覇王様、遭遇する②


 ようやく、終鈴がなって最後の授業が終わりを告げた。


 にしても、今日一日は心底疲れた。

 その理由が朝のホームルームからずっとチビが頻繁に噛みついてきたせいである。

 いつもは朝の時間とたまの授業内での競争(テストの点数や体育の体力テスト等)だけだというのに、今日はそれに加えて他の休憩時間の間もやたらと絡んできて困ったものだ。


 ランドセルを背負って、立ち上がった俺はため息を吐いて、教室を出た。

 後ろから何やらついてくる気配を感じるが、正直もう構ってやる余裕がない。

 覇王であった俺に疲労を感じさせたのだから、あのチビも侮れないものだ。


 アリスと一緒に帰宅するため、俺は一年の教室がある階に向かう。

 今も張り付けている虚空ノ瞳オクルスからは、友達と楽しそうに話すアリスの姿が映し出されていた。

 何とも愛らしい笑顔で、今日一日で苦労した心身が癒されていく。


「アリス、迎えに来たぞ」

「あ!お兄ちゃん!」


 目的のクラスに辿り着き、声をかけると、嬉しそうな声でアリスは振り返って微笑みを浮かべた。

 この笑みだけで俺は一国を亡ぼせるだろうな。


「アリスちゃんのお兄ちゃん?」

「うん!そうだよ!」

「なんかかっこいいね!」


 ほう!このアリスの友達である娘、話の分かる子ではないか。

 少し離れたところで俺を観察するチビに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


「うん!アリスのお兄ちゃんはかっこいいんだよ!勉強できるし、運動できるし、それに力持ちなんだから!」

「へぇ!すごい!なんでもできるんだね!」

「そう!なんでもできるかっこいいお兄ちゃんなんだ!」


 横から聞こえる何とも子供らしい会話に俺は感動を覚えた。


 ああ!アリス!まだまだ前世には遠く及ばない俺をそこまで想ってくれていたなんて!

 お兄ちゃん、嬉しくて涙が出そうだよ!

 アリスが誇れるような兄になるためにもこれから努力は怠れないな!


 それにしても、このアリスの友達の娘――名前は確か佐藤千佳だったか。

 本当に素晴らしく理解力の高い、できる子供である。

 俺の前世の時代に生まれていれば、必ず側近に取り立ててやったぞ。


 喜びでニヤつきそうになる頬を抑えながら、二人の会話をできるだけクールにやり過ごし、俺はアリスに声をかけた。


「帰りの準備はできてるか?」

「うん!」

「そうか、じゃあ帰ろうか」


 アリスを先導して、俺は学校から家への帰路に着くのだった。



 ◇



 それは家までの近道である路地裏を通り抜けた時のことである。

 あと百メートルほど歩けば家に着くというところで、俺を追って付かず離れずの距離を保っていた存在の気配が変に乱れたことに気が付いた。


 正直、今の今まで完全に無視して忘れていたが、あのチビまさかこんなところまでストーキングしてくるとか、一体何がしたいのやら。

 日々の負け過ぎで本格的に頭がおかしくなったのか?


 俺はつい気になって、後方に虚空ノ瞳オクルスを飛ばして、様子を確かめた。


 すると、そこには何やら二人の人間が争う姿が映し出される。

 一人はランドセルを背負った小柄な背丈の少年、俺を尾行していたチビこと天霧玲だ。

 そして、もう一人がチビよりもはるかに大きな体格をした明らかに成人を超えているであろう男。


 その男は気味の悪い笑みを浮かべながら、必死にチビに詰め寄り何かを言っている。

 残念ながら、視界共有だけなので声までは聞こえない。

 チビはそれに対し、屹然とした表情ながらも恐怖を隠せない様子で身を引いていた。


 おいおい……。

 人通りがほとんどないとはいえ、こんな真昼間から小学生をナンパしようとするとか、なんて奴だ。

 しかも相手は男だぞ?

 いくら容姿が中性的だからと言っても、小学生のそれも男が好みとか随分と業が深いな。


 俺が男の趣味にドン引きしていると、状況に進展が起きた。


 チビがプロ格闘家さながらのハイキックを男にぶち込んだのだ。

 想像以上の威力だったのか、男の体がくの字に曲がる。

 その隙にチビはさっと身を翻して、路地裏から出ようとした。


 しかし、なんと男は這いつくばる体勢からチビの足を掴んで歩みを止めさせた。

 そのせいでチビはつんのめって、体を倒してしまう。

 男はすぐにチビを抑え込むと、何やら手から一瞬だけバチっと紫電を閃かせた。

 次の瞬間、チビは糸が切れた人形のように気絶した。


 その後、すぐに立ち上がった男はチビを肩に抱え、近くに止めていた車に運んでいく。

 後部座席にチビを乱暴に投げ捨てると、男は運転席に乗ってそのままどこかへと発進した。


 …………ふむ、これはもしや誘拐というやつでは?


 始終をすべて見た俺はそう結論を出した。


 人通りのない路地裏に子供が一人で入ったのがいけないな。

 はっきり言ってしまえば、チビの自業自得である。

 ……まぁ、俺が最初にチビの尾行を面白がって、普段のルートを使わず、あえて変なルートばかりを使ったという責任もほんの少し、塩一つまみ分くらいはあるかもしれないが。

 でも、結局のところ問題はチビが俺をストーカしていたというところに帰結するため、やはり俺は悪くないだろう。


 脳内で自分を正当化しつつ、さてどうしたものかと思考する。

 警察に通報するか、はたまた助けに行くか。


 そこでふとこれまでのチビとの記憶が蘇った。


 入学式の時は侮辱から喧嘩が始まり、返り討ちにした。

 クラス替えで同じクラスになった時に飛び掛かってきたので、返り討ちにした。

 授業でももろにライバル心剥き出しに勝負を仕掛けられ、返り討ちにした。

 あの時も、この時も、さっきも、全部返り討ち。


 やべぇ、チビのこと返り討ちにしかしてない。


 碌な思い出がないことに愕然とした。

 だが、チビのことが嫌いかと言われれば、俺は否と言わざるを得なかった。


 一年の時から常に煩わしい存在ではあったが、なんだかんだ言ってあ奴とのじゃれ合いは嫌ではなかったし、それにあ奴自身向上心が豊富であり、俺を常に負かそうと努力する姿は好ましいとさえ思っている。

 正直言えば、いなくなったらいなくなったでつまらない。

 なにより、学校で話をするのはあ奴以外にいないのだ。


 ……仕方ない、助けに行ってやるか。

 警察に通報してもよかったが、手遅れになっても困るからな。

 それにミリ単位クラスだが、罪悪感もある。


 別にチビの身を案じたとかいうわけじゃないからな?

 そこは勘違いするなよ?



 ◇



 ヒンヤリと冷たい感触が肌に伝わってきた拍子にボクーー天霧玲は意識を覚ました。


 ボクは一体……。


 確か今日も今日とてあの憎き上終ロアに惨敗したボクは、堪らずあいつをストーキングして強さの秘訣を探ろうと考えたんだっけ。

 普段ならそんなことはしなかったんだけど、今日の敗北はどうしても受け入れられなかった。

 だから、ボクは上終ロアを尾行して――そして、変な男に誘拐されたのだ。


 ハッとそれまでの記憶を思い出して、ボクは立ち上がろうとしたが、すぐに地面に倒れ込んだ。


 腕と足を縄で縛られているのか、身動きが取れなかったのだ。

 加えて、口も縛られているせいか声も出せない。

 ただ、視界だけは取られていなかったので、ボクはすぐさま周囲の状況を確認した。


 少し暗くて見えずらいが、ここはどうやら車庫のようである。

 周囲には複数台の車やバイクが並んでいて、また敷地も有り余るくらいの広さを残している。

 おそらくかなりの金持ちなのかもしれない。


 他の所も確認しようと身を捻って体を動かす。

 すると近くに何やら布で覆われた巨大な箱のようなものを見つけた。


(なんだこれ?)


 気になって布を退けると――


「んぅ!?」


 思わず、喉の奥から引き攣った声が漏れた。


 ――その中にはボクくらいの年をした女の子達がまるで人形のように動作も表情も固められて、フィギュアの如く大きなショーケースに並べられていたのだ。


『連続少女行方不明事件』


 脳裏にここ最近話題になっているとある事件が過った。


 ボクがその事実に気が付いたちょうどその時、車庫内にパッと複数の明かりが灯る。


「いひ!気が付いたのかい?僕の七号ちゃん!」


 声がした方向に目を向けると、ボクを誘拐した男が狂気に満ちたニヤケタ表情を浮かべて立っていた。


 その笑みを見た瞬間、体に震えが走る。

 この年でただの大人には負けないほど鍛えているという自負はあるが、本物の基地外を見て怯えないほど子供を止めているというわけでもない。

 ボクでも怖いものは怖いのである。


「いひひ!そんなに怯えなくても平気だよ、僕の七号ちゃん。君はただ大人しくしているだけでいいんだから。大人しくしていれば、全てが終わっているさ」


 男の言葉の意味は理解できないが、男が今から自分に何かをしようしているというのは直感的にすぐに分かった。


 逃げようと、身を這うようにして男から離れようとする。

 男は面白がって嬲るように一歩一歩と接近してくる。


「んんん!」


 ならどうにか助けを呼ぼうと、縛られた口から声を上げようとするが、まともに大きな声が出せない。

 男は愉悦に歪んだ口元を隠そうともせず面白がって見ている。


 それでもボクは逃げようと必死に身を引いていたが、それもつかの間、ドンっと背中が壁にぶつかった。

 どうやらこれ以上は行き止まりらしい。


「いひひひ!もう鬼ごっこは終わりかい?――なら、そろそろ僕のコレクションに加えてあげるよ!」

「……ッ!」


 逃げ場のない様子を見て、男はついにその魔の手をボクに向けてきた。

 バチバチと手に電気を迸らせ、それを段々とボクに近づけてくる。


 ボクは今までで感じたことのない恐怖に目を閉じて、神に祈った。


(……誰か助けてッ!)


 ――その瞬間だった。


 まるで祈りが天にでも届いたかのように、車庫の天井が落ちて、誰かがボクと男の間に降ってきた。


「「ッ!」」


 男もボクも驚愕に目を見開き、突然ヒーロー的な登場の仕方を見せた人物を注視した。


 黒色の中に一本の金色が混じったメッシュの髪型。

 整った容貌ながらも常に不遜とした表情。

 そして、小学校入学から聞き慣れた高慢な声。


「よう、チビ。この俺が助けに来てやったぞ?」


 そこに立っていたのはボクが大嫌いな男、上終ロアであった。



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