第5話 迷いの魔法を取り戻せ

「人間はこのまま引き下がるでしょうか…」

苛烈の赤バラ隊を退けてから数日後、ゴリイチが不安げに神成の元にやって来た。

「どうかな。偉い人にお伺いを立てに帰ったんだろうから、また来るかもね」

「そうですか…来てもカミナリ様から土地を奪うことは出来ないのでしょうが、やはり人間に押しかけられるのは不安で…」

ゴリイチは心配性だった。ボスゴリラマンの方は呑気なもので、ゴリンリンとの新婚生活に夢中で、すっかり住み家にこもってしまっている。


「俺もこの世界のことは良く分からないし、あぁいう変態たちに押しかけられてごちゃごちゃ言われるのは辛いな。そもそも、迷いの森の魔法は復活しないのか? 魔法が切れた原因は調べているのか?」

「いえ…ボスとゴリンリンの結婚の用意で忙しかったものですから」

「…そう。じゃあ、取りあえず、魔法の地図を持って来いよ」

神成のイライラを察したゴリイチは、ダッシュで魔法の地図を持って来て広げた。


「ここが魔法の森で、これがカミナリ盆地ですね。迷いの魔法が切れているのは、盆地を含んだこの辺り一帯です」

ゴリイチの指を追いながら、二人で地図を覗き込む。

「森は広いな…迷いの森なのに、盆地だの池だの色々描き込んであるんだな」

「えぇ、場所は描いてあっても、迷いの魔法でたどり着けませんから」

「へぇ。じゃあ、魔法が復活したら俺も森で迷っちゃうじゃないか…盆地から出られないのか…」

「いいえ、土地の所有者ですから、カミナリ様には迷いの魔法は及びませんよ」

「はぁ、それは助かる」


 盆地に閉じ込められてしまっては、神成はゴリラマンの嫁をもらうしかなくなってしまう。嫁以前にゴリラマンの雌と愛し合えるとは思えなかったが、最近微妙に個体差を認識できるようになってきたので、若さゆえの激情に流される時が来るのではないかと、密かに恐れている。


「迷いの魔法が切れて、何か変わったことはないのか?」

「そうですね…霧が晴れました」

「解りやすい変化だな…何か予想できるだろ。結婚式やってる場合じゃなかったろうに」

ゴリイチは下を向いた。

「まぁ、済んだことは仕方ないけど。霧といえば、水分だろ。森のあちこちに池があるけど、盆地から一番近いこの池は調べてみたのか?」

ゴリイチは下を向いたままだ。

「そうか…うーん、じゃあちょっと様子を見て来るか。強い魔物だのに襲われたりする?」

「いえ、カミナリ様のパンチで倒せないものは出ないでしょう。呪いのサークレットを外して行かれるなら、魔物も追いつけませんよ」

「そっか。じゃあ、ちょっと見て来る。俺が行って何が解るわけでもないだろうけど、ちょっと散歩がてら偵察に」


 神成は、サークレットを外して近くの岩に載せると、勢いよく走り出して跳び上がった。



********************

「うわぁ…すげー楽しかった…」

神成は、一人で忍者ごっことターザンごっこをした末に、あっという間に池に辿り着いてしまった。

 見回してみても、特に何も感じられない普通の池だ。周囲を回って見ても何も無いので、助走を付けて跳び上がり、池の中央にある小島へとジャンプで上陸した。

「ふはははは、船などいらぬぞ! 泳ぐ必要も無い! 造作なし!」

神成は、変なテンションになっている。誰もいない森の中だもの、むしろ裸になったって平気だ。誰も見てない聞いてない。


 鼻歌を歌いながら大きな岩の後ろを覗き込むと、何かと目が合った。


「………」

「………」

 岩から人が生えている。

「ふはははは」

生えた人が、神成の真似をして笑った。

「ちょっ、勘弁して下さい。調子に乗ってただけだから。恥ずかしいから…」

神成は地面に膝を付いた。


「あの、助けてもらえないかな?」

岩から生えた人は、神成に助けを求めた。

「助けてって…何をどう助けるんです? なぜ岩から生えてるんですか?」

「抜けなくなってしまって…」

良く見ると、岩の穴にくの字になって尻が刺さっているようだ。

 しかし、生えた人はちょっと人間っぽくなかった。赤バラ隊の面々と比べて見ても、何かが違う。長い髪の毛は真緑だし、皮膚もちょっと緑がかっている。

「あの、あなたは人間ですか?」

聞いてしまうのが手っ取り早い。

「いえ、私は、人間ではなく、魔物でもなく、緑マンです」

「みどりマン…こんにちはー」

「こんにちは」

デジャヴ。新たなマンとの遭遇だった。


「しかし、何でこんな穴にはまったんです?」

「それが、池のほとりで薬草を摘んでいたら、イノッシーに突進されて跳ね飛ばされてしまって、気付いたらここにはまり込んでいたんだよ」

「それは難儀な…いつから?」

「随分ここにいるよ。毎日一回岩に印を刻んでいたんだけど」

緑マンが指さした岩肌を見ると、線だらけだった。

「長っ! よく生きてたな!」

「緑マンだからね」

「へ、へぇ…」

緑マンの生態も気になったが、さっさと「くの字」から解放してやることにする。


 神成は、パンチで穴を少し広げると、緑マンの手を持って引っ張った。


ぼふんっっっっっ!!!!


 緑マンが抜けるのと同時に、穴から大量の白い煙が噴き出した。

「な、な、何? 何をした、緑マン!」

「いやいや、違うよ! 僕が出したんじゃないよ!」

うろたえる神成に、緑マンが手を激しく振って否定する。緑マンの放屁ではなかったようだ。

 その後も白い煙はモクモクと吹き出し続けて、辺りがうっすら白くなった頃に、ようやく細くたなびく程度に落ち着いたようだった。


「あぁ、もしかしてこれって、迷いの森の魔法の霧なんじゃないのか…?」

神成の独り言を聞いて、柔軟体操で体をほぐしていた緑マンがハッとしたように立ち尽くした。

「そういえば、霧がどんどん晴れていったような。ふはははは!」

「笑いごとじゃねぇーよ! 俺がこっちに呼ばれたのも、半分はお前のせいじゃねーか!」

もう半分は、嫉妬に狂ったボスゴリラマンの二番目の嫁だろう。

「あぁ、迷いの魔法が消えていたんだね」

「そうだよ! ゴリラマン盆地が無防備になって、迷惑したんだぞ!」

「それは…本当にごめんなさいっ!」

緑マンは土下座した。


 先手必勝で土下座スタイルを繰り出した緑マンに、神成の怒りはすっかり削がれてしまい、やるせない気持ちを溜め息と共に体外に排出する。

「まぁ、わざとじゃないしな…ずっとはまってて大変だっただろう。一人で帰れるか?」

「ちょっと無理だね。家は遠いし、体がギシギシ言ってる」

「そうか…じゃあ、取り合えず俺の住み家に連れて行くか」

「そんな、これ以上迷惑かけちゃうのは…」

「いいから、しっかり掴まってろ」

神成は、緑マンを背負って走り出した。

「ふはははは、船などいらぬぞ!」

緑マンは、親切な神成を再び辱めた。

「やめろ! 忘れてくれ…お前、本当に反省してんのか!?」

「しています! 僕の名前はドラマダだよ。この御恩は忘れないからね!」



********************

 カミナリ盆地に戻ると、ゴリラマンたちが歓声を上げていた。迷いの魔法が戻った、霧が戻ったと涙を流して手を取り合っている。

「カミナリ様! あなたのおかげですか!?」

神成の姿に気付いたゴリイチが駆け寄って来た。

「そうみたいだな。すごく解りやすい理由で、霧が出なくなってただけだった」

「なんと…こんなにすぐに解決して下さるとは! ありがとうございます!」

「いや、そんな難しいことじゃなかったし、礼を言われるのは恥ずかしい」

実際、さっさとゴリラマンの誰かが池に調査に行っていればもっと早く解決出来たはずなのだ。緑マンを引っこ抜いただけなのに、あまり礼を言われては申し訳ない気分になる。


「カミナリ様、背中の方は…?」

ゴリイチが背中の緑マンに気付いて首を傾げた。

「あぁ、池で大変な目に遭ってた緑マンのドラマダだ。体の調子が悪いから、しばらく休んでもらおうと思って連れて来た」

「緑マン!!??」

ゴリイチが大声を上げると、近くのゴリラマンたちの視線が集中する。予想外のリアクションに、神成はびびって一歩退いた。

「え? 何? 連れて来ちゃ駄目だった感じ?」

「いいえ、そんなことはありません! ただ、珍しかったものですから。緑マンなんて、滅多に会えるものではありませんので…歓迎いたしますよ!」

「あ、そうなの…」

「ふはははは、緑マンのドラマダだよ。カミナリ様に助けられました。しばらくお邪魔します」

 ドラマダは、神成の恥ずかしい笑い声が気に入ったようだ。


 夜には、迷いの魔法が戻ったお祝いと、緑マンを歓迎する宴が催された。大きな火を囲んで、ゴリラマンの楽器の演奏やら歌やら踊りを見て、神成はじいちゃんと行った盆踊りを思い出していた。これ程賑やかでは無かったけれど、踊る人たちを眺めながら粉っぽいたこ焼きを二人で食べた。もうあっちの世界に帰ってもじいちゃんはいない。少し物悲しくなった神成は、ゴリラマン特製の果実酒をグイグイ飲み干した。

「ふはははは! 楽しいね、カミナリ様!」

隣にやって来たドラマダが、長い髪をメドゥーサのようにうねらせている。

「ふはははは! 気持ち悪っ! 緑マン怖っ!」

「酷いな…。でも、白マンのカミナリ様がこんなにゴリラマンと親しいなんて…」

「白マンじゃねーし! 何だよ、白マンって」

「白マンっていうのは、、、」

酔いが回った神成は、急激な眠気に襲われて地面に横たわった。

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