第6話 初めて“死神”を振りかざす

 高坂が初めて“死神”を──人殺しをしたのは初めて黒いもやと会話をした日だ。

 黒い靄との契約を結ぶと、体の所々から漏れるように揺らいでいた黒い靄が、全身を包むほどに増した。それと同時に高坂を酷い倦怠けんたい感と痺れ、激痛が襲う。


 ──その時に事故は起こった。


 黒い靄からくる苦しみに高坂が大きくうめき、のたうち回っているとおじさんとおばさんが寝室から高坂の部屋まで飛んで来てくれた。しかし、それがいけなかった。


 高坂の部屋は小さな台風に襲われたかのように荒れていた。タンスは壊れ、中身の服は破れて散乱している。ベッドはくの字に叩かれ羽毛が部屋を舞っている。本棚も倒れて本が床に放り出されていた。

 元々物の少ない部屋ではあったが、“黒い靄の化け物”が暴れ回るせいで部屋は原型を留めていなかった。

 高坂のおじさんとおばさんは、悲鳴をあげることも腰を抜かす間もなく化け物に襲われた。右腕らしき黒い塊が二人の顔に飛来し、頭蓋骨の中身を廊下へとぶちまけた。赤黒い血が際限なく廊下に流れ出す。腐敗した臭いが高坂の部屋にも侵入してきたが、化け物はそれに顔を顰めることもなければ、気づくことも無い。


 おじさんとおばさんを殺した後、化け物はのたうちまわるように家の中を破壊していった。

 すると、近隣の住民が異変に気づき警察に電話をしたのか、高坂の家の周りを十数台のパトカーが囲んでいた。

 しかし、高坂に黒い靄の化け物を抑えることはできない。高坂は自分と……“死神”と向き合うことに必死だった。



 その翌日、高坂はどことも知れない空き地に目を覚ます。昨日の悪夢が脳内にちらつき、体が酷く重かった。その身体を酷使して人通りのある道に出ると電機販売店の前に設置された大型ディスプレイの前に人集りが出来ているのを認めた。

 映し出されていたものを目にして、高坂は悪夢が現実だったことを確信してしまう。


 23人の警察官が死亡。2人の一般人が死亡。重軽傷18人。


 簡単なニュースの概要だ。

 高坂は苦痛に歪む記憶の中から曖昧だが自分のやったという記憶を見つけ出す。

 ディスプレイの前に、まだ人が集っているというのに高坂は嘔吐した。えずきが止まらない。涙と鼻水が顔を滴ってコンクリートに染みをつける。頭がぐちゃぐちゃに掻き回されて、全身が疼痛とうつうに苛まれる。

 身体に力だ入らなくなり高坂はそこで意識を失った。



 一週間後に高坂は病院のベッドで目を覚ます。

 警察から事情聴取を念入りにされたが、高坂は黙りを決め込んでいた。都合よく警察は傷心の子供としてそれを見つめていたが、高坂の心は違う。

 病院で目覚めてからは“死神”を上手く扱うことが出来るようになっていた。“死神”による怠さや億劫さは感じたが、それは全く問題にはならなかった。


「よう相棒。派手にやったなぁ」と、可笑しそうに低いとも高いともつかない声が頭の中で笑う。

「……」


 高坂はそれに何も答えなかったが、“死神”が勝手に頭の中を覗いたのだろう。独白どくはくのように言葉を紡いでいく。


「そうだ、オマエは正しい。もう発車しているんだよ、両親を生き返らせるための汽車は。もう止まることは出来ない。ゴールに向かって走るだけさ」

「……僕はもう、無為に人を殺すことはしたくない」

「甘ったれてんじゃねえぞ。と、言いたいとこだがなぁ……人間ってのはどうも弱気でいけ好かねぇ。時間はかかるが、少しだけお前の頼みを聞いてやるよ」


 そうして“死神”が提示したのが青い文字と赤い文字だ。今まで死神に寄生されてきた人間も、高坂と同じことをわめいて“死神”に懇願こんがんした。

“死神”は宿主に少しでも応えるためにこのシステムを確立した。大抵の宿主はシステムに満足と言わずとも、及第点や打開策として受け入れた。『しょうがないよね』という言葉を忘れずに添えて。

 それは、高坂も例には漏れなかった。

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