覇王様、転生します。~俺はただ平穏に暮らしたいんだ!~

大菩薩

プロローグ


 覇国ジャガーノート。


 エルレアという世界でも最大を誇る大陸ユーランの面積を実に八割も支配する巨大さと千年もの間国を維持し続けてきた強大さを併せ持つ超大国である。そんな覇国の首都、さらにはその中でも一番目立つ豪奢な城の中、荘厳な空気の漂った広間にその男はいた。


 彼の者の名はロアステリア・ウィンザ・ジャガーノート。


 その名が示す通り、この覇国の頂点にして偉大なる覇王である。


 ロアステリアは豪華絢爛な玉座に座り、肘掛けに凭れながら、眼下にいる者達を睥睨するように見つめていた。


「ここまで辿り着いたことは誉めてやろう……それで?無断で俺の城に踏み入った貴様等に聞こう……何の用で参った?」


 ロアステリアから発せられた言葉は、並のものならば、畏怖で気絶するほどの覇気が宿っていたが、今、彼の目の前にいる者達に限って言えば、それは杞憂と言える。


 ロアステリアの言葉に応えるように、真ん中に立つ男が腰にある聖剣を抜き放ち、威勢よく宣戦布告をかました。


「お前を滅ぼしにだ、覇王ロアステリア!」


 男は敵国から送られてきた人族の勇者であった。

 さらに彼の後ろには魔族の魔術師と龍族の戦士が立っている。そのどちらともが覇国を敵視する国から遣わされてきた者達だ。


 勇ましい勇者の言葉にロアステリアは思わず、笑い声を零す。


「ほう、俺を滅ぼしにか……クハハハハハ!」

「何がおかしい!」

「ああ、おかしいさ。どうしてこれが笑わずにいられよう?まさか貴様等程度の存在を三人よこしただけで、俺を倒せると思われているとはな……逆に舐められたものだ」

「ッ!なんだと!」


 侮辱されていると気が付いた勇者が語気を荒げて、怒りを露わにする。その後ろで油断なく構えていた共の魔術師と戦士も自分達を下に見る言葉を吐いたロアステリアに対して、眉尻を吊り上げ、眼光を鋭くした。


 各国、それどころか世界で見ても上位に入る力を持つ英雄達の怒気は、普通の人間ならば、当てられただけで心臓が止まってしまうだろう。


 だが、ロアステリアにとって、彼等の怒気など子供の癇癪程度の力でしかない。

 気色ばむ彼等にロアステリアは玉座に座ったままつまらなそうに宣言した。


「ふん、とりあえず憤慨している暇があるのなら、攻撃してくればいいものを……初撃はくれてやる、さっさと来るがいい」


 どこまでも居丈高で傲慢。勇者達など眼中にないのか、その瞳は彼等に向けられているのに、まるで視界には入っていないようだった。それはこの世のほぼすべてを手にした覇者としてのあるべき姿かもしれないが、勇者達にとっては最後まで馬鹿にされていると感じて、我慢ならなかった。


「後悔するなよ、覇王ッ!貴様の天下もここまでだ!」


 勇者の気勢を合図に戦闘は開始される。

 勇者が極光の輝きを放つ聖剣を高々と掲げ、魔術師が巨大な魔法陣を眼前に現出させ、戦士が身の丈のある大剣を腰だめに構えて、三人は同時に力を溜め――直後、一斉にそれを解き放った。


 光線と爆炎と斬撃の魔術が三位一体の破壊の嵐となって、ロアステリアの座る玉座に迫る。


 ロアステリアはただ肘掛けに手をつき、避ける動作も防ぐ仕草も見せない。

 このままでは嵐に飲み込まれるという最中さなか――ロアステリアは一つ指を鳴らした。


 次の瞬間、勇者たちの放った絶死の攻撃はまるで幻術であったかのように、全てがキレイに霧散する。


 呪文の詠唱も魔法陣の展開も何もない刹那の出来事。

 それは魔術とは違い、直接的に世界の法則へと干渉を行える究極の技術――魔法。


「「「ッ!?」」」


 勇者達の顔に信じられないと言った感情が現れる。

 しかし、そうやって呆けている暇はなかった。


「這いつくばれ」


 ポツリと呟かれた一言。

 それだけで勇者達は床にめり込むほどの重圧を受けて、倒れ込んだ。


「グッ!」

「ウギッ!」

「ガッ!」


 眼下で勇者達の呻き声が漏れる。


 さらにロアステリアは絶え間なく力を強め続けて、勇者達の体の自由を奪っていった。


「「「……っ!」」」


 彼等はどうにかこの謎の攻撃から抜け出そうともがくが、まるで手が見つからない。

 そんな地を這う虫けらの様な彼等に対し、ロアステリアは心底つまらなそうに最後に餞別の言葉を送った。


「俺に挑んだこと、あの世にて悔め」


 同時。


 グチャッ!


 三つの肉が圧し潰されたかのような音が響くと、床に敷かれた優美なカーペットを膨大な血が濡らした。

 ロアステリアが一気に力を引き上げ、一瞬にして勇者達の人生を永久に閉ざしたのだ。


 その後、眼下に浮かぶ三つの肉塊になった者達を何の感情も浮かばない瞳で見下ろし、ロアステリアは声を上げた。


「おい」

「ハッ!」


 ロアステリアの短い言葉が広間に浸透してすぐ、玉座の後ろの空間からスッと執事服を着た一人の男が現れる。


「片付けとけ」

「かしこまりました」


 尊大に指示をだしてすぐ、ロアステリアは退屈そうなため息を吐いた。

 骸となり果てた眼下の三つの物体に、もうロアステリアの興味はなかった。



 ◇



「どうしてこうなった!」


 覇王の間から自室に戻った俺は率直で素直な感想を叫んだ。


 何に対しての言葉かと言われれば、それはもうすべてに対してとしか言いようがないだろう。


 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日!

 勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者、勇者と!

 蟻の如く踏みつぶしてもどんどんと湧いてきやがる!


 あ奴らは一体どれだけ俺の命が欲しいんだ!?


 部屋で一人絶叫するほど、俺はもうこの覇王人生に嫌気がさしていた。


 元々、孤児からここまで成り上がったと考えれば、俺の人生は素晴らしきものと言ってもいいかもしれないが、しかし、俺は別に求めてこんな地位を得ようとしたわけではない。気が付けば、覇王などと言われるようになり、さらには敵対国から異様に狙われるようになったのだ。


 もうあまり覚えていないことだが、始まりは冒険者だったかもしれない。孤児だったこともあり、一人で生きていくためにも齢にして十にも届かない頃、冒険者になった。

 幸い、生まれた時から力があり、また才能もあった。だからすぐに成功を収められるだろうと思われたが、冒険者になってすぐ、それはおじゃんになった。


 変な輩に絡まれ、それを問答無用で潰したのだ。だが、どうもその変な輩は親切心から忠告をしてくれた有名冒険者だったらしく、子供だった俺を心配したらしい。ただ、いかんせん強面な顔での脅迫は完全に喧嘩を売られているようにしか感じなく、これからやっていくためにも舐められるわけにはいかんと、俺は全力を持って相手した。結果、その相手を無茶苦茶にボコボコにし、再起不能にまで倒したが、どうもそれがいけなかったようで、気が付けば、俺の名が広まり、絡んでくる輩が後を絶たなくなった。 


 俺は適度な成功と生きていけるための金があれば十分であったというのに……。


 以降それが煩わしくなって、仕方なく街や国を変えて生きようと思ったが、行く先々で何故か魔物のスタンピードやら、凶悪な犯罪魔術師やらに巻き込まれ、それを悉く潰していくと、また余計に俺の名は広まった。


 そのせいか、様々な者達が俺の力を求め、勧誘してくるように……。


 ただし、もちろんそのすべてを断ったが。

 なにせ奴等ときたら、口を開けばやれ部下につけ、やれ騎士にしてやろう、果てには我等が奴隷となれ、とあまりにも不遜極まりない態度のため、むかつき過ぎて来る者すべてをぶっ飛ばしてしまったのだ。

 当然、そのせいでまた名は広まり、そしてさらに追われることが多くなるという悪循環が起きたのだが……。


 だから、俺は一計を案じた。

 それが魔法で自らのしもべを創り出し、俺を狙う者達をそいつらにすべて任せてしまえばいいのではないかというものである。

 しかし、その考えが最後、一番俺の夢からは遠い方向に突き進んでしまうことになろうとは、その頃の俺は思いもしなかったのだ。

 過去に戻れたならば、力づくでも止めていたことだろう。(まぁ、戻ろうと思えば戻れるが、それをすると後々厄介なことになるのでしないが……)


 確かに、しもべの創生は正しかった。俺に来る煩わしい輩どもを代わりに成敗してくれ、おかげで少しは平穏な時間を過ごせたのも事実だ。

 ただ、俺はしもべ達を好きにさせ過ぎていた。

 あ奴ら、いつのまにやら俺を唯一頂点にする国などというものを作ろうとしていたのだ。それを知った時には、時すでに遅し。その当時あった何個かの国を併呑し、強力な大国を建国して、俺を天辺に据えたのだ。


 あれよ、あれよと気が付けば王様。

 国の運営は実質全てがしもべ任せだから、最初は楽で別にイイかなと思ってもいたが、そんなことはない。

 王になったからと言って、俺を狙う者が減ると言うことはなかった。むしろ、王になったせいで余計に俺を付け狙う者が増えたくらいだ。


 それから約千年の時間、今では俺は覇王などと呼ばれ、自国以外の者達からは尋常ではないくらい敵対感情を向けられている。

 先ほどの勇者達がそうであったように、外の国で英雄と呼ばれる者達が日夜、暗殺者紛いのふりをしながら、俺の首を狙いに来るのだ。


 以前のようにしもべに任せればいいじゃん、と思ったかもしれないが、あ奴らは国のかじ取りをしなければならないせいか、前ほどの時間を取って俺の助けになることができなくなってしまった。その為、俺を狙う刺客たちの相手は大半自分自身で処理している。


 本末転倒!


 そもそも俺の夢は悠々自適な生活だったはずだ。

 生きていくのに十分な金と静かな場所、願うならば綺麗な嫁が居ればそれだけで文句はなかった。


 けれど、何故か今は世界で最も栄えた国の、豪華絢爛な城の自室で頭を抱えている状況。


「――もう転生しかあるまい」


 過去を振り返ったところで、俺はポツリと呟いた。


 今生に夢を求めるのはもう無理である。

 なにせここ数百年はずっと波乱万丈の日々。

 平穏を感じたことなどもう何年もない。


 もううんざりだったのだ。

 覇王人生では俺の夢は叶うことなどないのだろう。

 ならば、求めるは来世の人生しかない。


 国や僕達には悪いが、もう俺に迷いはなかった。


 即決即断。

 右手に手刀を作り、自らの胸に突き入れる。


「ごふっ……」


 口から血を吐き出すが、そこに苦痛はない。

 むしろ、今から明るい未来が待っていると思えば、必然口元が嬉しくて曲がってしまう。


 意識が段々と消失し、そして最後、俺の体は《輪廻転生リインカネーション》の魔法の光に包まれた。



 ロアステリアは知らない。

 転生程度で、彼が平穏の元を歩けるようになるはずもないということを。

 そもそもの話、彼の魂を世界が放っておくはずがないと。

 そして、この転生を機に、エルレアは波乱の時代に突入することになる。

 それによって、世界は――



 ◇



 そこはエルレアではない、別世界。


 地球という世界の国、日本という場所の病院である一人の子供が生まれた。


「ねぇ、アル……見て、私達の赤ちゃんだよ……」


 嬉しそうに生まれた赤ん坊を腕に抱えて、見せる女性は上終かみはて亜紀。

 彼女の傍らには、夫のアルフレッド・バートレットがいる。


「ああ、頑張ったな亜紀っ。それに俺達の赤ちゃん……可愛いなぁ。立派な男になれよ」


 渋みのあるイケメンのアルフレッドはその表情をだらけしなく緩め、赤ん坊の頬に触れる。


「アル、名前はどうしようか?」

「ああ、それなら考えてあるんだ。この子の名はロア、上終ロアだ。どうだ?」

「上終ロア……うん!いい名前!」


 微笑んで喜んでくれる妻を見て、アルフレッドも嬉し気に笑みを零した。


 その時である。


「ふむ、かみはてろあ……それがこんじょうのおれのなか……たしかにいいなまえだ」


 亜紀とアルフレッドと赤ん坊以外は人がいないこの病室に何処か舌足らずな可愛らしい声が響いた。


 幻聴かと夫婦は頭に疑問符を大量に浮かべて、きょろきょろと辺りを見回す。


「どこをみておる?そなたたちのまえにおれはいるぞ」

「「はい?」」


 え?と夫婦は目を点にして、目線を下に向けた。


 そこにいたのは初めて授かった二人の宝にして天使。

 ぷにぷにのほっぺに小さな口元、くりくりとした大きな瞳。

 大きく育てば、確実に整った顔立ちの美男子になりそうな容貌にはどうもしっかりとした自我が見え――


「おやというものははじめてであるな……これからおせわになるのだ、ははうえ、ちちうえ」


「「しゃ、しゃ、喋ったぁぁぁぁぁ!?」」



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