ぼんやり
僕はぼんやりとまるで景色の一部であるかのような気分でその人を見つめていた。
その人もまた白い鞄を膝に乗せぼんやりと外を眺めながら、七人乗りのシートの端のほうにちょこんと座っていた。
確かあのかばんはキャンパストートバッグって言うんだっけ。
そんなことをぼんやりと考えていた。
彼女のことはこの春、僕が大学2年生になってからよく見るようになった。
朝、最寄りの駅を八時二十五分に出発する電車に乗ると彼女は大体そのお決まりの場所にいる。そして僕が電車から降りるまで白い鞄を膝に乗せぼんやりと外を見ているのだ。
彼女はいったいどこからこの電車に乗り、どこまで乗っていくのだろうか。ふとそのことを疑問に思うようなことはあっても、すぐに怠惰な自分がまあいっか、とぼくに囁く。
そんな日々がいくらか続き、冬になった。
相も変わらず彼女は同じ場所で同じようにぼんやりとしていた。
僕も変わらず彼女を時々見ながらぼんやりとしていた。
「三畑、三畑に止まりまーす。お出口は右側になります。ご注意ください。」
気怠さを隠そうともしないアナウンスが流れるとドアが緩やかに開いた。
「うんしょっと、」
そして手押し車を引いたかなり年を召していると僕には感じられるような人がゆっくりと乗り込んできた。
ちょうど彼女が座っている席の真横のドアである。
その時事件は起こった。
彼女がすっくと立ち上がったのだ。
そしてそのご高齢の人に彼女は手を差し伸べると
「こちらの席へどうぞ!」
と満面の笑みで言ったのだ。
僕は霞が晴れていくかのような錯覚を覚えた。
明日もし同じ電車に乗ったら話しかけてみようかな。
ぼんやりとそう思った。
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