覇王様、この世界の事情を知る②


 俺と母上達は再度テーブルの席に着き、向かい合う。


「それでロアちゃんは何が知りたいの?」

「もちろんすべてを知りたい」


 母上の質問に、俺は即座にそう返した。


 こう見えても、俺は知識欲が豊富な男なのである。

 前世では勉学のために、よくしもべのラルバ達に全世界に散らばる書物を集めさせてきたものだ。

 あ奴らはあれ以降俺のことを影で『知欲の権化(傍迷惑なアホ)』などと呼び、一層慕うようになったことから、自分の偉大さを改めて認識したのを今でも覚えている。

 しもべ達にとって、やはり俺は自慢できる主だったのだろうな。


「う~ん……すべてって言っても、私達も知っているのは常識の範疇でしかないからね……それでもいいの?ロアちゃん?」

「うむ、全然かまわないとも、母上!」

「そう?それならまずは基本のことから教えてあげるわーー」


 そう言って、母上は俺にこの世界の事情についてを教授し始めた。


 この世界に侵略者アグレッサという生物が姿を現したのは今からおよそ一世紀以上前のことらしい。


 当時、まだ第二次世界大戦が終わったばかりのことであり、世界は再興の只中にあった。そんな折、突如として侵略者は曇天の夜空に巨大な空間断裂を引き起こし、異界より現れたのである。


 世界中に現れた侵略者達はただ破壊と殺戮の限りを尽くしたそうだ。生きとし生ける生物を殺し、人類の生活領域を壊し、自然を燃やした。

 奴等の一動作一動作が人も、街も、大地も、何もかもを一切合切吹き飛ばしたという。


 当然だが、この世界の人もただ黙ってやられていたわけではない。

 ある者は己の鍛え上げられた武を以て挑み、ある者はこの世界の技術の粋を集めた兵器で殲滅を試み、そしてある者は知を頼りに打開策を考えた。

 しかし、結局は彼等のほとんどが失敗したそうだ。


 おとぎ話のようなファンタジーの世界の人外生物である侵略者にはか弱い人の鍛えた武など効きはしなかった。それどころか、彼等には現代技術で作られた兵器群もほぼ効果が薄く、倒せたのはせいぜいが下位に属する侵略者達だけであったのだと。


 そんな結果しか出せなかったとあっては、無論のこと人類は蹂躙されることになる。

 ほぼなすすべもなく、まるで象が蟻を踏みつぶしていくかのように。


 ただ、そんな侵略者の侵攻もある日を境に止まることになった――異能者の登場によって。


 侵略者とほぼ同時期に突然各国で現れるようになった超常の力を発揮する人々。

 現代兵器すらほとんど効かなかった侵略者の身を守る不可視の壁に彼等の持つ異能という力だけは効果が抜群だったのだ。

 そのことに気が付くと、彼等は身に宿ったその力を武器に侵略者達からの侵攻に抵抗を始めたという。

 戦闘は苛烈を極めたが、結果は異能者達が見事奴等の侵攻を食い止めることに成功した。


 それから各国は異能者達の英雄的行動を称えると共に、直ちにこの人類史上最大の敵である侵略者の解析、それから突如として天から与えられたのかというタイミングで現れた異能という力の究明に力を注ぐことになった。

 人類一帯で協力関係を築き、各所に研究所を設けては日夜研究に没頭していったのだ。


 また、それと並行し世界は一丸となり侵略者が再度現界した時に対抗する戦力を要する組織――国際侵略者討滅機関『エスペランサ』を設立。

 異能を持つ人間はこの組織に登録することで侵略者を駆逐するための戦士――討滅師アニヒレータ―と成れるようになったのである。


 そして現代、戦いは今も続いており、各国では異界より突如出でては暴れる侵略者を相手に討滅師達が活躍しているそうだ。


「――と、ここまでは広く知られている常識的なことかな」

「……平和なこの世界にもなかなかに殺伐とした現実があるものだな。――それにしても、なぜ常識に当たるような知識を母上は今まで俺に隠そうとしたのだ?」

「……」


 今日一番に聞きたかった核心の質問に母上は少しだけ黙り込んだ。

 目を閉じて、何かを回顧する様子を見せる。

 一秒、五秒、十秒……しばし沈黙が続いたが、ようやくそこで母上はポツリと俺に返事した。


「……ロアちゃんが前世保持者エグジスターだからよ」

「それってさっきも言ってた……」

「ええ、そうよ。ロアちゃん……あなたは前世の記憶を持っているのでしょう?」

「なっ!?」


 母上が突如として指摘してきたことに俺は一瞬思考を止めることになる。


 俺は転生してから一度も家族に自分が前世の記憶を持った転生者であることは言っていない。加えて、常に日常生活では自重・・を意識し、魔法の使用だって控えている。

 なぜなら、この世界でそう言ったものはすべてフィクションの中でしかないと思っていたから。だから、あまりにも突出しすぎた行動で目立つことを避けていた。

 何より俺の平穏と悠々自適な生活のためにも!


 だが、俺の入念な用心はどうやら母上には通じていなかったようであった。


「ロアちゃんは疑問に思わなかった?どうして私達が生まれたばかりのロアちゃんが喋ったことやたった数日で立ち上がれるようになったことをああもすぐに納得できたかを?」

「それは……」


 確かに思わなかったと言えば嘘になる。

 赤ん坊時代は確かに非常識どころか、もはや頭逝っちゃてるレベルで異常な奴と見られてもおかしくはない行動を取っていたのは、この世界で過ごしていれば理解できることであった。なにせ生まれて早々に自我があり、普通に親とまともな会話を繰り広げ、さらには赤ん坊なのに変に礼儀正しいとくれば、それはもうあれだ……ギ〇スブックに載れるだろう。


 タイトルは『衝撃記録樹立!0歳にして、大人顔負けの言葉と礼儀を持つ赤ん坊現る!』か?


 普通なら、自分達の子であったとしても、気味悪がるはずである。

 しかし、母上や父上はそんな風には少しも思うことなく、俺に愛情を注いでくれていた。

 当時はただこの両親が親バカな能天気人間だと思っていたが……どうやらきちんと理由があったようだ。


「前世保持者というのはね……」


 母上は続けるように、また説明を再開した。


 前世保持者――異能者の中に稀に現れる前世の記憶を持つ者達のことを指すらしい。

 といっても、話を聞く限りではどうやら大半は断片的な記憶持ちばかりであり、俺のような完全な転生者という訳ではないようだ。


 彼等は一般人や他の異能者達と比べ、身体の成長が格段に早いという特徴があるという。それは異能のパフォーマンスをより発揮できるようにするためだと考えられており、その事実を示すかのように前世保持者達は基本誰もが強力な異能を持って生まれるそうだ。

 さすがに俺のようにいきなり生まれてすぐに話をする存在は珍しいというか、今まで聞いたこともなかったらしいので、最初は驚いたようだが……。


 このように前世保持者は通常の異能者と比べても大変優れた力を持つ存在である。

 当然のことかもしれないが、そのような者達を侵略者討滅を目標に掲げるエスペランサという国際組織が放っとくわけがない。さらには、なぜか前世保持者は皆が英雄願望を持ち、善心的行動を取りがちになると言われている。

 だからか、得てして彼等は討滅師と成り、侵略者との闘争の世界に踏み込んでいく傾向にあった。


 実際問題、それが悪いことかと言われれば、別にそんなことはなく、むしろ世間的に見れば羨ましがられることだろう。なぜなら、現代では討滅師は若者にとっての憧れの職業と言ってもよく、またかなりの高給取りなため、人気があるからである。


 しかし、母上にとってはまた違った思いがあったようだ。


「――私はロアちゃんをあんな死が身近にあるような世界に行かせたくなかった」


 瞳を潤ませ、ギュッと唇を噛みしめながら、母上はポツリと想いを吐露した。


 その必死な様子の裏には何らかの事情がありそうだと、俺はすぐに察する。


 すると、今まで俺達の話を黙って聞いていた父上が母上の背中を摩りながら、追従するように会話に参加してきた。


「ロアも薄々は気づいていると思うが、亜紀は異能者だ」

「……」


 父上の話に俺は黙って頷く。

 それは天霧の頭部を覗いた時から、感づいていたことだ。


「それだけじゃなく、亜紀は一時期討滅師だったこともある」

「母上が?」


 それはさすがに意外だった。

 見た目や性格からいかにも戦闘には向いてもいなさそうな母上がまさかあんな気味悪い生物と戦っていたと言われては驚かないわけがなかった。

 まぁ、怒ると俺の防御を貫通するほどの拳骨を繰り出すことができるが……。


「ああ。亜紀の家は昔から異能者や討滅師を多く輩出する名家でな。亜紀もその例に漏れず家の方針で討滅師になったんだ」

「……」

「……ただ、討滅師というのは世間的に見られている良い面ばかりの職業ではない。彼等が向かう侵略者が蔓延る戦場は常に死と隣り合わせの危険に満ちたこの世で最も地獄と表現してもいい場所だった」

「……母上に一体何があったというのだ?」

「……亜紀は討滅師になった直後に同期の友人達を全員目の前で殺されたんだよ」

「ッ!」


 衝撃的な返答に俺は閉口した。


 父上は未だ母上を撫でながら、言葉を続ける。


「亜紀は自分と同じ思いをロア……お前に経験させたくなかったんだ。だから、ロアが前世保持者だと気がついた時から、できるだけお前にはこの世界の事情を隠そうと決めた――ロアをあの道に進ませないためにも」


 ……なるほどな。

 母上や父上の想いは分かった。

 大事な子供を心配するあまりに、あんなにも過保護になっていたのだろう。

 俺は両親からの深い愛を感じて、嬉しくなった。


「……やっぱりロアちゃんも他の前世保持者みたく英雄になりたいかな?」


 全てを聞き終えた時、母上が恐る恐るといった顔つきで尋ねてきた。


 ふむ、先ほどから思っていたが、二人はどうも俺という存在を誤解している節がある。


 英雄?ふふ、笑わせてくれる。


 だから、俺はきっぱりと二人に宣言した。


「そもそも俺はそんな道に進む気はないし、英雄になどさらさら興味ないぞ?」

「「えっ?」」


 どこかシリアスな雰囲気が広がっていたリビングに拍子抜けしたような空気が流れる。

 俺の返答が意外だったのか、二人は目を点にして、間抜けな表情を作っていた。


 いや、なぜ俺がわざわざそんな波乱万丈の日常に飛び込まないといけないのだ。

 せっかく、平穏で悠々自適な生活を求めて転生をしたというのに、それを自ら壊すはずがないだろう。


「俺は今の生活が心底気に入っているし、なにより家族以外の面倒を見るつもりなどほとほとない。誰が好き好んで他人のために自己を犠牲にしなければならないというのだ。そういうのは高潔な魂を持った奴にでも任せとけばいいのだ」

「えっと……あれ?ロアちゃんは前世保持者で合ってる、よね?」

「うむ、一応母上の言った前世保持者の定義では俺はそれに該当するだろう。だがしかし!俺は別に人々のために討滅師になって侵略者などというあの気持ちの悪い生物と戦おうなどとは思わないし、英雄などと呼び囃されて人々から称えられることもまっぴらごめんだ!――俺はこの家でただ起きて、食って、遊んで、寝るだけの悠々自適な生活を謳歌して、一生を過ごしたい!」


 ふはは!どうだ、この何とも平凡で飾り気のない素晴らしい夢は?

 俺のこの決意を聞いてしまえば、母上や父上の心配も無くなるだろう。

 さらにはずっと家族のそばにいるという誓いも立てたのだ。

 二人は感動のあまり涙を流してくれるに違いない!


 さて、母上達の反応は――


「ど、ど、どうしよう!アル!ロアちゃんがこの年でもう将来のニート候補になっちゃたよ!?」

「だ、大丈夫だ、亜紀!まだ矯正は間に合うはずだ!」


 あれ、なんか思ったのと違う。


「……」


 まぁ、二人から憂いの感情が取れたのなら別にそれでもいいか。

 ……憂いのベクトルが違う方向に向いたともいうが。



 ただ、この時の俺はまだ知らなかった。

 まさか、俺が自分の意に反してまで、波乱に満ちた世界に飛び込むことなろうとは。



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