覇王様、遭遇する④


「ナ、騎士爵ナイト級がどうしてこんなところに……」


 恐怖に慄く様子でチビが言葉を零す。


 ふむ、先程からこ奴は何かを知っている様子だな。


「おい、チビ。なんだあのヘンテコな生物は?」

「か、上終ロア……君はあれを知らないの?」


 いつものお決まりの返しをせず、なんかやたらと驚愕した表情を向けられた。


 失敬な奴だ。

 最近はより賢者に近づきつつある俺だが、残念ながらこの世の全てを知るわけではない。

 世界の記録アカシックレコードに手が届くのはまだまだということである。


 ……この世界にそんなのがあるのか知らないが。


「知らないから聞いているのだろう。さっさと教えろ」

「お、教わる態度じゃないでしょ……なんでいつもそんなに偉そうなのさ」

「ふっ、当然だろ。俺は生まれながらにして偉いのだからな!」


 俺の変わらない態度を見てか、チビは少しだけいつもの調子を取り戻した。

 呆れたようなため息を吐いて、空に浮かぶ生物を教授してくれる。


「何言ってるのさ……はぁ、あの生物の名前は《侵略者アグレッサ》。この世界とは違う異界から現れてはとにかく破壊と殺戮を繰り返す人類の敵だよ」

「……ほう、なんだ?この世界にも意外に物騒が蔓延っていたのだな」


 魔術や魔法、それに魔物や様々な種族が存在していた俺の前世はこの世界風で言うならばファンタジーと呼ぶらしいが、今俺の目の前に広がっている現実も十分にファンタジーである。


 正直な話、転生してからあまりにも違いすぎる世界観に時たま疎外感を感じたこともあったが、なかなかどうして前世に似た空気もあることに、俺は嬉しさを覚えていた。

 あれほど嫌であった前世にもかかわらず、無くなって初めて寂しさに気づくとは、これも人間の性なのか。


 俺がそんなことを考えていた――ちょうどその時。


 今まで動きを見せずに固まっているだけだった侵略者と呼ばれる生物はようやく眠りから目覚めたかのように突如として奇声を上げ、その翼を大きく広げた。


「って、やばいッ!こんなところで話している場合じゃなかった!ボクがあいつを止めているから、その隙に君は逃げて!」

「はぁ?」


 このチビ、いきなり何を言い出したかと思えば俺に逃げろだと?

 いつもいつも俺にコテンパンにやられている分際でいい度胸である。


「俺よりも弱い貴様に何ができるというんだ?」

「できる、できないじゃないの!これはボクがやらないといけないことなんだ!偉大な討滅師アニヒレーターの子供であるボクが!」

「あっ、おい――!」


 そう言って、チビは俺の静止の声も聞かず、侵略者に向かっていった。


 これだから、あのチビは……。

 猪突猛進というか、なんというか。

 日常の態度でも思っていたが、まるで闘牛のような存在である。


 呆れた目で見つめた先、そこでチビは侵略者に戦いを挑み始めていた。


 チビは自分の身の丈の二倍近い侵略者に接近すると、地を蹴り飛び上がる。

 一足で侵略者の頭部に到達するジャンプ力を見せると、回転するように体を捻り、そのまま侵略者の顔目掛けて強烈な蹴りを放った。


「ッ!」


 しかし、それは侵略者に当たる直前、何かに止められるようにして弾き飛ばされてしまう。

 反動で吹き飛ばされたチビだが、宙で猫のように器用に体のバランスを整えて地面に着地した。


 接近戦ではダメだと理解したのか、次は何やら両手を前方に突き出して、集中するように構える。


 すると直後!


 チビの手から無数の氷の刃が飛び出し、侵略者に襲い掛かった。


『オォォ』


 今度は先ほどのように止められることなく、攻撃が届いたのか、侵略者の体に小さくだが傷が入る。

 三メートル以上の巨体からすれば僅かな傷だが、それでも痛みを感じるのか、侵略者は顔に唯一あるパーツの口から呻くような声を漏らした。


 思わず、俺は小さく「おおッ!」と声を零して、見入ってしまう。


 おそらくあれは先ほどの犯罪者の男が使っていたのと同じ代物なのであろう。

 確か、異能とかって言っていたか?


 魔法陣や呪文詠唱がなく、即時発動する様は魔法に近いのかもしれないが、見たところ電気や氷と一系統の能力しか使えていないことから、汎用性は劣っているとみる。威力もかなり低く、ハッキリと言ってしまえば魔法の超劣化版でしかない。

 まだ事例を二つしか見ていないから、決めつけるのはよくないが、正直に言うと大したことのない力だ。

 まぁ、魔術よりかは即効性に優れているので、そこだけは優秀かもしれないが。


 そんなことを思っていると、チビの攻撃で侵略者は怒ったのか、その敵意の矛先を俺達・・に向けてきた。

 ……何やら俺もお仲間だと判断されたらしい。


 侵略者が背にある翼をバサッと一回大きくはためかせる。


 それだけで俺達に向かって、突風が吹き荒れた。


 俺は咄嗟に魔法で障壁を張ってそれを防いだが、チビは対処の仕様がなかったのか、強烈な風に煽られて、また俺の近くに転がるように戻ってきた。


「くっ!最下級の騎士爵級なのにやっぱり強い!」

「苦戦しているな」

「当然だ。本来は今のボクの実力では敵わない相手なんだから。最近発現したばかりの異能が効いてくれたのはよかったけど、正直怒らせたのはまずかった。でも、上終ロアを逃がすことには成功したからよか……」


 一体誰と会話をしているのかと思ったのだろう。

 言葉を途中で止めて振り返ったチビと俺の視線がかち合う。

 二、三回瞬きしたチビは、目を大きく開き叫んだ。


「ってなんでまだ残ってるの!?」

「当り前だろうが。なぜ俺があの程度の生物に背中を向けなければならない」

「いやいや!なんでこんな時まで偉そうなの!?ボクが足止めしている間に、助けを呼んできてほしかったのに!君は一体何しているのさ!」

「貴様の戦いぶりを見ていただけだが?」

「暢気か!?……って今はそんなふざけている場合じゃないんだよ!君が強いのは知っているけど、それでもまだボク達だけで侵略者を倒せるはずがない!だからボクは――!」


 チビの言葉は最後まで言い切ることはなかった。


 何故ならその前に侵略者の口からこの世の物とは思えない不快な咆哮が俺達に向けられたからだ。


 辺りの音を纏めてかき消すかのような声量は周囲の草葉を吹き飛ばし、地面に小さな亀裂を作る。

 それを直接向けられたチビは皮膚が泡立つような反応を見せ、顔に恐怖を張り付けた。

 ちなみに俺にとってはただうるさいだけのさえずりにしか聞こえない。


 侵略者が突撃の姿勢で翼を広げ、俺達に顔を向けた。

 目がないはずなのに、どうも睨まれているような気がする。

 さらにはほぼ能面のくせに、その顔からは憎々しげな意思が見て取れた。


 そんなにチビに傷をつけられたのが苛立つのだろうか。

 まぁ、侵略者からしたら、こんな小さい生物に怪我を負わされたのが癪に障ったのかもしれない。

 龍だってゴブリンに傷をつけられたら怒るだろうしな。


「上終ロア!逃げて!ここはボクが止めるから!」


 チビも侵略者から怒りの波動を感じたのか、俺の前に飛び出て、必死な様子で庇う姿勢を見せる。


「……」


 このチビは未だに俺を守ろうとするつもりでいるらしい。


 前世で俺自身を守ろうなどと考える存在は一人もいなかった。

 しもべ達三人でさえ、俺の周囲の雑事を片付けてくれるだけで、俺の身を守護しようなどとは考えていなかったはずである。

 それは俺が無敵で、最強で、完璧な覇王だと理解していたからだ。


 チビのこの行動は俺の本当の力を知らないことからくる無知ゆえだろう。

 だが、それでもその正義感を生意気と思う反面、何故か心が少し温かくなった。


 だから、俺はチビの言葉を無視して、こ奴の肩を掴み、無理矢理後ろに下がらせる。


「ッ!何してるの!」

「ふん、貴様が俺を守ろうなど一億年は早いわ」

「だ、だから今は――!」

「いいから黙っていろ。今から俺の本当の力を少し見せてやるよ、天霧・・

「ふざけている……って、え?今名前を……」


 俺が名前を呼んだのが意外だったのか、チビは目を丸くし、言葉を止めた。


 確かに、こ奴の名前を呼ぶのはこれが初めてである。

 別に何か理由があったわけではない。

 ただ少し、ほんの少しだけ認識を改めただけだ。

 煩わしくうるさいチビから勇敢で度胸のあるクラスメイトにな。


 俺達がそんなことをしている間に、侵略者は攻撃の準備を整え終えていた。


 まるで枝のように広げた翼が空中に漂うマナ・・をどんどんと吸い取り、光り輝いていく。

 マナはさらに翼から体内へと移動していき、どんどんと力を凝縮していくかのように口元に集い始めた。

 ボール状に丸めて溜め込まれたマナは段々と体積を増やし、そして臨界点を超えたという瞬間――


 カッ!と眩い閃光が迸った。


 地を割き、空気すら焼く破壊の光線。

 本来なら人間の一人や二人、簡単に消滅させることができるのだろうが……。


 ――それは当たればの話である。


「《星ノ怒シュテルイーラ》」


 手を翳して魔法名を発した直後、俺達に向けられた光線は捻じ曲がるように上空に逸れた。

 雲を突き抜け、碧き澄み切った空に消えていく侵略者の攻撃。

 

 俺や天霧に怪我は何一つない。


「……え?」


 すべての時間が止まったかのような空間の中、その場に小さく天霧の声が浸透した。


 対面する侵略者もまるで訳の分からない様子で固まっている。

 先ほどから思っていたが、案外見た目の割には知能や感情がそれなりにあるようだ。


 だが、固まっている余裕を見逃すほど俺はお人好しではない。

 再度、侵略者に掌を向け、魔法を発動。


 その瞬間、空に漂っていた侵略者が高速で地に堕ちた。


 ズドンとクレーターを作る程の衝撃で叩きつけられた侵略者は体全体を地面に固定されたように身動きを封じられる。

 どうにか脱出を試みようともがいているが、抜け出せる様子はない。


 大地属性の最上級ハイエンド魔法 《星ノ怒シュテルイーラ》――俺が戦闘時によく使用する魔法の一つ。


 その力は簡単に言えば重力操作という単純明快なもの。

 攻防一体と一石二鳥のような魔法で、案外使い勝手がよく、俺は頻繁に多用していた。加えて、むかつく奴らを無理矢理地面に押さえつけ、這いつくばらせるのは気分が良いので俺のお気に入りの一つとなっているのである。


「な、何が……」


 天霧は衝撃の連続で頭が回っていないのか、ただただ目を見開き、驚いていた。


「だから、言っただろう。俺の本当の力を見せてやると」

「こ、これが上終ロアの力……」

「まぁ、こんなのはまだ序の口だけどな……ところであれって別に殺してもいいんだよな?」


 この国は何かと前世より殺生に厳しい面がある。

 万が一ということもあるので、天霧に尋ねたのだ。


「え、あ、当然だろ!あいつは世界の敵なんだから!」

「そうか、分かった。じゃあ――死ね」


 天霧の了承を聞き、俺はすぐに侵略者に向けていた手を拳を握り締めるようにして閉じていく。

 それに合わせるように、侵略者はどんどんと体を圧縮され、小さく形を変形させていった。


『オォォ……』


 体を潰されていく痛みに呻いているのか、それとも恐怖に怯えているのか、はたまたそのどちらもか。

 とにかく奇怪な悲鳴の声が聞こえるが、俺はただ無感情な瞳でそれを見つめる。


 俺の掌が完全に閉ざされる頃、侵略者はもう目に見えないほど細かくすり潰され、この世からその生命を消されていた。

 地面に残ったのは堕ちた時にできた小さなクレーターと侵略者の体液――おそらく血なのだろう、変色した黒色の液体が飛び散っている。


 静寂と平穏が辺りを支配する中、天霧は驚愕と困惑、それから納得といったような視線を俺に向けて、聞いてきた。


「……上終ロア……やっぱり君も異能者だったんだね」

「異能者……それは貴様やあの犯罪者が使っていた力を持つ者のことだな?」

「それも知らなかったんだ……そうだよ。ボク達が侵略者を討伐するために得た力のことさ」


 やはり今日は色々と知識が革新される日である。

 異能者に侵略者、それから天霧が何やらポツリとこぼしていた討滅師という言葉。

 現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。


 俺は一度天霧の顔――正確には頭部を透視する。


「な、なに?」

「……いや、何でもない。用事も終わったから帰るぞ」

「え!?ちょ!?上終ロア!?後始末は!?」

「知らん。適当に警察にでも連絡しとけ」


 叫ぶ天霧に適当な返事をしてから、俺はそのままあ奴に背を向けてその場を立ち去った。

 帰ったら彼女等に話を聞いてみようと考えながら……。

 


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