冒険を始めてみよう

第6話 街で冒険者になろう

「ちょっと不便なんだよな…」

ゴリイチ、ドラマダと朝食を取っていた神成は、溜め息を吐きながら独り言を繰り出した。

「ふはははは、どうしたの?」

「うーん、この呪いのサークレットなんだけど、外すと置きっぱなしにするしかないから不便なんだよ。いちいち外した所に戻んなきゃならんし、そのうち無くしそうで怖い。運悪く誰かが触ったりしたらと考えると、放置するのも気が引けるしな」

「まぁ、そうですね。立派な凶器ですよ、それは」

確かに、ゴリラマンたちは犬を殺しかけている。うっかり野生動物がくわえてしまって放置されたら、遠い未来に、呪いのサークレットをくわえた化石が発見されかねない。


「着けずに持ち歩きたいのなら、魔法のカバンを手に入れたらいいんじゃないの?」

岩の穴にはまるような阿呆から、何か耳寄りな情報が飛び出したようだ。

「魔法のカバンって何? どこで売ってるんだ?」

「ふはははは! 驚くほどいっぱい入るカバンだよ。しかも、カバンに入れたアイテムの効果は無効になるから、呪いのサークレットも持ち運び出来るよ。売ってるところは知らないけどね」

「欲しいな、それ! ゴリイチは売ってるとこ知らないか?」

「買うのはちょっと大変ですよ。高価だし、物も少ないようですから。でも、自分でダンジョンに取りに行けばいいんじゃないですか? カミナリ盆地から1日で行けますよ」

「ダンジョン!」


この世界へ来て一か月になるが、ようやくわくわくするような異世界の新しい醍醐味が飛び出した。すぐに出発しそうな勢いの神成を見て、ゴリイチが慌てて口を開いた。

「待って下さい。確かあのダンジョンは、冒険者二人じゃないと入れませんよ」

「えぇ――、じゃあ、ゴリイチかドラマダが付いて来てくれよ」

「いや、我々は冒険者ではありませんから…ダンジョンには入れても、魔法のカバンのような報酬は得られません」

「何だよそれー。またマン差別かよー」

ふてくされた神成を見て、ゴリイチが少し笑った。


 ゴリイチとドラマダに詳しく聞いた所によると、魔法のカバンを手に入れるには、まず神成が冒険者として登録されなければならないようだった。それは、一番近い大きめの町に行って、冒険者としての適性があれば金を払うだけで済むらしい。その後に、誰か冒険者を誘ってダンジョンを攻略して、最奥の報酬の場所に辿り着けば魔法のカバンが手に入るということだ。



「ふはははは! どんどん倒しちゃってね!」

神成は、ドラマダの案内で魔物の生息地に来ていた。倒した魔物から取れる核と呼ばれる宝石のような物が換金出来ると聞いて、冒険者への登録料と旅費を稼ぎにやって来たのだ。

「ふはははは……ギャ――――!」

「ドラマダ…調子に乗って連れて来すぎだ…」

魚に足の生えたような魔物を4匹引きつれたドラマダが、神成を通り越して近くの木に融合して姿を消した。

「便利だな、緑マン」

魔物たちが神成にぶち当たって跳ね返る。呪いのサークレットは伊達じゃない。次々と拳で殴って魔物を倒しながら、神成は一抹の不安を覚えた。


「俺、素手で戦う冒険者になるのかな…」

折角だから、何かカッコイイ武器を振るう冒険者になりたい。エクスカリバーとかあるのなら、振り回してみたい。そう、職業というやつだ。このままでは、武闘家とかモンクとかそういったものになってしまうのではないだろうか。

「適正は、冒険者に登録されるときに解るみたいだよ。まぁ、必ず従わなければならないわけじゃないみたいだけどね」

木から顔だけ出したドラマダが説明してくれる。

「そうなのか…しかし、そもそも俺はダンジョンを攻略出来る程強いのか?」

「ふはははは! 馬鹿みたいに強いよ」

「へぇ…」

ドラマダに馬鹿と言われると、微妙にイラッと来る。



********************

「カミナリ様、新しい服を用意したのですが、いかがでしょう」

旅立ちの朝、ゴリイチが服を持って現れた。

「マジで!? いやー、嬉しいな…服もボロボロだったし。本当にゴリラマンは気が利くし優しいよな…」

少々涙ぐむ神成に、ゴリイチは少し笑って服を広げて見せた。

「黒いな…」

「えぇ、ゴリラマンの毛を魔法で織って作りました。丈夫な服です」

「そうか…ありがとう…俺の為に毛をむしったわけじゃないよな?」

「大丈夫です、抜け毛です」

「あ、そう」

神成がゴリラマンの抜け毛を身に着けると、忍者のように黒くて地味ないでたちになった。頭が白くて派手な分、丁度良いかもしれない。


「僕も、餞別にマントを作ったよ!」

ドラマダが緑の短いマントを、神成の肩に巻き付ける。

「これは…お前の抜け毛か…」

「そうだよ」

「そうか…抜けすぎだろ。ちょっと痩せてるじゃねーか」

「ふはははは!」

「何だよお前達、優しさが目に染みる!」

すっかり仲良くなった優しいマンたちの餞別は、ひとり旅の不安を吹き飛ばして、充分な気力を蓄えさせてくれた。


「ふはははは! いってらっしゃ~い!」

「お気を付けてー!」

 ドラマダとゴリラマンたちに見送られて、神成は街を目指した。核も沢山手に入れたし、食い物も気力も十分だ。ただ、呪いのサークレットを着けているせいで、街まで普通に徒歩で行かねばならず、二日もかかってしまう。走ればもっと早く着くだろうが、そう急ぐこともなかろうと、神成は異世界の風景を楽しみながら旅を楽しんだ。

 どこの風景に近いのだろうか…森はテレビで見たことがある屋久島に似ているようだった。野原も山も大自然そのもので、最初の夜は一人が恐ろしくて眠れなかった。

 

 ちらほら民家やら農場らしきものが見え始めると、遠くに高い壁が見えた。おそらく、街を囲んでいるのだろう。それ程大きな街では無いからか、あまり高い建物はないようだ。時々人とすれ違うと、少し不思議そうな視線を浴びたが、驚かれるほど奇妙ないで立ちではないようだ。

 街に入ると、道の端には果物売りなんかが連なっていて、それなりに賑わっている外国の田舎街という雰囲気だ。


「あら、可愛い坊や、果物でも買っていきなさいよ!」

可愛い坊やという言葉が引っかかって辺りを見回したが、どうやら神成に言っているようだった。背の高い露出の多い服を着た女性が、神成に手招きしている。

「まだ換金してないから、お金がないんだ。換金所と冒険者協会ってどこですか?」

「あら、残念。冒険者協会は、この道を真っ直ぐよ。換金所は協会の中にあるわ。用事が済んだら一緒にお茶でもどうかしら?」

「え? お茶? それは嬉しいけど、連れも出来そうだし、また今度」

「あなた可愛いから、私はいつでもオッケーよ。また誘うわね~」

「それは、どうも…」

 神成の心臓は高鳴っていたが、恋をしたわけでは無い。女性にナンパされたのが単純に嬉しかったのだ。しかもエロい格好をした年上の美人だ。自分より背が高かったのが少々残念だった。


 冒険者協会についた頃には、神成の胸の高鳴りは完全に消滅していた。

街中の女性がエロい格好をしていて、自分より背が高い人がほとんどで、しかも気軽にナンパされまくったからだ。何かおかしい…。神成は、苛烈の赤バラ隊のアリーシャ隊長を思い出していた。この街はアリーシャ隊長のような、生理的に無理な感じの変態っぽい積極的な肉食系女子だらけなのか。

「まぁ、いっか。彼女作るために来たわけじゃないし…」

そうは言っても、正直がっかりしていた。可愛い子を仲間にして、二人っきりでダンジョンデートを期待していなかったわけではない。いやまて、中には大人しくて可愛い子がいるかもしれない。だが、シオリちゃんみたいなのには二度と引っかからないぞ…。


 意を決して冒険者協会の扉を開けると、中は人で賑わっていた。食事も取れるようで、美味しそうな匂いと、楽し気に何人かで酒を飲んだり物を食べたりしている集団が見える。

「おぉー、いい雰囲気だ。これだけ人がいれば、仲間も見つかりそうだな」

換金所で核を金に換えて、受付に向かう。


「こんにちはー。初めて見る方ですねー」

受け付けは穏やかな感じのお兄さんだ。

「初めてです。冒険者に登録したいんですが」

肉食系女子にナンパされまくった神成は、草食系なお兄さんの笑顔に安堵した。

「久々の登録です。それでは適性を計るので、そちらの魔法陣の中に入って下さい」

お兄さんが指さした床の魔法陣の中央に進み立ち尽くす。


ピンポーン


どこからともなく、チャイムの音が鳴り響いた。

「はい、適正オッケーですー」

「お手軽っ!」

神成はオッケーだった。

「登録の前に、1万ゼニお支払い頂きますが、大丈夫ですかー?」

「大丈夫ですー」

ドラマダと狩りまくった核は、10万ゼニになった。道で売っていた果物が一個100ゼニと書いてあったので、かなりの大金だろう。


「1万ゼニ、確かに頂戴いたしましたー。こちら、領収書と冒険者のしおりと、冒険者の印になりますー」

「冒険者の印?」

お兄さんが手にしている小さな金属片を見つめると、どこかにくっつけるわっかになっているようだった。

「お付けいたしましょうかー?」

「お願いしますー」

頷いたお兄さんは、笑顔で長方形の何かに金属片を取り付けた。それは何かに似ている…何だっけ、あれ…あぁホチキスみたいだな…神成の心に恐怖が広がった。耳たぶなのか? 耳たぶに付ける気なのか? と、自問しているうちにも、お兄さんはてきぱきと手を動かし続ける。

「ちょ、待っ、、、」

ホチキスは神成の耳の上の方にあてがわれた。


メリメリメリメリ


「ギャ――――!」

耳たぶでは無かった。耳の上の方の軟骨に、金属がメリメリゴリゴリ食い込んだ。

「痛かったですかー。お薬塗っておきますね。すぐ効きますよー」

「何で軟骨…せめて耳たぶだったら…」

「軟骨の方が情報を読み取りやすいのでー」

「情報…?」

「そっちに大きく表示されていますよー」

お兄さんの指を追うと、壁に文字が現れていた。


―――――――――――――――――――――

名前 カミナリ タカヒト

職業 ただ者ではない

詳細 これからのようだ

備考 カミナリ盆地の所有者/ゴリラマンの保護者

――――――――――――――――――――


「カミナリ様ですかー。何か、珍しいステータスですねぇー」

お兄さんと神成は、仲良く並んで首を傾げている。

「この職業、ただ者ではないって何ですか?」

「ちょっと解りませんー。普通は、剣士とか魔法使いとかそんな感じですけどねー。なりたいものになってしまえば、表示されるのかもしれませんねー。何にでもなれるのか、型にはまらないのか…解りませんー」

お兄さんに解らないのだから、神成に解るはずも無く…。何の職業が向いているのか楽しみにしていた神成は、イラつき半分、がっかり半分な気分だ。

「あの、カミナリ盆地ってどこにあるんですかー? ゴリラマンの保護者というのは何でしょうー?」

「地図に載ってますよ。まぁ、色々あって、ゴリラマンの保護者になりました」

「はぁ、そうですかー」


 お兄さんは理解出来ていない様子だが、神成にもよく理解出来ていないし、説明が長くなるので早々に切り上げることにした。

「あの、一緒にダンジョンに行ってくれる仲間を探してるんですけど、適当に声を掛けてもいいんですかね?」

「えぇ、大丈夫ですよー。声を掛けてもいいですし、掲示板で募集する方法もありますー」

「分かりました。ありがとうございました」

「よい冒険をー」

にこやかなお兄さんと別れて、神成は冒険者たちがたむろしているホールへと足を進めた。誰に話し掛けようか物色しようと、入り口付近で足を止めて様子を伺う。


「うーん、よく考えたら、俺はいきなり他人にフレンドリーに声を掛けることが出来る人間じゃなかった…」

五分立ち尽くした所で、自分のメンタルを思い出した。

「いや、折角違う世界に来たんだから、そういうの止めよう。恥かいてもいいや」

ヘアヌードショックやシオリビッ○ショックを経て、神成は強くなっていた。

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