第3話 人が来ました

「カミナリ様、今日も修行ですか?」

神成が異世界へ来て一週間ほど経過していた。

「ゴリイチか。修行というか、慣れないとまともに動けないし。でも、これのおかげで助かってるよ」

これというのは、呪いのサークレットのことだ。

 呪いのサークレットを付ければ、ある程度は地球にいた時の感覚でいられるようで、筋力低下を防ぐためにも普段の生活はサークレットを付けて行いつつ、せっかくだから付けない時のスーパーパワーでの動きも特訓していた。

「どうです。体は慣れましたか?」

「だいぶ慣れたよ」


「カミナリさーま――! ずっと見ておりましたが、申し分ない、申し分ないですぞ!!」

突然のでかいだみ声に、神成はうんざりしたように顔を伏せた。

 ここ何日か、すっかり見慣れたものが姿を現す。板にうつぶせに横たわった普通の三倍はでかいゴリラマンが、神輿のように担がれて神成のもとへやって来る。

「いやぁ…俺は人間だし、申し分あるだろう…」

「ない、ないですぞ!!」

初日には顔を合せなかったボスゴリラマンだ。ちゃっかりゴリンリンを三番目の妻に迎え入れて、隣に従えている。因みに、神成には妻たちの見分けはつかなかった。


「でも、人間がゴリラマンのボスってのはちょっと…皆も納得出来ないでしょう?」

「いやいや、納得しておりますよ。あなたほど強い者は他にはおりませんし」

「強いと言われても、戦闘経験なんてないからね。殴り合いの喧嘩すらしたことないし。まだ力の加減がいまいちだから、人間を殴ったりしたらぐしゃってなりそうで怖い」

そう言って神成が近くの岩に拳を叩き込むと、亀裂が入って岩が真っ二つになった。

「はー、申し分ないですぞ!」


 どうやら神成は、ただ高くジャンプ出来るだけでは無かったようだ。サークレットをはずせば忍者のように動き回れるし、ゴリラマンよりも力持ちでもあった。サークレットをつけていれば素早くは動けなくても、体重の載った攻撃が出来る。しかも、自身の行動で怪我をするようなことも無いので、体も並外れて丈夫だと言える。

「何だろうな、この力。よく考えたら言葉が通じてるってのも不思議だよな。ゴリラマンの言葉と人間の言葉って同じなの?」

今更な疑問をゴリイチに投げてみる。


「えぇ、言葉は同じです。しかし、異世界のカミナリ様の言語と同じということはないでしょう。時々理解出来ない言葉もありますし…私も異世界人など初めてですから、何とも申せませんが、髪が白くなったように何かが影響してこの世界の仕様になったんじゃないですか?」

「あぁ…若白髪ね…そうね…どうでもいっか、言葉が通じるのは良い事だ…」

普段は忘れている若白髪…神成は肩を落とした。

「この世界には、白髪の人間などおりませんよ。白マンぐらいです」

「え? いないの? だから、その白マンって何?」

「白マンとは…」

説明しようと口を開いたゴリイチの声を遮るように、三人のゴリラマンが叫びながらこちらへ走って来るのが見えた。


「ボス、大変です!」

「どうした、ゴリゴ」

「人間です、人間がやってきました! 十五人程でこちらへやってきます。あと十分もしないで着いてしまいますよ!」

ボスを始め、側にいたゴリラマンたちの視線が神成に集中した。


「えぇ~…マジで?」

ゴリラマンは神成を見つめている。

「いやいや…」

ボスの目には涙が浮かんでいる。

「ちょっと…」

ゴリンリンはボスの涙を拭っている。


「だぁ―――、もう、解った! だが、俺には俺の考えがある。時間も無いようだし、お前達が俺の案に乗るかどうか決めてくれ」

「え? どういうことです?」

「魔法の地図とやらを持ってきてくれ」



***************

 魔法都市イシュバラの女王直属部隊『苛烈の赤バラ隊』は、ゴリラマン盆地のすぐそばまでやってきていた。赤バラの名の通り、全員揃いの赤い制服を身に着けている。

「アリーシャ隊長! ゴリラマン盆地の入り口が見えてきました!」

隊員の一人が幌馬車に向かって声を掛けると、中から無駄に露出の多い赤い鎧を身に着けた、髪まで赤い女が飛び降りた。

「ふん。どうやら迷いの森の魔法が消えたっていうのは本当だったようね」

「そのようです。ゴリラマン盆地を手に入れれば、女王陛下もお喜びになるでしょうね」

「そうね。あ~ら、私の可愛いミーカ、髪に葉っぱが付いているわよ。副隊長なのだから、身だしなみには注意しなさい」

アリーシャ隊長は、ミーカ副隊長の髪から葉っぱを取り除き、指で耳と頬をなぞった。

「はひ、申し訳ありません」

ミーカ副隊長は耳が弱いようだ。

「皆も、私の為にいつも可愛くしていなくては駄目よ~」

ねっとりとした呼びかけに、隊員全員が敬礼しながら返事をした。


『苛烈の赤バラ隊』は、アリーシャ隊長以外全員男性で構成されている。その誰もが、アリーシャ隊長よりも背が低く、体型も貧弱だった。美形で細身の者ばかりで、屈強な男などひとりもいない。

「さぁ、皆~、準備をしっかりね! 私がボスゴリラマンをいたぶっている後ろから、バンバン魔法を打ち込むのよ~」

「はい、アリーシャ隊長!」

「良い子達ね~」

返事をする隊員たちを舌なめずりしながら見回したアリーシャ隊長は、背負っている大剣に手を伸ばした。

「それでは、ボスゴリラマンに宣戦布告いたします!」

「いいわよ、ミーカ。可愛い声でさえずりなさ~い」

「はい! ゴリラマン盆地に、、、」


「はーい、ちょっと待った待った! ……赤っ!」

ゴリラマン盆地の入り口から、神成が叫びながら『苛烈の赤バラ隊』に近づいて来る。

「人間…? まさか、どこかに先を越されたのでしょうか?」

「どうかしらね…」

アリーシャ隊長とミーカ副隊長は、近くで歩みを止めた神成を見て眉間に皺を寄せた。

「何者だ!?」

神成はミーカ副隊長の恫喝を聞き流して、真っ赤な美形集団を物珍しそうに観察している。

「おい!」

もう一度怒鳴られて、面倒くさそうに口を開いた。

「うーん。何者か聞かれると困るんだけど。神成タカヒトです。皆さんは、赤い何さんですか?」

「見て分からないのか! 苛烈の赤バラ隊だ!」

「なるほど…こんにちはー」

神成の挨拶は無視された。苛烈の赤バラ隊は礼儀知らずのようだ。


「可愛い坊や~、タカヒトちゃんはどうしてここにいるのかしら?」

アリーシャ隊長のねっとりした視線を受けて、神成は『生理的に無理です』な震えに襲われた。

「えぇーっとですね。皆さん、ゴリラマンのボスと戦って盆地を手に入れようと思っていらっしゃるわけですよね?」

「そうね」

「実は…ゴリラマン盆地は俺の土地になったので、諦めて下さい。はるばるいらっしゃったようですが、手荒なことは無しってことでよろしくお願いします」

「なっ! 貴様、どこの都の者だ!」

ミーカ副隊長が苛立たし気に神成に歩み寄り、襟元に手を掛けた。神成は振り払おうと手を挙げたが、骨やら肉やらが粉砕する場面が頭に浮かんでしまい、慌てて手を戻す。

「暴力反対!魔法の地図で確認してくれ」

「ミーカ、取りあえず下がりなさい。誰か、魔法の地図を持ってきて」

一人の隊員がアリーシャ隊長のもとに地図を持ってきて広げると、ミーカも下がって地図を覗き込んだ。


 『カミナリ盆地』


 ゴリラマン盆地だった場所には、カミナリ盆地と地名が付いていた。アリーシャ隊長がカミナリ盆地と書かれた文字の上をはじくと、何やら文字が現れた。


 『旧ゴリラマン盆地は、カミナリタカヒトの所有になり、カミナリ盆地となった』


土地の説明のようだ。

「そういうことです。人間同士では戦って土地を奪い合ったり出来ないんですよね? どうぞお引き取り下さい」

静かにそう言った神成を見て、アリーシャ隊長が目を細めた。隊長の雰囲気に中てられたのか、隊員たちが握っていた杖を立てたり弓を構えたりと、臨戦態勢になる。

「ちょっとおかしいわねぇ~タカヒトちゃん。あなた個人の名前が付いているなんて。一人でゴリラマンのボスを倒したわけじゃないでしょう?」

「え? 倒せないの?」

神成は、ボスってそんなに強かったの? という言葉を飲み込んだ。

「………」

「………」

張り詰めた静寂が訪れる。


「まぁ、いいわ。地図に書いてあるんだから仕方がないわね。あなたの土地だって言うんなら、それでもいいわよ。今すぐ魔法都市イシュバラに譲ってちょうだいな」

「え? 嫌です」

神成はきっぱりとお断りした。

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