりしなければ、害はないのだぞ。毒スライムさんでもないし。師匠の55スライムさんを見て、悪さをする気にはなるまい」
タカルハが神成の前にスライムを置くと、スライムが平べったく潰れた形になる。
「おぉ、師匠に平伏しているのだな…」
「ほんとかよ…まぁ、何でもいいけど」
スライムは神成に服従を誓ったようだ。
倒したスライムの核を集めてから、再び二人はカミナリ盆地を目指す。
「しかし、タカルハの整列はすごいな…あんな風に技を覚えたりするんだな」
「俺も初めての経験だ! 師匠がいると色々と習得出来ると聞いていたが、まさかこんなに早く技が覚えられるとは。しかも特殊技能なんて聞いたことがない。ふふふふ、かっこいいのだぞ」
「ん? ちょっと待った。俺がお前の師匠になったから、お前は技を覚えたのか?」
「そうなのだぞ」
「いやいや…お前が自力で技を覚えただけだろ?」
「何を言っているのだ。師匠や先生がいなければ、技など覚えられないに決まっているであろう」
「いやいやいや…俺は何も教えてないけど? そんなに師匠って影響力があるのか?」
「それはそうであろう。師匠が影響して、俺が技を覚えたのだ。教えられていないのに技を覚えさせるとは、師匠の影響力はすごいな!」
喜ぶタカルハの横で、神成は師匠について考えていた。タカルハの言う事が事実なのだとしたら、この世界の師匠というものはとんでもなく大きい存在なのではないだろうか。タカルハが自分に『師匠』というあだ名を付けたぐらいに考えていたが、どうやらそれでは済まないらしいと。
だが、神成は詳細を尋ねる気にはなれなかった。取りあえず当座の目標、魔法のカバンの入手を目指そう。もう少しこっちの世界に慣れたなら、きっと受け止められるはずだと。
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