その45 肉で始まり肉で終わる

 


 「がるるる……」


 「ぐるるる……」


 と、肉を咥えながら獣人と思わしき子供二人が僕を威嚇してくる。だけど、子供に威嚇されても特に怖くもなんともない。


 「僕は何もしないから食べていいよ」


 「本当!」


 「やったー!」


 僕の言葉に二人は喜び、すぐに肉へと集中し、その勢いはこそこそしなくて良くなったからか上がっていた。


 「がつがつ」


 「むしゃむしゃ」


 「よく食べるなあ……そんなにお腹が空いていたのかい?」


 「うん!」


 女の子が元気よく頷き、ついに明日の分まで仕込んでおいたお肉は全て無くなってしまった……いや、子供なのに凄いなホント!?


 「ごちそうさまでした!」


 「ごちそうさまでした!」


 男の子が言うと、女の子も真似して言う。ふふ、この二人兄妹かな? 男の子は短い灰色の髪の毛に青い瞳。女の子は同じ灰色の髪でふわふわのくせっ毛。瞳の色は黄色だった。


 「君達、獣人みたいだけどどうしてこんなところに? 名前は?」


 「僕はシルバ!」


 「わたしはシロップ! おにいちゃ、お肉をくれるいい人!」


 「いや、それだけでいい人って決めちゃダメだよ? 怖い人に連れて行かれるかもしれない」


 「そうなの? でもおにいちゃは怖くないよ?」


 能天気な子供だなあ。


 「僕はレオスって言うんだ。で、どうしてここに?」


 するとシルバがお腹をさすりながら答えてくれる。


 「シロップが変身できるようになったから練習してたんだ。でも走りすぎてちょっと村から遠く離れちゃってさ。帰る途中だったんだけど、変身していっぱい走ったらお腹が空いちゃって……ごめんなさい」


 「まあ食べちゃったものは仕方がないけどさ。あーあ、口の周りがべたべただよ」


 「んー」


 「んー」


 僕が二人の口を拭いていると、背後から声がかかった。


 「あれ、シルバーフェンリルの子供じゃないですか、珍しいですね」


 「あれ? バス子、寝たんじゃなかったの?」


 「えっへっへ、ちょっとレオスさんを夜這いに……というのは冗談で、喉が渇いたんです。お水貰えますか?」


 「はい」


 バス子に水を渡し、再び訪ねる。


 「練習っていってももう深夜だよ。帰らないと両親が心配するんじゃない?」


 「ううん。僕達って夜に活動することが多いから大丈夫だよ」


 「だよー」


 「シルバーフェンリルは夜型ですからねえ。昼間起きていないわけでも無いですけど、村に居る個体はだいたい夜型ですね」


 「へえ。そういえばギルドの試験でシルバーフェンリルの人造魔獣を使っている人がいたっけ。毛並みは似ているかも」


 「それじゃあ僕達は帰るね。寝るなら村に来る? こっちににあるよ。お母さんに言えば泊めてくれると思うよ」


 「レオスおにいちゃ、行こう!」


 シロップがぴこぴこと耳を動かしながらぐいぐい引っ張ってくるが、僕はやんわりとシロップの手を外して頭を撫でる。ふわふわした髪の毛が心地良い。

 とりあえず僕達が向かう方角と逆だし、この子達は良くても村の大人はダメだと言うかもしれない。無用なトラブルを起こしても困るしね。


 「あそこに仲間が居るんだ。もう寝てるから、起こしたくないし君達だけで帰りなよ。気を付けてね」


 「うぐー……」


 シロップは僕を引っ張ろうと頑張るけどビクともしない。そこでシルバがシロップの抱っこして言った。


 「レオス兄ちゃんは行けないんだって。僕達だけで帰ろう」


 「あい……」


 尻尾と耳を項垂れさせて仕方なくお兄ちゃんの言うことを聞くシロップ。そうだ、と僕は二人に忠告をしておくことにした。


 「人間はいい人ばかりじゃないから、あまり気軽に付いて行ったり、村に連れて行ったらダメだよ」


 「うん。でも、シロップはいい人か悪い人かすぐに分かるみたいだから多分大丈夫」


 「レオスにいちゃはいい人。お肉くれたし」


 結局そこか……大丈夫かな?


 「ばいばい」


 シロップはそういうと、次の瞬間には灰色の狼に変身していた。見ればシルバも変身し、ぺこりと頭を下げてサッと森の中へ消えていった。


 「狼だけど、狐につままれたみたいだったね」


 僕がそう呟くと、


 「あれだけ人懐っこいのは珍しいですけどねえ。子供だからかもしれませんけど」


 バス子が不思議そうに見送っていた。


 「そうなんだ?」


 「ええ、森の守護神とか呼ばれますけど、町へ出たシルバーフェンリルはよく捕まえられることがあるんで、警戒心が強いんです。奴隷にされて肉体労働。子供なら愛玩動物。毛皮も貴重ですしねえ」


 うーむ、確かにあの毛は見事だった。あれでマフラーとか作ったら売れそうだよね。どうせ生え変わるだろうし。


 「さって、それはともかく中途半端に起きるとお腹が空きますねえ。 えっへっへ、レオスさんお肉ください」


 「え? もう無いけど」


 「は? ロックバード一羽分ですよ、そんなはずは……」


 「さっきの子たちが食べちゃったんだ。もし毎日あれなら食費が大変だろうな――ってどこ行くのさ!?」


 「わたしのお肉……! 許すまじガキ共! 楽しみにしていたのにぃぃ!」


 バス子が泣きながら槍を構えて追おうとしていた!?


 「待って待って! しょうがないだろ! 野営するの前提だったから食べ物はカバンにあるよ」


 「それを早く言ってください♪」


 変わり身早いな……


 「えっと……はい、これ」


 「なんすかこれ?」


 「おにぎり。これならサクッと食べられていいでしょ」


 すると明らかにがっかりした表情でおにぎりを受け取りもそもそと食べ始める。


 「お肉……お肉が食べたかったなあ……」


 「面倒くさいなあ……」


 結局ぶつぶつ言いながらもおにぎりを平らげてバス子は再び寝に戻り、僕ももうひと眠りすることにした。




 ――で、翌日



 「そんなことがあったんですね。私、ちょっと見てみたかったです」


 「ふあ……エリィは動物とか子供好きだもんね。シルバーフェンリルって他の森にもいるし、どっかでまた会うわよ。それよりお肉を全部食べられたのは残念ね」


 ルビアが歩きながらあくびをしそんなことを言う。


 「子供だったしいいじゃない。また獲って食べようよ」


 「そうですね! 私、今日も張り切って戦いますわね」


 「無理しない程度でね。僕もこの剣の能力を確かめてみたいし」


 僕がセブン・デイズを抜いて笑うと、ルビアが口を開く。


 「そういえばバス子を水の蛇で倒していたわね、どういう剣なの?」

 

 「えっと――」


 と、説明しかけたところで空に偵察に出ていたバス子が帰ってくる。


 「町までもう少しですね。このまま歩くと途中でクラッシュバッファローと遭遇しますけど迂回しますか?」


 と、注意を促すバス子だけど、顔はにやけている。


 クラッシュバッファローは狂暴な牛型の魔物で、強靭な脚力から放たれるタックルは鎧を破壊するほどの威力があるので、大変危険なのだ。


 だけど、そのお肉はとても美味しくて地球ならA4ランクはかたく、さらに状態が良ければ一頭持ち帰るだけで金貨八枚で売れる。


 

 ……となると一つしかないよね?


 「真っすぐ行ってバス子ちゃんのお肉をゲットですね!」


 「賢聖様、分かってるぅ♪ ささ、参りましょう……」


 「現金ねえあなた……」


 ・


 ・


 ・



 ドス! ザシュ! バリバリ!


 ウモォォォォン!?


 ドサリ……



 「勝った……」



 かくして、牛一頭をゲットした僕達はオークションがあるという町、コントラクトへと足を踏み入れた。

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