緑
ふと目が覚めると僕はそこに立っていることに気が付いた。ここがどこかはわからない。見たこともない。だが僕は不思議な安心感のようなものに包まれながらそこに立っていた。首を回し、腕を曲げ伸ばしし、足踏みをし僕の体が僕の体であることをまず確かめた。そして、うーんと伸びをした。
そうしてあたりを見回してみたら、すぐ右側にかつて好きだった女の子、僕の魂の告白を受け入れることなく僕の下を去っていった女の子が立っていることに気が付いた。
不思議なことに僕の心は彼女に腹を立てるでもなく、かといってなぜ去ったのかと問い詰めたりすることもなく、ただ少しの嬉しさをにじませただけであった。
「行こう」
彼女はどんな宝石もその輝きの前には石ころにしか見えないような笑顔を浮かべてそう言った。僕の耳には彼女の声は聞こえなかった。だが彼女の口の動きと僕の手を引く動作から彼女がどこかに行きたいのだということはわかった。
彼女に手を引かれ、僕は今の今まで居たところから一歩踏み出した。
その瞬間、世界は輝き始めた。
僕と彼女しかいなかった真っ白な空間に、たくさんの木や草々、人やイヌやネコやシマウマが現れ、空は青く染まり、虹がかかった。
僕たちはそんな場所を一緒に走った。
風よりははやく、光よりは遅く。
僕はこんな幸せな時間が永遠に続いたらいいのに、とぼんやりと思った。
気が付くと彼女と僕は川べりに座っていた。
彼女は走って暑くなったようで、手でパタパタと自分の顔を仰いでいた。僕は彼女の赤くなった頬をリンゴのようであるな、と思いながら、眺めていた。
川にはタコのような生き物と座布団のような大きさのカレイが悠々と泳いでいた。
「あの貝はなんと言うんだい」
気が付くと僕と彼女の間には麦わら帽子をかぶり全身淡い緑色の服を着た見も知らないおばさんが座っていた。その指さす先には、さっきのタコのような生き物が二匹ととても大きな巻貝がいた。どうやらその巻貝はタコのような生き物に食べられようとしているようであった。
「アンボイナ貝じゃないですかね」
心の中で、知らないしそれにしては大きすぎるけど、と僕は付け足しながら答えた。
その瞬間、横にいたはずの彼女が川の中にいるのが見えた。
僕ははっとして横を向いた。
そこには何もいなかった。
僕はすぐに彼女がいる川へと向かった。僕が着く頃には彼女は川から上がっていた。そして彼女が川から上がると、その姿は豹になった。
彼女はそのまま気持ちよさそうに走り去っていった。
一人佇む僕を置いたまま。
僕はそこで自分が寝ていたことに気が付いた。
目が覚めた。
不思議なこともあるもんだなと思いながら、僕は朝ご飯を食べるため一階へと降りて行った。
そこにはさっきのおばさんがいた。
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