第7話 師匠ってなんだっけ

 神成は、改めてフロアを見渡した。出来れば女の子とお友達になりたいが、見目は麗しくともでかい肉食系っぽい女子ばかりだ。やはりハードルを下げて、最初は男のお友達を作ろうと溜め息を吐いたとき、ふと奥の隅っこに座っている男に目が止まった。長い学校生活を経て、男が仲間外れになっていることが感じ取れる。周囲の人たちに嫌な視線を向けられて、ちょっとクスクスされているように見えた。

「あぁいうのには、近づかないようにしてたけど…行ってみるかな」

触らぬ神に祟りなしで、これまで面倒ごとに巻き込まれないように避けて来た神成だったが、ゴリラマンの保護者になったことで気持ちが大きくなっていた。


 隅の男に近づいてみたものの、周りから笑われている理由が全く見当たらない。男はかなりのイケメンだ。外国の雑誌で、ブランドもののボクサーパンツ一丁で広告モデルをしていそうだった。金髪の短いくせ毛、青い目に褐色の肌、背も高く、体も美しい筋肉で覆われている。大剣を振り回していそうだが、魔法使いのようなローブを着ていて、椅子には杖が立て掛けてあった。

「あのー、ちょっとお話いいですか?」

怪しげな勧誘のように声を掛けると、男が険しい目を向けて来る。

「いや、怪しい勧誘じゃないよ?」

慌てて釈明すると、男が溜め息を吐いてから口を開いた。

「今度は何の罰ゲームなのだ?」

男は罰ゲームに利用されて、心がささくれ立っているようだ。神成はちょっと切ない気分になった。


「いや、罰ゲームとかじゃねーよ。俺は冒険者になったばっかりだし、人間の友達も一人もいないから…一緒にダンジョンに行ってくれるような友達を探してるんだ」

「そんな…お前のような男が、友達がいないなどど。俺のような醜い者に声を掛けるはずがないであろう?」

「醜い? どこが?」

「見れば解るであろう…」

「いや、全然解らん」

むしろイケメンすぎて、ぼっちオーラが出ていなければとても話しかける気にならない部類の男だ。

「馬鹿にしておるのか? 俺のように肌が褐色で、でかくて筋肉質な男などいないであろう」

「え、そうなの? でも、それのどこが悪いんだよ。むしろ羨ましいけどな」

「……訳の分からんことを」


 神成は唐突に理解した…。

 違和感はあったのだ。肉食系女子だらけの街中で、見かける男は小柄で細い草食系な者ばかりだった。受付のお兄さん然りだ。苛烈の赤バラ隊を思い出してもそうだ。

「はぁ…ちょっと座らせてくれ」

神成は返事も聞かずに、呪いのサークレットを外してテーブルの端に置いてから男の前の椅子に腰掛けた。そうしないと椅子が壊れるからだ。

 怪訝そうな視線をよこす男に向かって、哀し気な顔を向けて口を開く。

「あれか…この街、いや、この世界は女がでかくて強いのか? 男はなよなよしたのばっかりか?」

「世界? 世界中のことは知らんが、この大陸ではそれが普通だと思うが…。女は強くて男を守る。お前のような男は、女にモテるのであろうな」

「最悪! 最悪だ! 俺は、守ってあげたくなるような可愛い女の子が好きなんだよ! グイグイ来る肉食系は生理的に無理だ! あぁ―――、とんでもない世界に来ちまった―――…」

ガクリと項垂れて口から魂を吐き出した神成に、男はそっと水を差しだした。

「よく分からんが、大丈夫か? どこか痛いのか? 薬だったらちょっと持っているし、回復の魔法も使えるのだぞ」


 心配げな視線を向ける男を見て、神成は正気を取り戻した。罰ゲームに使われまくっていたくせに、本気で神成を心配するようなお人好し具合が心に刺さった。

「お前、いいやつだな。俺の名前は、カミナリタカヒトだ。友達になってくれ」

男は驚いたような顔をした後、思い直したように顔をしかめて黙り込んでしまう。よほど周りの者に痛めつけられたのだろう。似たようなことを言われて、嘘だと馬鹿にでもされたのか…。

「うーん。お前、似たような事言われて周りに馬鹿にされたのか? 俺もそういうことしそうに見える?」

真面目な顔で問いかけるが、男は口を開かなかった。


「お前は見た目のせいで、笑われたり酷い事言われたりしたんだろ? 俺は、そういうことで人をいじめるような奴らは好きになれない。お前は優しそうだし、お前と友達になりたいんだけど」

「…本当に本当か?」

「あぁ、本当だ。取りあえず、一緒に飯でも食わないか? 俺が冒険者になれたお祝いだ、奢るから一緒に祝ってくれよ」

神成がそう言って笑って見せると、男もつられて表情を緩めた。


 テーブルに適当に頼んだ御馳走が並ぶ頃には、男の雰囲気もだいぶ柔らかくなっていた。

「カミナリさんの名前はタカヒトと言うのか。俺はタカルハだ。ちょっと似てるな」

「そうだな。タカルハか…よろしくな、タカルハ」

「あぁ、こちらこそなのだぞ」

恥ずかしそうに頭を下げたタカルハに食事を勧めると、嬉しそうに笑って手を伸ばした。

「タカルハは、この街に住んでいるのか?」

「いや、俺は森のほうから二日かけてやって来たのだ。友達を作ろうと思って来たのだが、三日程誰にも相手にされずに座っていたのだ」

「そうか…それは大変だったな。俺も二日かけてやって来たんだが、一日目にタカルハに会えて良かった」

神成の言葉を聞いて、タカルハは驚いたように顔を上げた。


「そう言ってもらえて嬉しいが…カミナリさんのような人は、俺じゃなくてもいくらでも友達が出来ると思うのだ。ほら、女達もカミナリさんを見ているのだぞ?」

「いや、女はいいや…。男も何か弱々しいし。一緒にダンジョンに行くなら、タカルハの方がいいし、仲良くなれそうだ」

背が高くてたくましいタカルハは、こっちの世界ではモテないようだが、神成のいた世界ではかなり上等なイケメンだ。赤バラ隊のミーカ副隊長の服をはぎ取った時の反応は、こちらの世界では普通なのだろう。男はなよっちい小柄な美形がモテて、タカルハは笑われる。

 女にナンパされまくった神成は、なよっちい美形に含まれるのだろう。だが…ミーカ副隊長のような男と友達にはなれない…タカルハは貴重だ。見た目は男っぽいし、中身も優しくてまともそうだ。


「三日我慢して良かったのだ。もう諦めて帰ろうと思っていたのだぞ。それが、カミナリさんみたいな人に声を掛けてもらえるとは」

「こっちこそ、タカルハに会えて良かった。俺は色々と秘密があるんだが、お前にだったら話せそうだ」

「そうか…俺は、こんな風に一緒に食事をしているだけで楽しいのだ。秘密を打ち明けてもらえるほど親しくなれるのなら、嬉しいのだぞ」

「そうだな。面白い話が沢山あるぞ。まぁ、それはおいおい話すとして、まずは出会いに乾杯だな」

「出会いと、カミナリさんの冒険者祝いだ!」

「そうだった」

 それからタカルハは、三日間どれ程えげつない仕打ちを受けたか笑いながら神成に話して聞かせて、神成も一緒に怒ったり笑ったり楽しい時間を過ごした。


 翌日の朝、神成とタカルハは冒険者協会で落ち合って、朝食を取っていた。

「カミナリさんは、どこのダンジョンに行きたいのだ?」

昨日は肝心な話をしていなかったようだ。

「えっと、魔法のカバンが手に入るダンジョンだ。二人じゃないと入れないらしい」

「魔法のカバンか…話には聞いたことがあるが、ダンジョンの場所は解らないのだ。高価なアイテムだから、ダンジョンにも強い魔物がいそうなのだぞ」

「場所は俺が知ってるから大丈夫だ。魔物も多分、大丈夫だと思う。こう見えて、俺は結構強いらしい」

「強い? そもそも、カミナリさんの職業は何なのだ? 俺は魔法使いだから、前に出てガンガン戦う訳にはいかないのだぞ?」

やっぱりタカルハは魔法使いだったようだ。周りを見回しても、いかにも前衛でガンガン行きそうな職業っぽい者は女ばかりだ。


「俺の職業はちょっと不明だが…前に出てガンガン戦えるから大丈夫だ」

「そうは見えないのだぞ? 俺より腕力が無さそうだ…」

「だろうな。それは、道々説明しよう。まずは、迷いの森のカミナリ盆地に行きたいんだけど」

「カミナリ盆地?」

「うん。旧ゴリラマン盆地だ。知ってるか?」

「ゴリラマン盆地は知っているのだぞ。名前が変わったのは知らなかったが、カミナリさんと同じ名前だな」

「うん。それも道々話そう。ちょっと、あまり人に聞かれるのはまずい気がする…」

「まぁ、カミナリさんがそう言うのなら、それでいい。ゴリラマン盆地は俺の家にも近いし、ついでに寄ってカミナリさんをお母様に紹介出来そうだ」

 胡散臭い神成の話を疑うことも無く、早速というようにタカルハは立ち上がった。


 二人で道を歩いていると、タカルハを見て笑う者達が大勢いた。含み笑いをする男や、興味が無いというように顔をそむける女たち。タカルハの顔はどんどん俯いていって、街を出る頃には、すっかり肩を落として険しい顔で地面を見て歩いていた。神成は何も言わずに隣を歩いて来たが、何も感じていなかったわけでは無い。何度か怒鳴り付けてやろうかと思ったのだが、余計にタカルハがからかわれたり惨めな気持ちになったりしそうだったから黙っていたのだ。

 しかし、タカルハが街に来るたびに、こんな顔になるのは嫌だった。


「あのさ、タカルハ。俺は、お前を笑うような奴らは好きになれない。笑われてるお前の方が、優しくて上等な人間だと思う。それにお前は体格も立派だし、そこらの男よりも力があって強そうじゃないか。人より優れているんだから、そんな風に俯かなくていいだろ。笑われるのは恥ずかしいし辛いと思うけど、優れてるんだから胸を張れよ。堂々としてればいいじゃないか」

「…優れている?」

「あぁ」

「カミナリさんは、俺と一緒に居て恥ずかしくないのか?」

「ないよ。タカルハは、見た目も中身も俺なんかよりもずっと上等だと思ってる。笑う奴らに腹は立つけど、恥ずかしいとは思わない。胸を張って歩けよ。簡単なことじゃないかもしれないけど…そうなって欲しい」

真剣な神成の眼差しに、タカルハの目が涙で光る。

「俺は…そんなことを言ってもらうのは初めてなのだぞ。優れているなんて…胸を張れなんて…」


 神成は少し恥ずかしくなり、黙ってタカルハの肩をポンポンと優しく叩いた。偉そうなことを言ってみても、胸を張れというのはじいちゃんの受け売りだった。見た目が外人だったことでからかわれて泣いていた神成に、じいちゃんがそう言ってくれたのだった。

「カミナリさん…これが…師匠というものか…?」

「え? 何?」

「カミナリさんは、俺の師匠になってくれるか?」

突然のタカルハの発言に、神成はついていけなかった。師匠って何だっけ…あだ名のようなものだろうか。


「…別に、そう呼びたいのなら、それでもいいけど」

「本当か!?」

「あぁ」

「師匠! 俺に師匠が出来た!」

「まぁ、友達だけどな」

「友達と師匠がいっぺんに出来た!」

跳び上がって喜ぶタカルハを見て、神成は少々不安を覚えた。

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