第3話 〈戦乙女〉の中隊長


 ※〈魔女〉の分類名を【似人型】から【擬人型】に変更しました。


         ――――――――――――


 ガサガサ、と音を立てながら、獣道ですらない鬱蒼と茂った森を進む。

 目覚めた場所は森の中に開けた広場であったらしく、少し森に入ると乱立した大木と繁る蔦や雑草の群れのせいで、それまでが嘘のように見通しが悪く歩き辛い。

 脚や腕(ずっと持ち上げているのは辛いので下ろしているが、ほぼ引きずっているのに近い)に蔦や草が絡まり、その度に振り払うのに時間がかかる。唯一救いなのは、この身体の力が強いから一度で完全に振り払えることくらいか。


 ……けどこの森、どう考えても人の手が入ってなくないか?

 人里を目指すことが今の目標な訳だが、まさかここ、人も住んでないレベルの秘境とかじゃないよな……?

 無意識的に俺が死んだ上佐和市周辺の森か山の中にいるんだと思っていたが、普通に考えればそうじゃない確率の方が高いような……。


 ……よし、これ考えてたら気が滅入りそうだから、思考中断!

 知りたくなかった事実に気付いてしまった衝撃で止まった足を無理くりに再開させ、歩きだす。

 ……それに、人里がなければないで良いのかもしれない。

 人里に着いて、上手く共存ルートに入れればいいが、それ以外の展開になったら、俺か人間か、そのどちらかは傷つくことになる。そして、どう考えても後者の展開になる確率の方が高い。

 だとしたら、人里は見つからない方が双方にとって幸福なのでは?

 それでは俺は食料を手に入れられないが、最悪森の中からまだ食えそうな何かを探せばいい。

 むしろ、俺は一度死んで、人間としては完全に終わった。〈魔女〉として生に縋るよりも、このまま朽ち果てる方が、元人間として最善なのでは……。

 ――って、気が滅入りそうだからって思考中断したのに、もっと気が滅入ること考えてるし!

 意識ではそんなに辛さを感じていないつもりだが、やっぱりストレスとか溜まっているのか?

 まあそれは仕方ないにしても、やっぱり自分から生きるのを諦めるのは駄目だ。一度死んだのに、奇跡的にこうして存在しているのだから、その幸運を噛みしめなければ。

 そう自分に言い聞かせることで、少しストレスを紛らわせてみる。その効果のほどは、表層的なストレスではないので正直分からないが、何もしないよりはマシだと思う。


 とりあえず、今も目標は変わらずに人里の発見、そしてそこから人間との共存だ。

 いつも通り手で頬を叩いて気合を入れようとして……腕がこんなになってしまっていたことを直前に思い出す。なので代わりに顔をふるふると振って気合を入れる。

 よし、頑張るか!

 


□□□



「〈魔女〉が出現、しかも住民が襲われただと?」

「は、はい。近隣住民の避難用の人員はこちらが手を回すから、至急小隊を現場に向かわせ〈魔女〉を討伐するように。と、司令部から通達が……」

「そうか……とりあえず、その〈魔女〉の情報を司令部から受信してくれ」

「分かりましたっ!」


 部下が通信端末で司令部と連絡するのを尻目に、こっそりとため息を吐く。

 自分の責務であるため、文句など言わずに実行しなければいけないのだが、何だってこんな時に……、と思ってしまうのが止められなかった。



 私に付けられた名前は、騎李という。苗字は正直意味がないから名乗ることはほぼないため割愛しておく。一応、魔災省実働局関東本部所属Em2中隊隊長などという役職を与えられてるが、そちらも普通の人間ほどは意味がないものだ。


 何故なら、魔災省とは〈魔女〉対策のために設立され、〈魔女〉に関する災害である魔災の被害の防止、低減、被害地域の復興などの主な職務とする省庁。

 そしてそこの実働局ということは、魔災の現場にて〈魔女〉に直接対峙し、働くことの出来る者……〈戦乙女〉が構成しているということである。

 その例に漏れず私も〈戦乙女〉であり、いくら功績を重ねて昇進したとしても、幹部層へは決して上がれず、人間と比べて生活水準が劇的に変わるわけではないがゆえに、役職など部下の命を背負う責任と重圧が増えるだけの代物なのだ。



 三日前、私の率いるEm2中隊ともう一つ、あのいけ好かないロリコンが率いるEm3中隊は、この都市、上佐和市へと到着していた。

 その理由は、ここで起きた魔災の後始末である。

 〈魔女〉に襲撃された都市には、〈魔女〉を迎撃した後にも数日は〈戦乙女〉が留まることになっている。

 襲撃の際に〈魔女〉が何かしらの罠を仕掛けている場合や潜伏している場合があり、それらに即刻対応するためである。


 また、〈魔女〉は基本的に集団行動しない。つるむとしても、2~4体くらいの少数が基本だ。

 それが時々、集団で都市を襲ったり、何かを捜索するような行動をしたりすることがある。

 そういった時の〈魔女〉との交戦時の発言から、〈女王マザー〉と呼ばれる統率個体らしき存在がおり、集団行動はそいつの命令らしい。

 そんな集団行動の対象にされた都市、場所には〈魔女〉が狙う何かがあるとして、半永久的に〈戦乙女〉が常駐される。

 その狙われる何かは今の所解明されていない……と公式には発表されているし、魔災省内でもその認識で通っているが、流石に中隊長くらいにまでなれば、上層部が何かしら隠していることくらいは分かるようになった。

 それが何かまでは分からないが、公表されてないということは、世間が大混乱に陥るほどヤバイか……政府にとって都合が悪い代物ということだ。どちらにしろ、ろくでもないモノであることは確実で、知れば中隊長とはいえ単なる〈戦乙女〉である自分は消されてしまうだろうから深入りはしていない。



 そんな訳で、〈魔女〉による襲撃、しかも集団襲撃を受けたこの都市に〈戦乙女〉が訪れるのは特におかしくない。

 だが、今回はその規模が尋常ではなかった。

 通常、後始末に訪れる〈戦乙女〉は小隊――4~6人程度――が1つや2つ、集団襲撃の際でも、小隊が4つ程度だ。

 もう一度襲撃を受けた場合には撃退し、現地の戦力では手に余るほどの大群であった場合は時間稼ぎに徹し、最寄の本部、支部から応援を寄越す手筈になっている。


 それが、中隊――小隊6~8個分、つまりは平均35人程度――を2つも向かわせるとは、異例中の異例だ。

 しかし、その命令をした意味は理解できている。

 ここ上佐和市を襲った悲劇は、それに見合っただけのモノだったのだから。


「死亡者5万7682名、行方不明者7万3243名、重傷者547名、軽症者12名か……何度見ても酷いな」


 手元にあった人的被害報告を見て、何度目かも分からないため息を吐く。

 この都市の人口は13万人程度であるため、半分近くが死亡……いや、行方不明者の大半は者が大半だろうから、実質9割以上が死亡している。

 これほどの被害は、〈戦乙女〉が生み出され、迎撃態勢が整ってからは史上最大だろう。


 その原因だが、まず第一に、襲撃してきた〈魔女〉の数が多すぎた。

 観測されただけで276体、観測する前に暴れるだけ暴れて撤退したモノも含めれば、300以上はいるだろう。

 普通の襲撃どころか、今までの集団襲撃とすら桁が違う規模だった。

 これだけでもとんでもないことだが、さらに、〈戦乙女〉による防衛・迎撃が大幅に遅れてしまった。


 今回の襲撃だが、襲われたのは上佐和市だけではない。

 上佐和市周辺の目立った都市、そのほとんどが10~20体の〈魔女〉に襲撃され、直近の実働局関東本部の〈戦乙女〉のほとんどがその対応に出動していた。

 それらの襲撃から遅れて起きた上佐和市の襲撃にすぐ向かえる戦力が基地に残っておらず、他の所も襲撃が終息していない以上、上佐和市へと駆けつけられなかった。


 更には、〈魔女〉が上佐和市の周辺に〈魔女〉を探知できる設備や送受信される電波を妨害する装置を設置したため、襲撃を感知できず、救難の声も届けられず、最早手遅れになるまで襲撃が露呈しなかったが故に、ここまで被害が拡大してしまってた。

 他都市の襲撃を終息させて他の場所に応援に向かっていた〈戦乙女〉がショートカットのため、たまたま上佐和市の近くを通らなければ、もっと露呈が遅れていただろう。

 その〈戦乙女〉から襲撃の報告を受けた上層部は、その規模に慄き、苦肉の策として基地の常備戦力を向かわせたが……全てが遅かった。

 もう都市の全てが蹂躙されており、他の都市の襲撃を片付けてきた〈戦乙女〉達と共同で掃討は行ったが、それで殺された住民が戻ってくるわけでもないのだから。



 こうして現代において最大最悪の魔災は終息したが、そうなると今度は、後始末の時間が訪れる。

 今回の件について、日本政府や関東本部のお偉いさん方は揚げ足を取られながらメディアに突っ込まれることになるだろうが、彼らはその場その場で最適な判断をしていたと思うし、私には関係ないからそこはどうでも良い。


 関係あるのは、私に割り振られた仕事に関するモノだ。

 この都市に到着している二つの中隊に与えられた任務の一つは、あまりの崩壊具合に入ってこれない重機の代わりに瓦礫や倒木の撤去をすること。あとは、瓦礫の中に生存者がいないか捜索し救助、生存していなかったとしても死体の回収だけでも行うことだ。

 普通の災害だったら、いや、魔災でも通常の規模なら、こういう仕事の多くは自衛隊の仕事で〈戦乙女〉は手伝いくらいなのだが、今回はあまりにも多くの箇所で被害が出ており人手が足りていないため、〈戦乙女〉も多数動員され、主体となって動いている。


 また、他の多くの都市に少数で襲撃して〈戦乙女〉を誘き出してから大量の戦力で仕掛けてきたことや、情報を封鎖して救援を遅らせたことから、ここ上佐和市の襲撃の目的は完全に“住民を皆殺しにする”こととしか考えられない。

 その理由となったのが“ここに住んでいる人々”、あるいは“詳しい特徴は分からないがここに住んでいることだけは確実な人”などであった場合、生存者がいる以上、もう一度ここが襲われるかもしれない。が、だからと言って別々の場所に散らばらせれば、今度はもっと広範囲に被害が広がる可能性もある。

 そう判断した政府のお偉いさんたちは、生存者をこの都市の一区画に急造した仮設住宅に避難(という名目の監禁)させ、この都市に〈戦乙女〉を大量に派遣することで、〈魔女〉への緊急対応策とした。

 私たちにとっては、どちらかと言えばこちらの方が主な任務となる。


 ……もし都市が復興したとしても、生存者たちは今と同じようにこの街に強制的に縛り付けられ、〈魔女〉がここを襲った理由が究明されるか、数十年ほどの年月が経たない限り、この都市から出ることすら不可能だろう。

 あの魔災で生存出来たのは確かに幸運だった。

 だが、魔女に襲われたという悪評のためにこれまでほど発展は望めないだろうこの街での生活を強制されるのは、はたして幸運なのだろうか?

 ……国防のために必要なことだと理解はしているが、それでも後味が悪い感覚は抜けなかった。



「中隊長、司令部との連絡終わりました!」

「……そうか。位置は?」

「ここです」


 今回の魔災について物思いに耽っていた私は、かけられた言葉により意識を現実に引き戻した。

 声をかけてきた部下、私直属であり部下の中でも特に長い付き合いである香漣の方を向き、〈魔女〉討伐のため、本部から送られてきた発見場所や発見時の状態などのデータを確認していく。

 

 発見場所はここ上佐和市から数km先にある山の中腹付近。その山には上佐和市と他の都市を繋ぐ国道は通っているが、それ以外に何も施設はなく、森も整備されていたりしない。せいぜい、麓にある村の住民がたまに山菜を取りに入るくらいらしい。

 今回〈魔女〉を見つけたのも、そんな理由で山に入った老婆で、獣道を歩いているとばったり出くわした。

 その老婆は、“腕が刺々しい異形だった”“大きな尻尾が生えてた”と〈魔女〉の特徴を語っており、それらの特徴から恐らく【獣兵型】だろう。


 〈魔女〉は、その特徴から【獣兵型】と【擬人型】の二つに分類される。

 異形具合が高く、角と鎧をデフォルトとして肉体の一部が異形になっていたり肉体のパーツが追加されていたりするのが【獣兵型】である。

 “獣兵”と名付けられているように、“獣”と同程度の知性・理性しか持たず、“兵器”のように人間を抹殺するという単一の行動以外を取ることはほぼない。


 それに対して、異形具合が低くほとんどの場合角と鎧程度であり、自身の異形の肉体で襲い掛かる【獣兵型】と違って、攻撃手段として“武器”を生成することが出来るが、【獣兵型】と比べれば基礎戦闘力が低いのが【擬人型】である。

 その代わりなのかその知性は高く、個体によっては人間どころかコンピュターをも超えるほどであり、大局的に見た脅威度はこちらの方が高い。

 比率的には8:2程度であり、そこらの山中で遭遇したというのなら【獣兵型】である可能性の方が高く、そこにおかしな点はない。

 だが……


「その〈魔女〉、【獣兵型】だというのに目撃者に襲い掛からなかったのか?」

「はい。しかし、その特徴から【獣兵型】で確定です。口から出た言葉も唸り声などだけだったそうですし……」

「ふむ……」


 だが、【獣兵型】が“発見された”というだけでもおかしいのだ。

 【擬人型】なら納得しただろう。人間と同等以上の知性を持つのだから、何か考えを持って見逃したのかもしれない。

 しかし、【獣兵型】にそんなことを考えるだけの機能はない。彼女らは目の前に人間がいたのならば反射的に襲い掛かり、その一切を殲滅する。

 故に、一般人に“発見される”などということは本来あり得ない。【獣兵型】が発見されるのならば、〈戦乙女〉が哨戒中に見つけるか、異形により殺害された痕跡がある一般人が見つかり、そこから捜索されるくらいかしかない。

 なのに、今回は出会った後に襲うこともせず、じっとその場に留まっていたらしい。老婆も不審には思ったが、唸り声をしきりに溢しながら近づいてこようとしたため、逃げ帰って来たそうだ。


「……不可思議だが、ここで考えていても何もならないな。Em2-1とEm2-4小隊を招集しろ」

「司令部からの指令は小隊一つですが……」

「今回の個体は、前例にはない特徴がある。何が起こるか分からないのだから、戦力はできる限り多い方がいい。司令部には私から掛け合うから、お前は招集を」

「わ、分かりました!」


 駆け出していく香漣を尻目に、通信機で司令部と連絡を取り、2小隊を派遣することと、更には私も現場に向かう許可を貰うために交渉する。

 最初は渋っていた司令部だが、懇切と説得し、最終的には許可が下りた。

 ……常の私ならここまではしなかっただろうが、今回の大襲撃に不安定になっているのか、何故だかここまで対策を取ろうとしなければいけない気持ちになっている。

 ……そして私は、この対策が正解だったとこの後、知ることになる。


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