その頃、覇国では

 

 覇国ジャガーノートの首都『ロアメリーゼ』の中心、繁栄と栄光を象徴する覇王城の最高機密部屋にて、三人の人物が顔を突き合わせて、座っていた。


 執事服をピシッと着こなした三十代くらいの見た目の男。

 男を誘うような妖艶な服装を見に纏った二十代くらいの見た目の女。

 異様なほどの巨体で肌の上にジャケットの様な服を一枚だけしか羽織っていない益荒男のような男


 彼等はそれぞれこの国でも最上位の地位にいる者達である。


 王権を司るラルバ。

 国政を司るホルミ。

 軍事を司るグシュナ。


 国の者達から三賢人などと呼ばれる彼等は覇王ロアステリアが手ずからで生み出したしもべ達でもあった。


 三人の内でもリーダー格であるラルバが前置きを置くかのように、話し出す。


「さて、議題は分かっていると思うが……」

「ええ、主様の件についてですよね?」

「当然だ!殿のことだろ?」


 艶めかしく頬に手をやるホルミと豪快にバンと机をたたくグシュナ。

 二人が概ねの事を理解していると見たラルバは一度「うむ」と首肯してから、


「正解だ……おそらくお前達も薄々は気づいていると思うが、ロア様が輪廻転生の魔法を使用された」

「あぁ……やはりですか」

「ガハハハハ!ついにやっちまったか!?」


 ラルバの報告を聞いて、ホルミは頭を痛そうに抑え、グシュナは楽観的な様子で豪快に笑い声を上げる。


 一国の王が居なくなったというのに、三人の反応はかなり淡白だった。

 呆れや疲れや納得と、彼等の様子の中に王が消えたことに対する危機感は全くと言っていいほどなく、それは起こるべくして起こったことに対する事実確認のようであった。

 ラルバとグシュナなどは暢気に机にある茶を啜り始める始末だ。


「ふぅ……ロア様の奔放さは今に始まったことではないが、まさか転生までされてしまうとは……困ったものだ」

「主様はよく自分の平穏を乱されると、姿を御隠しになられることがありましたものね。加えて、ここ何十年かはずっとあの者等の手からの襲撃が後を絶たなかったとあっては……主様もついに我慢の限界が来てしまったのでしょう」

「本来は儂達が殿の平穏を守護しなければいけないんだが、この国ができてからはそれがままならなくなったからなぁ。……そもそもなんで国なんて造る羽目になったんだったか?」


 ふと、グシュナが疑問を抱いた。


 ロアステリアの夢が遠ざかった根本的原因とも言える建国の理由。

 それを思い出そうと頭を回していたグシュナだが、お世辞にもおつむの方があまりよくない彼では、開始数秒と持たず頭から煙を上げる。


「頭の中まで筋肉が詰まってる貴様が思い出せなくても仕方ない。そもそも建国に大層な理由があったわけでもないからな」

「ふふ、それもそうね。主様もきっと建国は私達が勝手に為さったことだと思っているのでしょうし」


 そんなグシュナを見て、ラルバがさらっと毒を織り交ぜて二の句を継ぎ、ホルミは彼の言葉に同意すると共に妖艶な微笑みを浮かべた。


「ああん?儂達が建国したのは、確か殿の言葉から始まったはず。その言葉までは思い出せねぇけど、それだけは今もしっかり覚えてるぜ?」

「ほう、そこはきちんと覚えているのか。ああ、確かに我等が建国を決めたのはロア様のとある一言だった。ただ、ロア様本人は何の気なしに言っただけだろうが……」

「あの頃の私達はまだ生まれたてのひよっこみたいな存在……大好きな主様に喜んで貰いたくて頑張っちゃったのよねぇ」


 始まりは何てことのない呟きだ。


『王にでもなれば、悠々自適に過ごせるのかなぁ……』


 今と比べれば、ロアステリアがまだ覇王としての雰囲気も口調も何もなかった真っ新な頃。

 日々の波乱に鬱屈としていた彼の口から出た愚痴の様な言葉だった。


 その一言で生まれて数十年の赤子の様な存在であったラルバ達の目標が定まった。

 それはただ子供心に親から褒められたいといった純粋故の愛。


 当時、数多の国があったこのユーラン大陸の中でも屈指の強国として知られていた三ヵ国を彼等は一人一人で屈服させ、ロアステリアを新たの王として擁立せしめた。


 生まれて間もないというのに、ラルバ達が一国を相手に対抗できる実力というだけで、覇王であったロアステリアの力を理解できるという物だ。


「……思えば、随分とロア様の夢から遠ざかるとこに来てしまったな。まぁ、そもそもの話、ロア様の力と性格を考えたら、平穏など土台無理だと理解できるはずなんだが」

「主様はああ見えて、結構アホの子ですからね。鈍感で自己評価能力は皆無、計画性もゼロ、それに何千年と生きてるのに子供っぽさは抜けないと、ダメなところを挙げればキリがないです。……まぁそういうところすべてが愛しいのも確かですが」

「ガハハハ!さもありなん!殿はズレているところが多い方だからなぁ!」


 ラルバ達が口々に主人であるロアステリアの愚痴を零す。


「そういえばあの時も――」

「ふふ!確かにそんなこともありましたね――」

「ガハハハ!」


 いつの間にか、ロアステリアに対する不満をぶちまける会合になっていた。

 まぁ、もっともこの最高機密部屋に三人が集まると大概はこうなるのはいつものことなのであったが……。


 それは国の者が見たら、目を疑うような光景だろう。

 王を抜いたらこの国でもトップに位置する者達がこうも明け透けに自分達の国主を貶しているのだから、驚かないはずがない。しかも、それが国の誰よりも王を慕っている者達なのだからなおさら衝撃はでかくなるはずだ。


 だが、口々から出る言葉とは反対に、その雰囲気にロアステリアに対する嫌悪の色は全くない。

 それは子供が親にちょっとした文句をぶつけるのと一緒で、ただ、ラルバ達にとって、こういった軽口は常日頃から当たり前のことであったのだ。


「――……っと、気が付けば、また愚痴を言い合っているだけになっていたな」


 ようやくといった様子でラルバが部屋に備え付けられた時計を見ると、話し合いを始めてからすでに一時間が経っていた。


「ふふ、それだけ主様の話題は尽きないということですね」

「ガハハ!殿の逸話は膨大に存在するからな!」

「だからこそあれだけ『平穏が欲しい』と毎日嘆いていたのだろうが……まぁ、もうこの話はいいだろう。そろそろきちんと議題の話である《ロア様の転生》についての本格的な対策をせねばな」


 一瞬前までの苦労人の様だったラルバの表情が、さっと真剣なものに変わる。

 ホルミとグシュナもそれぞれが笑みを消して、すっと真顔で頷いた。


「まずは国への影響だが……これは問題ないか」

「そうね、影響はないでしょうね。主様はこの国の王ではあったけど、その実態はただの象徴。本人がめんどくさがって、政治や軍事には一切関わらないようにしていましたからね」

「殿はただ居られるだけで完璧だったからな!」


 元々、この三人の主軸により全てが運営されていた覇国は国主であるロアステリアが居なくなろうと機能が停止することはない。

 ただ、やはり覇国でも最強の王が居なくなったのだから、国民は混乱するはず――


「国民への説明だが……まぁこれも問題ないな」

「そうですね。これはラルバーー主様の顔として創出されたあなたが治められるでしょ?」

「ああ。さすがにあの血だけしか取り柄のないクソ種族共を騙すのは難しいだろうが、それ以外なら大丈夫だろう」

「ガハハハ!久々に影武者復活だな!」


 ということもなく、これも解決策があった。


 ロアステリアが創出した僕であるラルバ達三人にはそれぞれの役割がある。


 ラルバはロアステリアの顔として。

 ホルミはロアステリアの頭として。

 グシュナはロアステリアの力として。


 彼等はその役割に特化した能力を与えられ、ロアステリアの支えとなっていた。


「最後に一番の問題である周辺諸国についてだが……」

「おそらくあの者等が操る国は早々に主様の消失に気が付くでしょうね」

「そうなると次に狙ってくるのは――」

「この国ってことになりますね」

「やはりそうなるか。なにせあのクソ種族共はロア様のすべてを嫌っているからな。その力も性格も部下も民も、そして国も」

「つまりは戦争だな!」


 最後はグシュナが勢いよく机を叩き、端的に叫ぶ。


 今までは周辺諸国に無数の逸話やその力を知られていたゆえに覇王であるロアステリアの存在自体が抑止力となっていたが、それが消えたと知られれば当然覇国をよく思わない他国が介入してくるのはすぐに思いつくことであった。


「そうだ、そうなる確率は高い。そして、あのクソ種族共のことだ。間違いなく仕掛けてくるだろうな」

「ふふ、今まで主様に差し向けていた手の者達もそのままこの国に向けられるようになりますね」

「ガハハハ!それはいい!久方ぶりに血が躍る!」


 ラルバは冷静に今後を見定め、ホルミは艶やかに状況を分析し、グシュナは能天気に高笑いを上げる。

 そこには全くと言っていいほど危機意識はなく、むしろ未来に来るであろう大規模な戦いの匂いに興奮を感じているほどであった。


「まぁ、来るなら来るで問題はない。その時は容赦なく叩き潰してやろう」

「ふふふ!今を生きる者達にまた私達の怖さを教えて差し上げないとね」

「ガハハハ!儂の筋肉も唸りを上げるぞ!」


 彼等三人は自分達の勝利を信じて疑わない。

 自分達の造り上げた国が負けるとは毛ほども思っていない。

 唯一無二たる覇王ロアステリアが居なくとも、覇国は最強にして不滅。


「この大陸のすべてを我等が覇国のものとし、ロア様に捧げようではないか」


 ロアステリアの転生をきっかけに停滞していた世界が動き出す。



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