その133 どこかで見たアイツ



 ざわざわ……


 城下町のギルドだけあって、スヴェン公国と変わらないくらい建物は大きく、町から出て行く人が多いと思っていたけど中は冒険者でにぎわっていた。


 「町の静けさとは大違いね」


 「そうですね。大きな町だからこれくらいいても不思議ではないですが……」


 減っている町の人を考えると冒険者が多いのはおかしい、とクロウが小さく呟く。奥は酒場になっているみたいで、まだ陽は高いというのに飲んだくれもちらほら見えるわね。


 「さっさと依頼を済ませましょうか。……ちょっといいかしら?」


 あたしはリュックから書状を取り出し、受付に声をかける。無精ひげに角刈りをした男が目を細めて口を開いた。


 「あー、依頼かい?」


 「正解よ。クライルのギルドから書状を預かっているの。ギルドマスターに直接会えるかしら?」


 「……おっと、アレか。ちょっと待っててくれ。あんた、拳聖のルビアだな?」


 あたしが無言でギルドカードを見せると、口元を歪めてその場を後にする。


 「なーんか嫌な笑みだったわね」


 「ま、『アレ』だ、なんて言うくらいだから予定通りなんでしょう」


 アニスが口を尖らせてそういうので、あたしは苦笑しながらやんわりとなだめる。しばらく受付で待っていると、奥から若い、といっても20代後半の男が口元に笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくるのが見えた。


 よく言えばゆるウェーブ。悪く言えばわかめヘアーという感じの髪形をし、自信家を思わせる目つきが印象的ね。


 「わかめ……!」


 「ぶっ!?」


 あたしは胸中で考えていたので問題なかったけど、クロウはアニスの一言であっさり噴き出した。まだまだ修行が足りないわねえ。そんなことを考えながら苦笑していると、わかめが話しかけてきた。


 「ようこそ、ハイラルのギルドへ。俺がギルドマスターのネックスだ」


 「ルビアよ。こっちがクロウで、アニス」


 「どうも」


 「ぷぷ……よ、よろしくお願いします」


 あたしが握手をし、ふたりはとりあえず頭を下げる。アニスは自分で勝手にツボに入ってしまい、肩を震わせていた。


 「……? さて、書状の件であれば、部屋で話そう。こちらへ」


 「手短にお願いね、あまり長居するつもりは無いから」


 「最善を尽くそう」


 そういってギルドマスターの部屋へと案内され、あたし達は適当に腰掛けた後、書状をテーブルへ置く。


 「これが依頼の品よ。向こうの依頼内容はこれ。金貨三十枚、よろしくね」


 「承ろう。おい」


 「はっ」


 ネックスが用心棒みたいな感じの男に合図をし、用心棒が金庫から革を取り出し、あたしの前へと差し出してきた。中身を確認して問題ないので頷くと、ネックスは話を続ける。


 「これで依頼成立だ。拳聖殿に頼めて良かった。して、賢聖のエリィ殿はいずこへ? 一緒ではないのか? 姿を見たことないのでその子がエリィ殿だと思ったが、違うようだしな」


 「エリィはちょっと野暮用で他の仲間と別行動しているわ。あたしだけ先行で書状を届けに来たの。あまり長く持ちたくない代物でしょ、それ? エリィがいないから冷や冷やしたわ」


 カマをかけてみると、少し眉を動かすネックス。


 「……ま、あなたのような強者に持ってこさせるくらいだ、当然と言えるだろ? さて、先ほどの依頼は終わりだ。次は俺の依頼を聞いてもらえまいか?」


 「はあ? あたし達、エリィを迎えに行かないといけないんだけど」


 「なに、そんなに難しい依頼じゃない。俺達と共に、この書状を持って城へ謁見してもらいたい。いや、ハッキリ言おう。護衛をして欲しいのだ」


 「護衛、ですか? それだったら冒険者がたくさんいるじゃありませんか」


 あたしより先にクロウが口を挟む。疑問は自分で聞かないと気が済まないタチかしらね? レオスに似ているかも? それはさておき、その言葉に便乗する。


 「クロウの言う通りね。わざわざあたし達を選ぶ必要はないと思うんだけど?」


 と、言ってみたものの、魂胆は見えている。恐らく書状の中は嘆願書のようなもので、『聖職』という肩書を持つあたしが居れば交渉しやすいとふんでのことだと思う。その予想は的中し、ネックスはため息を吐きながら言う。


 「……はあ。そういうだろうと思ったよ。護衛というのも間違っていないが、俺達は聖職であるルビア殿について来て欲しいんだ。今、国王が病に伏せているのは知っているか?」


 こくりと頷く。


 「国王には兄弟がいないので今は従弟が国政を支えている」


 「それは知っているわ。それと謁見と、何の関係があるのかしら」


 「……この国にずっといたわけではないだろうから知らないと思うが、従弟……キラール様が国政に口出しを始めてから税が高くなったり、各領地の娘を自分の子と無理やり見合いをさせようとしたりと我が物顔で私欲を尽くし始めたんだ。で、貴族達は一斉蜂起寸前まで来ている。我慢がならんと」


 「それをギルドがおさめようと?」


 「いや、そこまでの権限はない。が、各ギルドマスターがサインした書状であれば貴族の不満はもとより、俺達冒険者が困っている事実を訴えることはできるだろうと見越した」


 上手くいくかしらねえ……分別があればそもそ私欲を出さないだろうし、領主達貴族だって黙ってはいなかったはず。それがギルドの書状でなんとかなるとは思えない。


 「で、あたしとエリィがいればさらに抑止力になると考えたわけね」


 「そういうことだ。どうだろう、この国を助けると思って協力してくれまいか?」


 「お姉ちゃん……」


 深々と頭を下げるネックスに、不安そうなアニスを交互に見て、あたしは頬をかきながら逡巡する。エリィがいればこういう時すぐ助けようとするだろう。


 「それじゃあ――」




 ◆ ◇ ◆


 

 ――ギルドを後にしたあたし達は宿へと向かっていた。あたしと手を繋いでいるアニスが、視線を足元からあげて呟く。


 「お姉ちゃん、良かったの? かなーり胡散臭い気がするんだけど、わたし」


 「アニスの言う通りかも。僕も協力するのはきな臭いというか……」


 「ま、謝礼は白金貨十枚だし、一回謁見するくらいならレオス達を待たせることもないでしょ。当日はあたしだけでいいからさ」


 「それはダメだよ! わたしも行くから!」


 「僕も行きますよ? どうもギルドマスターが気になるだよなあ」


 「わかめヘアーだしね」


 「そうじゃないよ!? ん、あれ? 道を間違えたかな?」


 クロウがキョロキョロしているのを目で追うと、この先は確かに寂れた路地裏にしか繋がっていなさそうだった。


 「もし……そこのお方たち……」


 「戻りましょうか」


 「そこの……お方たち……」


 踵をかえすが、どこからか掠れた声が聞こえてくる。アニスが口に指を当ててあたしとクロウを止める。


 「何か聞こえない?」


 「そういえ――「そこのお方たち」うわああ!?」


 「きゃああ!?」


 声のする方へ振り返った瞬間、クロウの目の前に髭もじゃの男が立っていた! みすぼらしい服を着ていて、いかにもホームレスだとわかる。


 「はあ……はあ……び、びっくりした……気配を感じなかったぞ!? あなたは誰です!」


 後ずさりしながら指を付きつけられ、髭もじゃは答える。


 「いえね、ワタシもう二日は何も食べていないんです……。この町で一山当てようと、ドラゴンの卵をですね? 売ろうとやってきたんですが、そんなものが手に入るわけないだろこの詐欺師と石を投げられるわ、町の人は疎開していくわで八方塞がりに……どうか哀れなワタシに食べ物を恵んでくれてもいいんですよ!」


 なんでか最後は上からモノを言う髭もじゃ……ん? あれ?


 「こいつ、どこかで見たこと……」


 「知っているのおねえちゃん?」


 「ははは、ワタシは少し前までコントラクトの町にいたんですよ? 知っているはずがないじゃないですか」


 コントラクト……オークション……! お、思い出した!


 「あんた! シルバーフェンリルのシロップちゃんを誘拐して売ろうとした男じゃない!」


 「やや!? どうしてそれを!? マズイ……!」


 「ここで会ったがってやつね! 確保ー!!」


 「え? ええー!?」


 「なになに!」


 困惑するクロウ達をよそに、あたしは髭もじゃへ襲い掛かった!

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