でししょー! 弟子と師匠と物語

オサメ

異世界と愉快な仲間達

異世界とゴリラマン

第1話 こんにちはー

 見知らぬ森の中、神成かみなりタカヒトは地面に座って頭を抱えていた。そんな神成を凝視する大勢の視線。神成が溜め息を吐いてから口を開くと、その場に緊張が走った。

「あの…皆さん、ゴリラですよね?」

皆さんは、服を着たゴリラだった。


 最前列のちょっと豪華そうな服を着たゴリラが、一歩前へ出て神成の前へ座る。

「我々は、人ではなく、魔物でもなく、ゴリラマンです」

皆さんは、ゴリラマンだった。

「そうですか…ゴリラマンさんね。ちょっと俺は、あなた方のような人たちは映画でしか見たことが無かったんですが」

「エイガとは何か分かりませんが、あなたはゴリラマンですか?」

「いやー、俺は多分、ゴリラマンでは無いですね。人間です」

神成の言葉を聞いて、ゴリラマン達にどよめきが起こる。

「そう、ですか。しかし…あなたはただの人間には見えませんが。白マンなのではありませんか?」

「いや…シロマン? いやいや、正直、シロマンもゴリラマンも知らんし、目が覚めたらいきなりここにいてゴリラマンに囲まれてて。ここはどこだ、ビッグフットの秘密の森か!?」


 取り乱して再び頭を抱えた神成のもとへ、メスっぽいゴリラマンがコップを差し出した。まだ上手く力が入らない手でコップを受け取り水を飲み干すと、一つ息を吐いてから口を開く。

「あぁ、何かすいません。ちょっと混乱してしまって。取りあえず、改めまして…こんにちはー」


「「「こんにちは」」」

ゴリラマンは礼儀正しかった。


 神成とゴリラマンは、お互いの状況を把握しようと、改めて冷静に向かい合った。

「我々は、異世界から英雄になれるゴリラマンを召喚したつもりだったのですが、光の中から現れたのは気絶したカミナリ様だったのです」

「なる、ほど…異世界ね。ゴリラにはちょっと心当たりがある。ここへ来るまでのことを聞いてもらっていいかな? ちょっと個人的なことなんだけど、最近色々あって、心が折れそうなんだ…」

「それはお気の毒に。我々で良ければ聞かせて下さい」


 神成は初対面のゴリラマン達に身の上話を始めた。



********************

 二か月前、神成の唯一の肉親だった祖父が心筋梗塞で亡くなった。親族もろくにいなかった葬儀は、祖父の弟が取り仕切って地味に終了したのだが、しばらくしてその叔父が家を訪れた時に悲劇は起こった。


「あはは、タカヒト君、こんな写真どっから見つけて来たの?」

叔父が手にしていたのは、神成が祖父に渡された母の写真だった。

 祖父から、『お前は、娘が外国に旅行に行った時にちょっと調子に乗ってロマンスした時の子供だ。だから外見が日本人とはちょっと違うんだ。お前の母さんはお前を産んですぐに事故で亡くなったが、これが母さんの写真だ』と言われて渡されて、それ以来大事にして来たものだ。祖父は天国で母さんと再会しているだろうなどと考えながら、祖父の位牌に立て掛けて置いたものを叔父が見つけたようだ。


「昔じいちゃんにもらって、ずっと俺が大事に持ってたんです」

「え? 何で?」

「いや…何でって言われるとちょっと困るんですが」

「この女優、俺も好きだったんだよねー。俺も買ったなー、ヘアヌード写真集。まだ押し入れにありそうだな。探してみるか」

理解不能な言葉を連発して去ろうとした叔父の腕を、神成は力いっぱい握りしめた。

「いだだだ。どうした、タカヒト君」

「あの…その写真、女優? 僕の母さんって女優だったんですか?」

「母さん? え?」

「じいちゃんが、死んだ娘だって…僕の母さんの写真だって言ってくれたものなんですけど」


 一瞬怪訝な顔をした叔父だったが、すぐに何かを理解したらしく、膝を折って畳にうずくまった。祖父のように発作でも起きたのかと心配した神成をよそに、叔父は豪快に笑い声を上げ始める。

「いや、あは、あははは。笑っちゃ悪いな…その写真はタカヒト君とは何の関係も無い人だ。一昔前の女優だよ。全部兄さんの嘘だ。兄さんは、捨て子だった君を引き取って養子にしたんだ。君、どう見ても外人の赤ちゃんだったから身内もすぐに見つかると思ってたんだけど、駄目だったなぁ。まぁ、兄さんが天涯孤独のまま死ななくて良かったよ。幸せそうだったし、君には感謝してる」

「………」

 

 叔父から衝撃の真実を告げられた夜、風呂に浸かりながらじいちゃん、じいちゃん、とつぶやいていた神成は突然叫んだ。

「せめてヘアヌード出してない女優の写真にしろよ!!!!」



 ヘアヌードショックから二週間ほどで立ち直った神成は、推薦受験していた国立大学からの合格通知を受け取ったのを機に、じいちゃんのためにも前向きに生きて行こうと決めて、密かに思いを寄せていた他校のシオリちゃんに告白した。

「うん、いいよ。今度デートしようね」

予想外にオッケーをもらった神成は、明るい未来を想像しつつ、今度に備えて遠くのコンビニでコンドームを購入した。念のためだ。


 早速日曜日にデートに誘ったものの、用があると断られた神成は、ちょっといい服を買おうと出かけた駅で、シオリちゃんと大学生風の男が腕を組んで歩いているのを発見する。

「シオリちゃんのお兄ちゃんだったりするのかな…」

そんなはずは無い。明らかにいちゃいちゃしている。ボディタッチ具合から見ると、かなり深い仲だろう。

 声を掛けることも出来ずに、神成は放心したように二人にくっついて動物園にソロで入場していた。人目も気にせずに、二人がキスをし始めた所で我に返って歩みを止める。


 …ゴリラの檻の前だった。


 そう、ゴリラがいた。

「なぁ、シオリちゃん二股だったってことだよな…いや、三股四股かもしれんけど」

じっとゴリラと見つめ合う。柵の看板に目を落とすと、ゴリラの説明が書いてあった。


 『僕はゴリ吉だよ。人間に換算すると、もうおじいちゃんです。好きな食べ物はリンゴだよ。得意なことは、敬礼だよ』


「ゴリ吉くん、コンドーム使ってから別れた方がいいかな…使わせてもらえるまで、いっぱい貢がされるのかな…ははは」

神成は、心の中で叫んだ。ビッ○!!!!


 ○ッチショックが極限に達した瞬間、強烈な光に包まれて目を閉じる。訳が解らず目を開けると、真っ暗な空間に浮かんでいた。隣に気配を感じて首を向けると、同じようにこちらに顔を向けていたゴリ吉くんと目が合った。

「怖っ! 誰か! ゴリ吉くん、フリーダムですけど?」

「ゴフォ! フォフォ! ウホ」

ゴリ吉くんもパニックになっているようだ。

 神成とゴリ吉くんは、頭上の光に吸い込まれていく。体もろくに動かない状況で、ゴリ吉くんはそっと神成の手を握った。

「ゴリ吉くん…」

神成も優しくゴリ吉くんの手を握り返す。

「一緒に行ってみよう…」

二人が頷き合った瞬間、ゴリ吉くんの体が遅れ出した。

「ウフォッ!?」

ゴリ吉くんはどんどん下にさがって行き、とうとう手を繋ぎ合っているのが辛くなった時、神成は繋いだ手に力を込めた。


 が、一瞬遅かった。

 察したゴリ吉くんは、神成より早く手を振りほどいていた。

「裏切者め、ゴリ吉―――! 一人で戻る気か!」

叫んで下を見ると、どんどん小さくなるゴリ吉くんは……敬礼していた。


 一人で光に突入した神成は、全身に激痛を感じて気を失い、ゴリラマンに至る。



********************

「と、いうわけなんです」

話し終えた神成に向かって、群れの中のゴリラマンが一人手を挙げた。

「はい、どうぞ」

神成が指さすと、ゴリラマンが立ち上がる。

「あの…シオリゴリラは、とんでもないメスゴリラですな」

「うん、とんでもないけどゴリラでは無いな」


 次のゴリラマンが挙手して、神成が促す。

「ゴリ吉くんはゴリラマンですか?」

「いや、ゴリ吉くんは普通のゴリラです。俺の世界にはゴリラマンはいません。ゴリ吉くんの知能は人間の子供くらいだし、言葉もしゃべれないし、皆みたいにシャープな体で二足歩行する感じではない」


「ゴリラマンがいない!?」

「いないね。いないから、ゴリラと俺を吸い上げちゃったんじゃないの? ゴリラとマンだからな…それで、マンの俺だけがこっちに来てしまったんじゃないのか?」

「何という事だ!」

「それはこっちのセリフだぞ! 帰れるのか? 帰れるんだよな?」


ゴリラマン達は黙って顔を伏せた。


 申し訳なさそうに、豪華そうな服を着たゴリラマンがにじり寄って来る。

「我々の話も聞いて下さい、白マンのカミナリ様」

「シロマンじゃねーし。何だ、シロマンって!」

「カミナリ様は、髪も体も白いようですが?」

「髪は白くねぇ…よ? え? 白いの? 俺の髪が? 全部?」

ゴリラマンたちは一斉に頷いた。

「俺の髪は茶色だったんだ…あれだぞ、多分、光に吸い込まれた激痛で白髪になったんだぞ…どうすんだ、この若白髪!」


ゴリラマンたちは一斉に顔を背けた。

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