その130 後悔はしていない

 


 「五十年前、ということは……お嬢様はもういい歳だってことですか……!? わたしが仕え始めたのはちょっとまえだから気づかなかった……!」


 「……ひい、ふう……ハッ!? 少なくとも40歳近い……!?」


 バス子が顔面蒼白でそんなことをいい、ベルゼラが頭を抱えて蹲る。いやいや、ずっと生きてきたんだからそれはそうでしょ、と思っていると大魔王は苦笑いで手をひらひらとさせながら言う。


 「なあに、魔族はエルフと同じで長命だから今のお前は人間に換算して一四歳くらいだぞ。しばらくその姿のまま成長すると思う」


 「……! ということはこの胸が小さいのは、若いせい……!」


 「あ、いや、ナイアも小さかったから希望は持つな」


 「うわああああああ……!」


 父の口から残酷な真実を告げられ突っ伏して泣くベルゼラはとりあえず置いておき、僕は話を戻す。


 「それで、アスル公国の国王が実の娘を殺した、というのは……?」


 すると、大魔王は腕組みをして目を瞑る。


 「まあ、言い方があれだが、唆された、という感じだな。城の敷地内にある別宅で過ごしていたから城の内部のことには疎くてな。ある日、それこそ今日みたいに天気のいい日だった――」


 ――召喚を唆した旅の男を国王が探し出し、話が違うと糾弾をした。しかし、男は怯みもせず『姫のお腹に赤子が見えます……召喚者との子ですなあ。それはこの国を亡ぼす要因となりましょう』、などと言い放ったそうだ。命欲しさからくだらない嘘だと一蹴しようとしたが、大魔王の元へ出入りしている姫、ナイアを思い出し調べた結果――


 「まだ腹は膨らんでいなかったが調べられた結果、妊娠が発覚してな。部屋でナイアは国王に剣で刺されたってわけだ。野郎は腹の子を殺すつもりだったようだが、ベルゼラを庇うため身をひねったせいで心臓を一突きだったのさ」


 「……お父様はその時」


 「すまんな……俺は別宅でその騒ぎには気づけなかったんだ。ゴタゴタを知らせに来てくれたのはそこにいるメディナと、騎士団長のウルダハだった。稽古だなんだと仲は良かったからな」


 ……ウルダハって六魔王の一人じゃなかったっけ……? 正々堂々とアレンやレオバールに名乗って戦いを仕掛けてきたから覚えている。確か戦王、だったはずだ。僕のそんな胸中は関係なく、大魔王は続ける。


 「駆けつけた時にはもう息をしていなかった。俺の居た世界は戦いの多い世界だったから、死ぬってこと自体は珍しくない。が、身内を、子を殺す親がどこにいる? そしてそれは俺の最愛の人で、異世界で見つけた心の拠り所だったんだ。予言だか何だか知らないが、人を勝手に呼んでおいて勝手な言い草。そして大事な人を奪ってくれた。……俺は怒りで目の前が真っ赤になったよ」


 「……」


 僕の時もそうだったけど、憎しみは人から躊躇いを失くす。エリーやベルゼーラを殺された時の僕としては、恐らく大魔王を止めることはできないと思う。


 ……ん? 今、僕は何か――


 「そして後はお前たちが知っての通り、アスル公国は大魔王城、そして大魔王領へと変化した。……かろうじて俺を止めようとしたメディナ以下……のちに六魔王となる者達を配下に据え置いた」


 「国民は……? 私達が城下町へ赴いた時は人の気配はなかったわ」


 エリィが呟くと、


 「かろうじて何パーセントかは国外へ出られたが、城下町に近い町や村はほぼ全滅。小僧には止められたが、俺の《カオティック・ダークムーン》のでたらめな射出は国内に相当な被害を出した。……メディナ達も死ぬ予定だったが、友人を死なせるのは気が引けてな。俺の力で肉体を変化させたんだ。メディナに記憶が無いのはその反作用だろうな。いつか戻ると思っていたが、それは叶わなかった……他はお前達が倒してしまったからもうこの世にはいないし」


 そこまでの話で、ようやく目的について聞ける雰囲気となり、僕が口を開こうとすると、バス子が先に目を細めて聞く。


 「わたし達悪魔もほぼ同じくらいにこの世界へやってきました。それを行った人、それはあなたが有力だと思っていました。しかしその様子だと違うみたいですね。まさか同じ召喚者だったとは思いませんでした。では、どうして世界征服などを狙ったのですかねえ? 復讐は終えた、と、思うんですが? 六魔王をばらまき、わたしを悪魔だと知ってなお、お嬢様のお世話係につけた理由も知りたいですねえ。実のところを言うと、あなたが犯人なら悪魔総出で戻る方法を聞くつもりだったんですよ?」


 「!?」


 割とガチでバス子が淡々と喋り、ベルゼラが驚き、僕達も驚いてバス子を見る。なるほど、こいつはこいつでこの世界に来させられた原因を探して居たのか。


 「一応言っておくと、俺は世界征服をするつもりは無かったんだ。ただ、結果的にそういう形になってしまったから言い訳はできんが」


 「どういうこと?」


 「話に出てきた『旅の男』さ。俺はメディナに聞かされて存在を知ったが、どうも諸悪の根源のような気がしてならないと思ったのさ。怒りがおさまり、周囲を見ても近くにいたはずの男の遺体は無かった。どうやってかわからんが逃げおおせたとみるべきだと判断した俺は、世界各国を探させるために魔族を放ったんだ」


 でも、流石に全員は制御できず、正体もわからない六魔王という脅威があちこちに現れれば世界は『敵』と認識するに違いない。


 「それなら各国へお願いをすれば良かったじゃないか! 無駄な犠牲は出なかったはずだろ!」


 「国を滅ぼしたヤツの言うことを聞くとは思えない。それに、当時はアスル国王が戦争を始めようしていたくらい情勢はやや不安定だった。だから俺という強力なジョーカーがいることだけを伝えて、国同士の戦争は回避させた形だな」


 「それで見つかったの?」


 ベルゼラが青い顔で大魔王の手を取って顔を見上げると、フッと笑い、


 「ベルゼラ……。いや、探しきる前に五十年も経ってしまった。魔族といえども老いる。後は知っての通り」


 「僕に倒されたってわけか……」


 そういう経緯を聞くと申しわけない気持ちになってしまう。他に方法があったのではないかと。


 「そんな顔をするな。潮時だったんだろう。それでも俺を倒せる奴が現れるとは思っていなかった。光の剣を持った勇者といえど、もう少し老いてからようやくいい勝負になるくらいだろう。今回の勇者やそこにいる賢聖は全滅して、他の勇者へと移行すると思っていた」


 「僕も想定外さ。僕は前世の力と記憶あそこで取り戻した。そうじゃなきゃ死んでまた天界へ行くはずだったと思うよ」


 「でも、そうはならなかった。お前には……なにかあるのかもな? 運が良かったのかもしれないな俺は」


 倒されたのにそんなことを言い出す大魔王にきょとんとした目を向けると、大魔王は笑いながら僕の頭をポンポンと叩く。


 「引導を渡してもらって良かった、ってことだな。なるべくそうしないようにはしてきたが、向かってきた人たちを殺していたのは事実だ。それについては弁解するつもりはないし、目的のためだったから謝るつもりもない。が、やっぱり気分のいいものではない。俺も年老いていた、潮時ってやつさ」


 知らない人にはすまないが、と付け足して、大魔王は言う。こういう運命だったのだと。あまりといえばあまりな人生。向こうの世界でだったらもしかしたら別の道があったかもしれないのに。


 「ま、それでもベルゼラが産まれてきてくれて良かった。母親の受精卵をなんとか培養することで誕生させることができたのは奇跡だった。メディナがいなければお前も失うところだった」


 「?」


 「メディナが……?」


 相変わらずどこを見ているかわからない瞳のまま、注目されて首を傾げるメディナ。冥王としての実力は元々あったってことか……


 「あんたがねえ?」


 「ぺちゃぱいはすぐ嫉妬する」


 「やかましいわ!?」


 もむもむと何かを食べながらバス子に喧嘩を売るメディナを見て、少し寂しそうな顔をした後、大魔王は再度口を開いた。


 「これが全容だ。もう、終わったことだがな。できれば元の世界帰りたかったが……。他に聞きたいことはあるか? もう時間がない」


 「へ? 大魔王様は復活したんでしょ?」


 「違う。一時的なものだこれは。元々、死に目に合えなかった最後の言葉を聞くために、ここで儀式を行うのさ。……みろ」


 大魔王がストーンサークルから手を出すと、上着の袖がぶらんと垂れ下がった。恐らくその部分は消えてしまったのだろう。


 みなが息を呑む中、バス子が声をあげた。


 「……わたし達悪魔について知っている者に心当たりはありませんか? だいたい、今の話で検討はつきますが」


 「ま、そうだろうな。俺を召喚しろといった旅の男、そいつが怪しい」


 「でしょうね。……仕方ありません、あなたの仇はわたし達がとってあげますよ」


 「特徴は一つだけしかわからない。あの時居合わせた男の両手の甲には五芒星が彫られていた。それを手掛かりに……頼む」


 「承知しました、大魔王様」


 そういって膝を付いたバス子に頷くと、僕に目を向けて大魔王は言う。


 「小僧。いや、レオスと言ったか? ベルゼラを頼む。俺もここまでだ、俺より強いお前になら預けられる」


 「わ――」


 「わかりました。大丈夫、ベルは必ず幸せにします」


 僕が答える前に、何故かエリィが答えていた。


 「……僕達が守るよ」


 「……助かるよ。これで安心していける。そこだけ、気がかりだったからな。レオス、何か迷いがあるみたいだが、あまり悩むなよ? それとベルゼラ」


 「……はい」


 「最後に抱っこさせてくれ」


 「うん、パパ」


 片手でベルゼラを抱きしめた大魔王は、


 「大きくなったな。あまりかまってやれなくてすまなかった。これからは俺もいなくなるが、大丈夫だな?」


 「うん……レオスさんが、エリィがバス子もメディナもルビアさんもいるから……だい、じょうぶ……」


 「強い子になったな。ああ、悪くない……俺の人生に後悔は無かった。そう言っていい……最期にこれをお前に託す。《カオティック・ダークムーン》」


 「これは……」


 「俺の最強魔法だ。こうやって子へ受け継いでいく魔法でな、お前にしか使えない。威力は絶大だから信用していい。お前にしてやれるのはこれくらいしかないが……」


 「ううん……嬉しいよ……」


 ベルゼラの身体が一瞬ぼうっと光ると、そろそろ大魔王の身体も限界が近づいていた。

 

 「大魔王……」


 「頼んだぞ、レオス! それじゃあベルゼラにお前達も元気で。もう、儀式でも戻ってくることはできない。後はお前達の手で――」


 「あ……!」


 大魔王が微笑んだ瞬間、光の粒子となり、大魔王エスカラーチは今度こそ、その生涯を終えたのだった。

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