第4話 急行/人と化け物
「なぁたいちょー」
「ん?」
上佐和市から〈魔女〉の出現場所へと急行している途中で、声が掛けられた。
ちなみに、目的地に向かうのに私達は地上を走ってはいない。
空を飛んでいる。
それを成しているのが、私たちの背中に装着されている羽型の兵装、通称《白翼》である。
〈戦乙女〉の基本構造は、元ととなった〈魔女〉とほぼ変わらない。
ただし、脳や精神構造を変化させて、本能から刻まされている人類への憎悪や嫌悪などは消してある。
そうしなければ人類の敵たる〈魔女〉を量産するだけなのだから当然だ。
さらに言えば、〈戦乙女〉の元となったのは【擬人型】の〈魔女〉のみである。
兵器とするならばより戦闘力の高い【獣兵型】の方をモデルにするのがよいだろうし、実際に初期はそちらの案が取られていたが、最終的に実戦投入はされなかった。
なぜなら、【獣兵型】をモデルにした場合、憎悪の消去が完璧にいかず、暴走する事件が多発したからだ。
【擬人型】は元々人類に対する憎悪や嫌悪が薄く、さらには理性も併せ持つので、消去した上で理性を人間寄りにすることで理性がストッパーになり、暴走が起こる可能性がほとんどない。
しかし、こちらはこちらで問題がある。
基本的に、【擬人型】は【獣兵型】よりも戦闘力が低い。
理性や知性などのソフト面にリソースが偏っているため、ハード面にリソースを全振りしている【獣兵型】より弱くなるのは当然だが、〈戦乙女〉は〈魔女〉に対抗する兵器。その〈魔女〉の過半数である【獣兵型】よりも弱かったら、それは兵器として大きすぎる欠点である。
しかも、一定以上、それこそ【擬人型】に対抗できるほどスペックを上昇させようとすれば、理性が消失し【獣兵型】モデルとほとんど変わらなくなってしまう。
その問題を解決したのが、科学者たちが開発した多種多様な兵装である。
本来の【擬人型】も自ら兵装を造り出すが、〈戦乙女〉はその機能をオミットして科学者や工場が代行することで、スペックを少々上げ、様々な種別の〈魔女〉へ対抗できるようになったのだ。
《白翼》は開発された兵装の第一号であり、『
〈魔女〉には飛ぶモノが少なく、上空からの有利を取れるというのはかなりのアドバンテージであり、戦闘力の低さをカバーできるうえ移動の際も地上を走るより速いため、〈戦乙女〉の標準装備となっている。
「なんだ、
飛行速度は緩めず、後方へチラリと視線を向けながら応答する。
私に話かけてきたのは、20代後半くらいの見た目をした〈戦乙女〉である。
紅いメッシュが入ったくすんだ金髪はショートにされており、勝気そうに吊り上がった黒目共々、見る者に快活さを感じさせる風貌であるが、今はかなりげんなりとした……端的に言えば、「めんどくせぇー」という内心が見え透いた表情をしていた。
「見つかったのって、【獣兵型】1体なんだろ?そんなの、第4小隊だけで十分じゃね?万全を期すとしても、俺の第1小隊だけで間に合う。わざわざ2隊分に、たいちょーまで連れてくとか、過剰すぎね?」
“だから俺は帰ってもいい?”。そう続きそうな発言に、私は思わずため息を吐いた。
「なあ煌。私はそこの事情も、出発前に説明したはずなんだが……?」
「え……あ、はは、もちろん聞いてたぞ……」
「また上の空だったのか……お前はもう少し隊長たる自覚を持て」
愛想笑いを浮かべる煌に、またため息が漏れる。
煌は香漣共々、私がまだ一小隊員であった頃、初めてできた後輩であり、その後私が小隊長や中隊長になった後も部下として長く交流している。
煌はいわゆる脳筋だ。
物事を深く考えることを好まず、直感で動くことを良しとする。
ただし、その戦闘力は折り紙つきだ。
【獣兵型】に匹敵するほどの怪力を持ち、〈戦乙女〉であろうと普通は不可能な離れ業を超人的な戦闘センスで軽々とやってのけ、初見殺しの技すら直感で破る。
それは第1小隊……戦闘特化部隊の隊長に抜擢されていることからも証明されている。
「今回発見された【獣兵型】は、発見者を襲わなかった。これは通常ではありえないことだ」
「……ってことは、【変異個体】ってことか?」
煌の瞳に、少し真剣さが宿る。
【変異個体】とは、何らかの要因で通常個体とは形質が変質した〈魔女〉のことだ。
今まで発見された例では、【擬人型】であるのに肉体が異形化していたり、肉体の一部が普通の動物のような器官になっていたり、変わり種では、【獣兵型】であるというのに人間や〈戦乙女〉への敵意を持たず、まるで犬猫のように懐いてきたモノもいたらしい。
このように、【変異個体】には常識が通用しない。。
脅威度がかなり下がる場合もあるし、逆に、通常個体とは比較にならないほど危険な場合もある。
数年前に出現した【変異個体】は、数百の〈魔女〉がぐちゃぐちゃに混ぜ合わされた肉塊のような見るに堪えない悍ましい姿をしており、全世界から腕利きの〈戦乙女〉が集結し、多くの犠牲を出しながらやっとのことで討伐できた、それほどの脅威だった。
今回発見された【獣兵型】が【変異個体】である可能性がある以上、万全を期すに越したことはない。
……まあ、正直に言えばこれは後付けなのだが。
これくらいしなければいけない、という本能に従うため、上層部と部下たちを納得させるためのものである。
しかし、これもまた理にかなったモノだ。私の感じる胸騒ぎも、これを無意識に感じ取っていたのかもしれない。
「中隊長、目撃座標に到着しました。この真下です」
香漣の報告に、全員が飛翔を止め、ホバリング状態で空中に集まる。
「レーダーに反応はあるか?」
「確認します……え?」
第4小隊所属の観測手、
「どうした」
「い、いえ、その……【獣兵型】の反応、検知しました。座標は……真下です」
「……なに?」
穂影の言葉で、にわかに隊全体が騒めく。
この真下とはつまり、発見位置に他ならない。
人間と遭遇しておいて、追跡も移動もしていない。あまりにも不可解な行動だ。
「……穂影はここで待機。レーダーや目視での観測を継続し、異変があれば連絡を。
「了解しました」
「了解でーす」
「その他全員で、〈魔女〉へ攻撃を仕掛ける。パターンαを〈魔女〉を包囲する形で構築。何が起こっても不思議じゃない、気を引き締めろ!」
『了解!』
〈魔女〉の座標を中心に、パターンα――対象に近い順から近接型・射撃型・特殊型の三層構造を作る最も基本的な陣形――をとり、それを崩さないように降下していく。
木々の隙間から、〈魔女〉の姿が垣間見えた。
それは、巨大な怪腕と爬虫類の如き尻尾、鋭利な一本角を備えた、白銀を揺らす【獣兵型】。
そして、なぜか……泣いているように、見えた。
□数時間前□
……どれくらい歩いただろうか。
少しずつ明るくなっていく木漏れ日のおかげで、今がまだ午前中であることは分かるのだが、太陽自体が見えないせいで正確な時間は分からない。
進んだ先に人里がある確証もなく、どれだけ経ったかも分からない中、ただ草をかき分けて進むだけの作業に気がすり減っているのを感じる。
〈魔女〉となった肉体には疲労など欠片もないが、人のままである精神は別なのだ。
そして、さらに気を滅入らせる事実がある。どうやら、歩いているうちに知らず知らず山に入ってしまっていたらしい。
最初は気のせいかと思った、というか思いたかったのだが、だんだんと傾斜が大きくなり、流石に認めなくてはいけなくなった。
山に入ってしまったということは、人里から遠ざかったということでもある。
かといって、引き返したところで目覚めた所までの間に人里がないことは確定しているのだ。そこまで戻ってまた別の方向へ歩き出すなど……考えるだけでも億劫になる。
進むのも戻るのも疲れることに代わりはなく、だから惰性で前に進んでいるだけなのが現状だ。
行く手を遮る藪をかき分け、絡みつく蔦を引きちぎり、巨腕が通れるように低木を倒しながら、ただ進む。
どれだけ進んでも変わらない光景に、とっくの昔に思考は止まっている。
ひたすら無心に進む中で……ふと、気付いた。
乱立した巨木と鬱蒼とした茂みの奥に、何かが見える。
「……ッ!」
進むスピードを上げる。それが、期待通りのものであれば……!
茂みを突き破り、それの正体を確認して……思わず、ガッツポーズをしそうになる。この腕だと出来なかった。
見つけたその場所は、森の中にあれだけ繁っていた草花がなく、露出している土は固くなっている。
これは、森の動物や近くに住む人間が長い間通り道とすることで踏み締められた草木が育たずに自然と出来上がる、獣道と呼ばれるものだ。
そして……そこに残っていたのは靴跡。それも明らかに直近に出来たと断言できるものだ。
それは、この道が現在も人に使われていることを意味し、同時にこれを辿って行けば確実に人里に辿り着けることを示している。
これが喜ばずに居られるかって話だ。
獣道を下り道の方に歩き出す。
終わりが見えてきたからか、先程までと違い様々な思考が浮かんでは消える。
人と会ったらまず何を言おうかとか、受け入れて貰えなかったら不安だなとか。
やってることはこれまでと変わっていないのに、終わりが見えたというだけでも気がだいぶ楽になるものだ。
「…………!」
歩き出してから数分。
人間だった頃から考えればとてつもなく良くなった視覚が、その姿を捉える。
獣道の横手に生えている山菜らしきモノをかがんで摘んでいるお婆さん。
恋焦がれた……人間だ。
本心を言うのだったら全力で駆け寄りたい。が、それは悪手だ。
なにせ……
「……?……ひぃっ!?」
近づいてくる足音に気付いてこちらを向いただけで、腰を抜かすほど怯えられるのだ。もし駆け寄ったら、気絶でもしてしまうかもしれない。
とりあえず、お婆さんの錯乱が終わるまで待とう。ある程度冷静になれば、俺が手出しをする気がないことにも気付くだろうし、それが伝われば話も出来る……はずだ。断言出来ないのがちょっと怖い。
「く、来るでね!来るでねぇぞ!」
……今の自分が〈魔女〉、人間ではない化け物にしか見えないことは、理解している。
けどそれでも、普通の人間から怯えられ拒絶されるのは……結構辛いな。
「来るで……はえ?」
俺を近付けさせまいと両腕を振りながら、恐怖で目を瞑っていたお婆さんの顔に戸惑いの色が浮かぶ。そして、恐る恐る目蓋を開け、俺に目を向けた。
この感じだと、俺が襲おうとしてないことには気付いて貰えたようだ。ある程度落ち着いてもいる。
これで次の段階ーー対話に進むことができる。
話しかけたところで、また怖がられるかもしれない。怪しまれるかもしれない。
けど、ここで躊躇うことはできない。
ここの展開によって――俺の人生、いや魔女生が変わるのだから。
お婆さんが逃げ出したら、捕まえてでも理解してもらうくらいの意気込みで口を開く。
「ゥアアガァアア……」
……なのに、俺の口から出たのは、亡者の怨嗟のような、自分以外を拒絶するような……呻き声だった。
「ア、ァアア……(な、なんだこれ……?)」
思わず溢した疑問の声すらも呻きに変換され、発した俺ですら、その声からだけではそこに込められた思いなど欠片も見つけられない。
俺は、普通に喋ろうとしている。
いくら人間でなくなったとはいえ、一日で喋り方を忘れているはずもない。
ならば問題があるのは……この身体だ。
【獣兵型】は、喋らない。呻きと叫びを上げるだけ。
知性がないからだと思っていたそれは、本当は……喋るという機能が、それを行うための器官自体が、元から備わっていなかったから、だったのか……?
そして、喋れないのがこの身体の正常なのだとしたら。
俺は一生、喋ることが……人と交流することが、出来ない……?
「ひ、ひぃいいいーーッ!」
到ってしまったその予想に俺が呆然している中、お婆さんが立ち上がって、叫び声を上げながら走り出す。
先ほどの呻きで怖がらせてしまったのかもしれない。
「…………」
……止めなければいけない。
まだ、俺が普通の〈魔女〉と違うことを伝えられてはいないだろうから、このままでは〈戦乙女〉を呼ばれてしまう。そうなっては、あとは討伐されるのみだ。
そう頭では分かっているのに、身体は少したりとも動いてくれない。
そのまま山を駆け降りるお婆さんを、姿が見えなくなるまで見届けて……ふと力が抜けて、へたり込んだ。
自分でも把握しきれないほど、多くの感情が心に渦巻き、泣きたいような気分になる。
けど、そんな激情に晒されているのに……涙が出ない。
……それも当然か。
喋ることすら不要とされたこの身体に――兵器に、涙など備わっているわけがない。
自分がもはや人間ではないと、人に似た形をした化け物だと、現実を突き付けられてしまった俺は……放心したまま、ただ座り込んでいた。
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