覇王様、この世界の事情を知る①



 侵略者アグレッサを倒した後、俺はそのまま家に直帰した。


 侵略者のことやあの犯罪者のことは天霧が警察に連絡をして、説明や引き渡しをしてくれたらしい。

 らしいというのも、俺はそのまま帰ったため、あの後の状況を把握していなく、その後電話で天霧から聞いただけのことである。随分と怒った様子で嫌味やら罵倒やらを繰り返し、正直何を言っているのか大半は理解できなかったのだが……。

 カルシウムが足りない奴である。


 そんなこんなで夕食には家への帰宅が間に合った俺は、家族で食事をした後、現在は母上と父上をリビングに呼び、向かい合っていた。

 ちなみにアリスはもう部屋のベッドで夢の世界へと旅立っている。

 

「えっと……話があるって言ってたけど、どうしたのロアちゃん?」

「うむ、そうなのだ、母上。実は今日、興味深いことに遭遇してしまってな」

「興味深いこと?」

「ああ……母上や父上は異能者や侵略者というものを知っているか?」

「「!?」」

 

 俺の質問に対し、母上も父上も顔を強張らせ、体を硬直させた。

 二人のその動作だけである程度の予想がつく。


 やはり元々知っていたのだろうと。

 

 そもそも天霧が言うには、異能者や侵略者はこの世界では常識になるくらいのことなのだ。

 この世界を俺より長く生きている母上や父上がそれらについての知識がないわけがなかった。


 そこで問題になるのが、どうして俺に一言もそれらを教えなかったのかということだ。

 

 俺の知識習得の場は常に本のみだった。

 それも二人が買ってきたものや貰ってきたものばかりである。

 現代の通信機器であるスマホやパソコンは禁止されており、俺はまだ使用したことがない。加えて、テレビを見れるのは基本家族が揃った場所だけと決まっていた。


 今考えれば、母上や父上は露骨に何らかの情報を俺やアリスに教えるのを避けていた節がある。

 そして、おそらくそれが今日知ったことなのだろうと、俺は推測していた。


「ろ、ロアちゃん……な、なんで急にそんなことを?」

「ん?いや、今日その侵略者なる存在に出会ったのでな」


 ひどく動揺した素振りで質問してきた母上に対し、俺は素直に返事をする。

 すると、唐突にパニックに陥ったかの様子で、鬼気迫る表情を浮かべて立ち上がった母上が机を飛び越えて俺に抱き着いてきた。


「え!?嘘でしょ!?大丈夫だったのロアちゃん!?怪我はない!?頭は大丈夫!?腕はある!?足は千切れてない!?」

「ちょっ!?母上!?別に俺は傷一つついてないから平気だぞ!?」


 母上は興奮した様子で俺の体を上から順々にまさぐっていく。

 その目にはどこか恐怖と焦りが浮かんでおり、必死の様子で俺の生存を確かめようとしていた。


「おい!亜紀!落ち着け!ロアは俺達の前でちゃんと生きてるだろ!」

「あ、アル……」


 母上の恐慌を父上が優しく後ろから抱きしめることで止める。

 それで少しは落ち着いたのか、母上は父上の胸に頭を預けて、精神を沈めていった。


「……それでだ、ロア。お前は今日本当に侵略者に遭遇したんだな?」


 まだ完全には精神が安定してない母上から引き継ぐように、今度は父上が話を主導していく。

 

「ああ、ここから結構離れた場所にある緑林地帯の近くにいきなり出てきたんだ」


 俺は乱れた服を整えながら、父上の質問に頷いた。


「ここから結構離れた場所って……お前一体なんでそんなところまで行ったんだ?」

「うむ、実は天霧が不審者に攫われているところを目撃したのでな。それを救出しに行っていたのだ、父上」

「天霧ちゃんって、確かお前と小学校で一番仲がいい子だよな……ってその子が攫われた!?しかもロアが救出!?」


 俺の言葉に驚いた様子で、父上は声を荒げる。


 にしても父上は何を勘違いしているのか。

 ただ食卓で毎回あ奴から受ける決闘騒ぎについてをひたすら愚痴っていただけだけのことで、なぜ俺と天霧の仲がいいという話になるのやら。

 誠に遺憾である。


 そんなことを思っていると、父上から珍しく叱責が飛んできた。


「ロア!子供のお前がなんでそんな危ないことをしたんだ!そこはまず親である俺達や警察に連絡してから行動するべきところだろ!」

「……別に俺にとってはそれほど危険とは思わなかったのだよ、父上」

「ロア自身が危険だと思う、思わないとかじゃないんだ!俺達親は子供が勝手にそんなことをしていると考えたら心配する生き物なんだよ!」

 

 父上が嘘偽りのない真剣な想いを吐露する。


「…………すまなかった、父上」


 そんな父上の姿を見た俺は、気が付けば素直に謝罪を口にし、頭を下げていた。

 あまりにも強い思いの丈が伝わってきて、これ以上の言い訳ができなくなったのだ。


 覇王であった俺がこうも簡単に頭を下げるなど本来はありえないことなのだが、正直今はそれほど悪い気分ではない。前世では味わったことのない親愛の情というものは、存外俺に心地いい安らぎを与えてくれるのである。


「……反省してるならもういい、ロア。俺も大きな声を出して悪かったな」

「平気だ、父上。俺も少し考えが足りなかったようだからな。せめて母上か父上には知らせるべきであった」


 俺の言葉を聞いた父上は先ほどの厳つい表情からどこか安心したような笑みに変わり、ほっと一息ついた。

 そして、話を元に戻すように尋ねてくる。


「……それでロアは異能者や侵略者についてを聞きたいんだったか?」

「うむ、天霧からは少しの概要だけを説明されたが、それ以外のことは詳しく知らないのだ」

「……そもそもロアも天霧ちゃんも無事ってことは侵略者は倒したってことでいいんだよな?」

「当然だろ、父上。あの程度の雑魚に俺が負けるとでも思っていたのか?」

「雑魚……」


 全く父上も無粋なことを言ってくれる。

 俺があんな小物に後れを取ると思っていたのだろか?

 二人には俺の力をほとんど隠しているとはいえ、随分と舐められたものである。


「やっぱりロアちゃんも前世保持者エグジスターということなのね……」


 ポツリと静まった空間に母上の小さな呟きがこぼれた。

 復調したのか、父上の胸の中からゆっくりと離れ、俺に振り返る。

 もう先ほどまでの焦燥と混乱に満ちた様子はなく、今は普段通りの母上に戻っていた。


 それにしてもなんだ?

 また意味不明な単語が出てきたぞ。


「前世保持者?……母上、一体何だそれは?それも異能者や侵略者とかに関係があるのか?」

「……これも私達があなたに情報を封鎖していた附けね。私も覚悟は決まったわ。今日はロアちゃんが知りたいことをとことん教えてあげる」


 母上はそう言って、屹然とした表情を浮かべた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る