覇王様、驚く
輪廻転生の魔法の光に包まれ、俺の意識が浮上すると、そこは何やら真っ白で清潔な部屋であった。
どうやら転生は成功したらしい。
俺は赤子となって誰かの腕に抱えられているようで、その人物は何やらよく知りもしない言語で隣の人物と会話を繰り広げていた。
(統一言語ではないだと……?)
エルレアの言語は大半が統一言語という言葉で一定している。
中には別種の言語も存在するかもしれないが、それは限りなくマイナーなものであり、その為、俺はここがどこかとんでもない辺境ではないのかと思った。
ただ、その思考も一瞬の出来事で、すぐにそれは間違いだということに気付かされる。
目もしっかりと見え始め、辺りを見回した時、先ほど以上の驚愕が俺を襲った。
(バ、バカなッ!どうなっている!?魔法陣が刻まれていない器具だと!?)
中に人が閉じ込められた鉄製の四角い板に周囲を明るく照らす細長い棒、何やら気持ちのいい風を口から吹かせる箱、魔法陣を刻まれていないことからそれらが魔術で動いていないと言うことは一目で分かった。
世界最大の大陸の八割を支配していた覇国ジャガーノートの王であった俺でさえ今までに一度も見たことがないものばかりがそこにはあったのだ。
それだけではない。
(それにこの澄んだマナはなんだッ!?エルレアのマナはもっと澱んでいたはずだ!?)
何より異常なのが周囲に漂うマナの清らかさだ。
マナとは簡単に言えば、世界を構成する物質の一つであり、魔術や魔法を使う源でもある。
本来、エルレアでは魔術や魔法という技術が広く浸透しており、文明の構築もそれらの技術が根底にあるような世界だ。多くの種族にとって魔術や魔法は生きていく上で欠かせない技術であり、彼等の生活基盤でもあった。
だからこそ、エルレアでは長年マナの汚染が続いていた。
永久不変のものなど存在しない様に、マナという物質も消耗がある。
多くの種族が魔術や魔法を頻繁に使い過ぎることにより淀み始めていたのだ。
だが、今いる場所はどうだろうか。
感じるマナは全く汚れを知らない静謐で神秘的なまでの純白さを宿している。
まるで人々が魔術や魔法を全く使っていないかのような。
エルレアでは絶対にありえないことだ。
あまりにも時間が経ち過ぎたのかとも考えたが、それでもエルレアで魔術や魔法を使わずして生物が生きていけるとは思えなかった。
聞いたこともない言語、初めて見る魔術で動かしていない器具等、そしてあまりにも純麗なマナ。
それらを総合して考えた結果――
(……異世界か)
そうとしか思えなかった。
過去、エルレアでも異世界から召喚した勇者がいたが、まさか自分自身が異世界に転生するとは思ってもみなかった。
本来の転生座標では少し先の未来のそこそこ平和が保たれた土地に転生し、そこで平穏な生活を営もうと考えていたのだが……。
まぁ、別に問題はないか。
どちらにしろ、平穏ならばどこだっていいからな。
そういうことで思考を切り替えた俺は手始めに前世も合わせると初の親になる者達へと挨拶をするのだった。
ちなみに未知の言語の習得など俺が魔法を使えば訳もないことなのである。
赤子だったせいか、少し話すのに苦労はしたが……。
そして、何故か丁寧に挨拶を行ったら、至極驚かれた。
おかしい反応だ。
これからお世話になるのだから、挨拶は基本であろうに。
一国の王であった俺だが、こう見えてもなかなかに常識人だったのだぞ?
「も、もしかしてロアちゃんは――!?」
「で、でも生まれてすぐに自我がある事例なんて――!?」
「だけどそれ以外考えられないでしょ?それに私の家は――」
「た、確かにそうだったな。亜紀の家は――」
近くで俺の両親がしきりに小声で何かを話しているが、最後まで上手く聞き取れない。
ふむ、俺を放ったらかしにして、一体二人で何を話しているのやら。
と、そんなことを考えていたら、何やらものすごい眠気が襲ってきた。
まぁ、赤子の体だから仕方ないのかもしれないな。
俺は最後にまだ傍らで話す両親の顔を見ながら、襲ってくる生理的欲求に逆らうことなく、身を任せるのだった。
◇
生まれてから三か月経った。
その間、この世界についてを調べ、少しはこの世界についても理解が深まったように思う。
俺が転生した地は地球という異世界の日本という国らしい。
魔術や魔法とは別の科学という技術で発展してきた世界らしく、俺があの日見た器具等はどうやら電気という物質で動いているようであった。
聞いた時は正直信じられなかったが、三か月も過ごせば嫌でもそれらが本当だと理解した。
しかも魔術や魔法はおとぎ話の産物と言われているらしい。
どうりで母上や父上から魔回路が見当たらなかったわけだ。
魔回路がないのならば、マナに干渉することはできない。そして、マナに干渉できなければ、魔術や魔法を使うことなど不可能である。この国、いや、この世界で俺の前世の技術がおとぎ話の産物だと言われるのも致し方ないことだ。
何とも不思議な世界があったものである。
両親が赤子の俺が喋り出したのを見て、驚いていたのも納得だ。
前世では転生の魔術や魔法が当たり前であったからか、赤子が喋ることなど普通と思っていたのがミスであった。魔術や魔法のない世界で赤子にいきなり自我が芽生えていたら、誰だって驚くのは当たり前のことである。
ただ、解せないのは抱いた感情が驚きだけであり、それ以外の感情は微塵たりとも感じなかったところか。普通、俺の様な異物は嫌悪を向けられると思っていたのだが、どうもそんなことはなく、それどころか俺の両親達は日が経つごとに、特に母上が今では『家の子天才、家の子神童!』と何とも変な具合に親バカになってしまっていた。
まぁ、嫌われるよりかは愛されている方が俺としても嬉しいので、何も問題はないが。
「ん?」
と、過ぎたる日々を思い返していると、部屋の扉が開いて、誰かが入ってきた。
「ロアちゃ~ん!お乳の時間ですよ~!」
陽気な声と共にスキップでも踏むかのような機嫌よさげな表情で入室してきたのは、何を隠そう俺の母上――上終亜紀である。
気が付けば、食事の時間となっていたらしい。
確かに先ほどから、お腹が空いているような感覚を感じるが、思考に意識を割いていたせいか、全く気が付かなかったようだ。
「ふむ、そんなじかんか。いつもありがたいのである、ははうえ」
「ふふふ、ロアちゃんはいつも礼儀正しくていい子ねぇ!さすが私達の子!ああ、可愛いッ!」
赤子用の寝台の上からヨチヨチと立ち上がり、頭をペコっと小さく下げると、母上は感極まったように身悶えながら、俺を抱き上げた。
まだ生まれて三か月だが、俺ほどになると立ち上がることなど造作もないのである。
初めて立った姿を見せた時なども、母上は興奮したように俺を褒めちぎり、父上は何やら感心した様子で俺の頭を撫でてくれた。
二人と過ごして分かったことだが、母上はどうやら結構能天気で、悪く言ってしまえば馬鹿っぽいところがある。父上は筋肉質の大男の見た目的に剛毅かと思いきや、意外にも繊細でしっかりとした一面のある人物だ。
正反対の性格をしているようだが、案外似ているところもある。
それが身内に甘すぎるという点だ。
母上は言わなくても分かると思うが、父上もなんだかんだ言って、俺が絡むとそのかっこよき顔がデレデレに歪み、真面目な性格も一瞬にして崩れ、母上の様な馬鹿に成り果てるのだから、困ったものである。
あのぞりぞりとした髭で頬擦りされると、少し痛いから止めてほしいものだ。
まぁ、それを言ってしまうと父上が絶望してしまうかもしれぬから、言わないが。
元覇王である俺は慈悲の心も素晴らしかったゆえにな。
そうこう考えている内にいつの間にやら目の前に母上の形のいい胸が突き出されるように顔に向けられていることに気付く。
そういえば食事の時間であったなと俺は思い出し、すぐにぱくっとしゃぶりついた。
この時間は何とも甘美なものである。
前世、いつだったか忘れたが、かなり昔に転生者の自伝という本を読んだことがあった。
そこに書かれてあった、『乳児期の授乳は恥辱の時間だった。体は赤子でも心は大人。何度申し訳なさと恥ずかしさでのた打ち回ったことか』という文を俺は今の今までそういうものなのかと信じていたが、そんなことはない。
そ奴はきっと生涯童貞のインポであったのだろう。
この時間ほど母親の愛を感じて心安らぐ平穏はないと言うのに、あろうことか恥辱と評するなど何ともバカバカしい話だ。
もし俺の部下にいたなら、即斬首を命じているところであるぞ。
うん?そういえば部下で思い出したが、確か俺が創り出した下僕の一人の部下に今の俺の様な行為が好きだと言っていた男がいたな。
ふむ、当時はあまり関心を示さなかったが、今ならわかる。
前世の俺はやはりいい人材に恵まれていたのだなと。
その男はなんと言っていたかな……そう、確かこういうのを赤ちゃんプレイと言ったらしい。
なるほど……。
赤ちゃんプレイ最高!
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