第2話 ゴリラマンは困っている

 色々恨みはあるものの、現状では頼る者がいない神成はゴリラマンの話を聞くことにした。豪華な服を着たゴリラマンは、ゴリイチですと自己紹介してから話し始める。

「ここは迷いの森にあるゴリラマン盆地なのですが、ボスが怪我をしてしまってピンチなのです」

「怪我?」

「えぇ、ボスが若く美しいゴリンリンを三番目の妻にしようと企んで、二人で山でデートしている時に、嫉妬して後をつけていた二番目の妻に岩を投げられて…ゴリンリンを庇ったボスが谷底に落ちまして、背骨を傷めてしまったのです」

ボスゴリラマンの怪我の来歴は、かなりどうでも良かった。


「で…ボスの怪我がどうピンチに繋がるの?」

「はい。現在、理由は不明なのですが、迷いの森の魔法が解けて普通の森になってしまっていて、ゴリラマン盆地を狙っている人間に入り込まれてしまうのも時間の問題でして」

「うん、まぁ、人間もいるよね。最初に『人ではなく』とか言ってたもんな」

「えぇ、ゴリラマンの何倍も人間はいます。しかも、ゴリラマン盆地は住み良い土地ですから、人間が奪いにやってくるのです」

「うーん」


 神成は、人間の自分がゴリラマンサイドで話を聞くことにためらいを感じた。このまま話を聞くと、どちらの味方をするかという選択を迫られそうだ。

「人間たちにボスを倒されてしまうと、ゴリラマン盆地が奪われてしまうのです」

「倒されるって…人間の大軍勢が攻めて来て、ゴリラマンと戦争してボスを倒されたら土地を取られて住み家を奪われるってこと?」

「ちょっと違います。土地が欲しいからと、人間がゴリラマンのボスに戦いを挑んで勝ったら土地を所有出来て、我々は追い出されてしまうのです」

一瞬何が違うのか解らなかったが、どうも戦争にはならないということらしい。


「えーっと、ボスしか戦わないってこと?」

「そうです」

「人間と一騎打ちするってこと?」

「いいえ…人間は何人でも構いませんが」

「それは…酷いな」

ゲームでも、敵のボスに挑むには大抵人数制限があるのに。ネットゲームだとかなり大人数でボコることもあるけれど、神成は温厚そうなゴリラマンがボコられて、住み家を追われるというのは嫌な感じがした。馬鹿な理由で怪我をしたボスを思うと、余計に不条理に思える。


「今までは迷いの森のおかげで、大人数の人間がここに辿り着くことは無かったのですが、森が普通になってしまったので」

「代理のボスをたてればいいんじゃないの?」

「いえ、ボスの代理が務まるようなものはいませんし、そもそも代理というものは認められません。新しいボスを選んだら、もう代がわりで前のボスに戻ることは出来ませんし…そうなると、かなり強い者を選ばねばなりませんが。今のボスだって、大群に攻めて来られては持ちこたえられるかどうか…」

 話は理解出来るが、神成にはどうも不条理すぎて納得のいかない部分が多い。ボスより強いゴリラマンを異世界に求めたのは理解したが、そもそもボスしか戦えないルールはどこ発のものなのか。


「あのさ、何で全員で戦っちゃ駄目なわけ?」

素朴な疑問だ。

「それは…人が未開の土地を所有する為のルールがあって、我々も従わざるをえないのです。ルールを守って所有した土地は、魔法の地図にその者の名前が記述されてしまいますから。大抵、軍を送り込んできた都市の属領として記されます」

「いやいや、そんなの人間に有利すぎるじゃないか。そんなルール、誰が決めたんだよ」

「それは解りませんが…この大陸の生き物は魔法と共に生きていますので、魔法の地図に逆らって生きることは出来ません」

「じゃあ、人間同士はどうなんだよ? 決闘で土地を取り合ったりしてるのか?」

「いいえ、人間同士は戦いで土地を取り合うことは出来ないようです。金銭などを用いて、お互いの了承が無ければ魔法の地図には認められません」

神成は首を傾げて黙るしか無かった。

 いくらおかしいと思っても、どうにかなるものでもないらしい。ここは異世界で、神成は魔法なんてものが存在しない世界で生きて来たのだから。そういうものだと言われれば、そうなのかと納得するしかない。


「まぁ、俺に出来ることがあるならば力を貸したい所だけど。俺は魔法とかも使えない普通の人間だし、この世界の常識にも疎いからなぁ。しかし、ゴリラマンたちは人間と言葉も通じるんだろ? 知能も高そうだ」

「えぇ、通じますよ。知能も人と変わらないと思いますが」

「じゃあ何で、魔法のルールとやらに平等に扱われないんだろうな」

「そういう疑問は、持ったことがありませんでした…」


 少々気持ちが沈んだ神成は、気分を変えようと両手を後ろについて背中を伸ばした。ふと右手に冷たい何かが触れたので、つかんで目の前に持ってくると、ちょっと高価そうな装飾品だった。よくゲームなどで見かける、頭に付ける冠のような…額飾りのような…地面に転がっているような代物では無い。金の細工の真ん中には、高そうな黒い石まで付いている。一生働いても弁償出来なそうな代物にびびったのか、重みがずっしりと体全体に広がったように感じる。


「あのー、お話しの途中ですが、そこの地面に誰かの高そうな冠みたいなのが落ちてたんだけど。誰の?」

神成の言葉にゴリラマンたちの視線が集中した途端、大きなどよめきが起きた。

「え? 何? 触っちゃ駄目だった? いや、俺は何もしてないけど、壊れたりしてる?」


ゴリイチが震える指で冠を指しながら口を開いた。

「カミナリ様…それは呪いのサークレットです。持った者の体重を五倍にするものなので、地面から誰も拾うことが出来なかったのですが」

「呪い…」

神成は静かにサークレットを地面に戻した。

「効力が切れたのか…?」

ゴリイチが恐る恐る手を伸ばしてサークレットに触れた途端、地面に倒れ込んだ。

「何だ! 大丈夫か!?」

神成が慌てて助け起こすと、目を剝いて荒い息を繰り返している。

「いや、効力は、切れて、ませんでした。危なかった…一瞬でも三倍近くまでいった気がする。死ぬところだった」

ゴリイチは地味に死にかけたようだ。


 神成がサークレットを持ち上げると、再びどよめきが起きる。異世界人の自分には効果がないのかとも思ったが、持つと確かにずっしりとした重みが感じられた。そもそも、目覚めてからずっと、何だか体がふわふわしたような落ち着かない気分だったのだが、それがおさまったようで心地が良い。

「そもそも、なぜこんなものがここの地面に落ちてるんだ? どっからどうやって持ってきたの?」

素朴な疑問だ。

「それは、あるダンジョンから犬にくわえさせて運んできたのです」

「頭いいな…でも、犬は?」

「ギリギリでした」

「酷いな!」

ゴリラマンたちは顔を伏せた。


「そこまでして手に入れたんだから、何か重要なものなんじゃないの?」

「いえ、祭りの力自慢に使えるかと思ったのですが、想像を絶する兵器だったもので…犬がそこに落としたまま、移動させることも出来なくなりました」

「あ、そう…」

「あの…平気なのですか? 何も感じないのですか?」

死にかけたゴリイチが一歩引きながら口を開くと、後ろのゴリラマンたちも座りながらずりずりと神成から距離を取った。

「平気だけど、何も感じないわけじゃない。心地よい重みを感じる」

「心地よい!? ちょっと、他の誰か…ゴリジ、ゴリゴ、お前もちょっと来て触って見ろ」

ゴリラマンたちは下を向いていた。ゴリイチは豪華そうな服を着ているのに、完全に無視されたようだ。


「いや、また死にかけたら困るし。そうだな、いっそ俺を持ち上げてみたらいいんじゃないか? 体重が五倍になってるなら、270キロぐらいになってるはずだから…」

「なるほど。それでは失礼ながら私が…」

先程無視されたゴリイチは、自ら神成に近寄って両脇の下に手を添えて上に持ち上げようと力を込めた。

「ふん、ぬぬぬ! ぬぬ! ぬぬぬぬぬ―――」

神成がゴリイチの鼻息を避ける為に横を向いた時、地面から体が少し持ち上がる。

「お、持ち上がった。やっぱ五倍にはなってないのか?」

それを聞いたゴリイチは、静かに神成を下におろしてから荒い息を吐き出した。

「いいえ、私は200キロぐらいまで持てますから…この感じだと、おそらく270キロ以上になってると思われますが。平気なのですか?」

「うーん、平気だな。何だろうな…重力とか原子とか、俺の世界とこっちの世界では何かが違うのかもね。ってことは…もしかして」


 神成は何か思いついたように不敵に笑うと、すっくと立ち上がって呪いのサークレットを地面へ落とした。

「せーのっ!」

神成は、力いっぱいジャンプした。頭の中には、月面でジャンプする宇宙飛行士の姿が浮かんでいる。月の重力は地球の六分の一だが、この世界もそんな感じかもしれないという思いつきだった。


「な、なんと…」

「うひゃわわわわわー」

ゴリラマンたちは、勢いよく森の木を跳び越しそうなほど上へ跳び上がった神成を口を開けたまま見上げている。跳び上がった本人も驚いて体勢を崩し、ゴリラマンたちの頭上に落下することになった。


「いやー、何かはしゃいですいません」

神成の落下に伴い、ゴリジとゴリゴの頭にはたんこぶが出来た。

「その身体能力。あなたはただ者ではないですね!?」

「どうだろうな…向こうではただ者だったけど。体を動かすのは好きだったから、走ったりしてたぐらいだ」

中学では陸上部だった神成は、高校では部活には入らなかった。日本人に見えない自分は悪目立ちするし、それを長所に変えられるような性格では無かったから、からかわれたり注目されたりするのに疲れてしまっていた。


 ずっと白人とのハーフだと思っていたわけだが、じいちゃんの嘘が解ってからは、自分が何者であるか全く解らなくなってしまっている。

「でも…ここではただの異世界人か。何かすがすがしいな」

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