その129 大魔王エスカラーチ
「これでよし、と」
気絶した全裸の変態親父に、とりあえず僕の数少ない上着と替えのズボンを履かせ、とりあえず目のやりどころに困るという状況を打破することに成功した。
「なんとか話はできそうね。私達が戦った時より若いのが気になるけど」
「そうだね。まあ割とあっさり復活してくれたのが助かったかな? そういえばエリーはエリザベスと呼ばないででいいの?」
「それでいいわよ。記憶が戻ってもこの世界ではエリィであってエリザベスではないし、発音もエリーと変わらないから」
ま、それもそうかと頷いていると、大魔王のまぶたがぴくぴくと動き出した。
「おっと、起きるみたいだよ」
そう言ったのも束の間で、すぐに口を開く大魔王。
「……む、俺は一体……」
「目が覚めた? お父様。……で、間違いないわよね?」
ベルゼラが声をかけると、大魔王は目をぱちぱちさせた後、
「おお! 俺の娘よ! 久しぶりだなあ!」
「ちょ!? 止めてよ!?」
ベルゼラをぎゅっと抱きしめてにこやかに笑っていた。……うーん、世界征服を企んでいた悪の人物……?
「てい!」
「あいた!? 折角の再会なのに……」
「それはそうだけど、今は別の用事があるのよ。……まあ、でも会えてちょっと嬉しかったけど……」
「ははは、照れ屋だなベルは!」
ベルゼラの頭をくしゃりと撫でたあと、大魔王はゆっくりと、微笑みながら僕達へと目を向けてくる。何となく尋ねてくることがわかっていたかのような笑みだ。
「……で、俺を倒した坊主に、勇者パーティの賢聖か。娘が世話になったようだな?」
「いえ……」
「ここまで仲間として一緒に旅をしてきたんだ、お礼を言われることじゃないよ。それよりも大魔王、あなたに聞きたいことがあってこの黄泉の丘まで来た。答えてもらうよ」
「はっはっは! さすがは俺を倒した男だ、度胸があっていい。お前ならベルゼラを任せても良さそうだ。そうそう、大魔王城で一緒に暮らせばいいんじゃないか? 名乗りを上げれば今日からお前も国王だ!」
尋ねられたくない、といった感じでペラペラと喋る大魔王に、僕は手で制して話を続ける。
「はぐらかさないで欲しいかな。僕が聞きたいことはいくつかあってね、一つずつ答えて――」
「俺がどうして世界征服をしようとしていたのかについてか? そこにいる悪魔のことか? 冥王メディナのことか? ……それとも、大魔王領についてか?」
「――っ……!」
そのものずばりを先に言われて言いよどむ。大魔王は満足げに口の端を歪めると、目を閉じてゆっくり話し始める。遠い昔を懐かしむ様に、寂し気に。
「昔……。ほんのちょっとだけ昔の話だ。ベルゼラ、お前は母さんを覚えているか?」
「……いえ」
「ま、そうだろうな。なんせ母さんは、五十年も前に死んだのだから。さて、俺が世界に進出し始めたのはそのくらいの年代という認識であっているか?」
「ああ。大魔王の名が轟くようになったのがちょうど五十年前だと聞いているよ。大魔王が城がある、アスル公国を崩壊に導いたのを皮切りに、ね」
「半分当たりで半分ハズレだ。すこし話を戻すが、ベルゼラの母親は誰だと思う?」
「大魔王の奥さん……?」
エリィが顎に手を当てて考えるが、もちろん分かるはずもない。それは僕だって同じ。そこで大魔王は驚愕の事実を僕達に話す。
「……ベルゼラの母、つまり俺の妻は……アスル公国の王女、ナイアだ」
「え!?」
「自分が滅ぼした国の王女……!? あ、でも大魔王だし、無理やり手籠めにしたんだね?」
「ははは。まあ世間の俺の評価ならそう思うのは無理もないが、そうじゃない。俺とナイアはきちんと愛し合っていたぞ。その結果がベルゼラだ」
「わ……」
ベルゼラの頭に手をやり、優しそうな眼を向ける大魔王にエリィが尋ねる。
「だったらどうして公国を滅ぼしたんですか? 正当な王になれるでしょうに。魔族だからダメだった、とか?」
「近いが、そういうわけじゃないんだ賢聖。さて、ここからが本番だ。俺は……大魔王エスカラーチは、この世界の者ではない。別の世界から召喚されてきた存在。それが、俺だ」
「な、なんだって……!? ということは転移者ってこと!?」
「ほう、我ながら荒唐無稽な話だと思うが信じるのか?」
自分からいってきたくせに、にやにやと笑う大魔王。
「それなりに僕も長く生きているからね。でも、一体どうやって?」
「アスル公国だ。お前達が俺を認識する、アスル公国を滅ぼす少し前に、俺はかの国に召喚された。目的は、世界征服」
「はあ!?」
「……」
「それは、わたしも知りませんでしたねえ。メディナさんは何かを知っているようですけど?」
「まあ聞け。ある時ふと、旅の男が当時の国王に『異世界からの召喚者は絶大な力を持って顕現する』というおとぎ話同然の話をすると、私欲にまみれた国王はそれを実行した。どうやって行ったのかはわからんが、結果、俺はこの世界へと辿り着いたのだ」
ときどきふざけた態度をとるけど、どうも話していることは本当のようで目は真剣だ。召喚自体は他の世界でもありふれているから無いとは言えない。
「俺は別世界で大魔王を名乗っていてな。もちろん最初から強かった。が、この世界に来てから、さらに力は上がったかな? それはともかく、俺は国王に協力を要請されたってわけだ。でも、自分で言うのもなんだが、俺は面倒ごとと殺戮は嫌いでな。そりゃ殺しにきたやつを倒すことはあっても、抹殺! みたいなのはしたくないんだよ。殺して、その果てに誰も居なくなった世界を支配してなにが楽しいって話だよ!」
大魔王のくせに妙なやつだな、と思うと同時に、昔の僕とは真逆の考えをしていたんだなとぼんやり思う。大魔王は段々興奮冷めやらぬといった感じで語る。
「俺が断って元の世界へ返せと言ったらあの国王『わしの言うことを聞かなければ返さない。戻る方法はわししか知らん!』ときたもんだ」
「それで世界征服を?」
エリィが聞く。
「否だ。さっきも言ったが、この世界にきて力は増していたから俺に勝てるヤツなんていないんだ。だから、無言の抵抗で何もしなかったのさ。当時、最強の魔法兵団長だったお前でも、な。メディナ」
「なんのこと」
「……記憶はないままか。仕方ないこととはいえ……。いや、それはいい。で、諦めた国王は他の国へ行かない、協力しないということで俺を城に住まわせた。最悪、戦争になれば守ってもらえるだろうという打算もあったんだろう。そして、ベルゼラの母になる、ナイアを俺にくれた」
話の中で一番寂しそうな顔をした大魔王が一旦言葉を切る。
「ナイアも俺を気にいってくれ、幸せな日々だったよ。元の世界に戻れなくてもいいかなーとかそう思えるくらいには」
「軽いな!?」
「……だが、それも長くは続かなかった」
「ありきたりな導入ですね……それで?」
バス子がバナナを食べながら聞き返し、大魔王はとんでもないことを言う。
「今から五十年ほど前。ベルゼラを産んだ矢先、ナイアは殺された。実の父である国王によってな」
「そんなバカな……!?」
「嘘……そんな……」
だけど、悲劇はこれだけじゃなく――
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