その40 人間と魔族



 「――という訳なのよ」


 「なるほど、エリィが僕を故郷まで送り届けるのを諦めていなくって、さらにレオバールが執拗にモーションをかけてくるのに嫌気がさしたから城からさっさと逃げてきたんだね」


 ウトウトしかけているルビアがここまでの経緯を簡単に説明してくれた。僕が城から出ればうまく収まるかと思ったけどエリィは心底レオバールが嫌だったようだ。


 「うーん、ここまで来てくれて悪いけど僕は――」


 「あ、長くなりそう? だったら一回寝かせてもらえる?」


 「あ、うん……ごゆっくり……」


 「レオスもお昼寝をするでしょ? どうせエリィがそんな状態だし」


 「……そうしようか……」


 仕方なく僕を真ん中にして右にエリィ、左にルビアという状態で眠ることにした。ベッドはキングサイズなので三人が寝ても十分問題ない。しかし、


 「どうしてルビアまで僕にしがみつくのさ?」

 

 「んー……エリィがすごくいいっていうから試してみたくなったのよあたしも……あ、これは確かに……むにゃむにゃ……」


 「試すって何!? ……ってもう寝てる……よっぽど疲れてたんだね。エリィもあれだけ騒ぎがあったのにまるで起きないし。それにしてもよく見れば二人とも汚れてるなあ……<ピュリファイ>」


 僕は浄化魔法を使って二人の汚れを取り去る。ピュリファイは疲れをとることができないけど、服や体の汚れを落とすことができる生活便利魔法である。別世界の魔法だけど、使えるものは使っておこう。


 「これで良し……それじゃお休み……」




 ◆ ◇ ◆




 「えっへっへ、追い出されちゃいましたねえ」


 「誰のせいよ!? ああ、レオスさんに嫌われてしまったかもしれないじゃない……」


 宿を追い出されたベルゼラとバス子は再び偽装魔法で角と尻尾を隠して路地裏で話していた。怒声をものともせず、笑いながらひらひらと手を振りながらバス子は言う。


 「まあまあ、汚名挽回のチャンスはまだありますよ」


 「使い古された間違いを……汚名返上ね。このまま付いていって、レオスさんの喜ぶことをしてあげるしかないかしらね」


 ベルゼラがうーんと腕組みをしながらその方法を考えていると、とりあえずついてきただけのバス子がベルゼラに訪ねる。


 「それにしてもどうして彼を選んだんです? 大魔王様を倒したというものの、わたしはその現場を見ていませんから、そこんところ詳しく」


 

 「お父様が戦っている時に寝てたものねあなた……で、レオスさんね。お父様を倒した時の強さに、容赦ない一言、そして冷静さが素敵だったからよ『もう消えなよ……』ああ……かっこいい……」


 「まあ結果、大魔王様死にましたけどね」


 バス子が身も蓋もないことを言うが、気にした風もなくベルゼラが口を開いた。


 「仕方ないわ、弱い者は淘汰される。それがお父様の口癖でしたし、いざとなれば復活もできますから」


 「魔族の便利なところですよねー。で、これからどうしますか? あの調子だと聖杯を渡してくれそうにありませんよ? お嬢様を狙っている冥王にも気を付けないといけませんし」


 「あの男は勇者との戦いでかろうじて生き延びただけですからすぐには行動を起こさないでしょう。冥王と戦うためにもレオスさんの力は必要です」


 真剣なまなざしをバス子に向けると、バス子は肩を竦めて言う。


 「ま、わたしは面白ければなんでもいいですがね! げひゃひゃひゃ! ……とりあえず、レオスさんの旅の目的を聞いて、それを手伝うというのはどうです?」


 「それね!」


 「それじゃ、とりあえず宿を取りましょう宿! 野宿ばかりで体が痛いんですよねぇ」


 「……」


 「レオスさんの泊っていた部屋、あんなのがいいです! あのふかふかなベッド寝心地が――」


 「――よ」


 「え?」


 「無理よ」


 「無理って……どうしてです!?」


 「お金が無いからに決まっているでしょう? 魔王城から持ってきた人間の通貨はもう食事だけで精一杯」


 「ふかふかベッドは……? おいしい食事は!?」


 力なく首を振るベルゼラ。それを見て愕然とするバス子。そして――



 「あ、わたし今日からレオスさんの性奴隷になりますんでこれで!」


 「ダメに決まってるでしょう!? 破廉恥よ!」


 「わたしのシンデレラロードのためにも、どうか! どうか!」


 「意味が分からないわ!?」


 二人はしばらく路地裏でもみ合っていたのだった――



 ◆ ◇ ◆



 ――僕とルビアが寝付いてから数時間後――


 

 「んーすっきり眠れました! ふう、久々のレオス君は凄かったです……」


 「んあ……エリィ、起きたんだ……何が凄かったの?」


 「い、いえ、何でもありません! ルビアも眠っているんですね」


 「疲れていたみたいだからね」


 そんなことを言いながら僕が上半身を起こすと、ルビアも目を覚ました。


 「おふぁようー……」


 「おあようございますルビア! ……と、言ってももう夜中ですね。お腹ペコペコです」


 「あ、そうか。エリィはお昼食べないで寝てたもんね。よっと……! ん? 紙?」


 ベッドから降りてテーブルにある水を飲もうとしたところで、扉の下に紙が落ちていることに気づく。拾って確認してみると……



 “お夕食は冷めていますが、お申し付けくださればご用意できます。あと、お連れ様もお泊りになるのでしたら料金の追加をお願いします。このまま一部屋で良ければお二人で銀貨一枚で結構です“


 と、書かれていた。


 「なんと書いているんですか?」


 「食事は出るみたい。で、泊るなら宿賃は払ってってさ。この部屋なら二人で銀貨一枚でいいそうだけど、僕と一緒よりルビアと二人で取った方がいいよね」


 「いえ、ここで大丈夫です」


 「力強いお言葉!? ほ、ほら、女の子だし年頃の男女が一緒の部屋ってのは良くないよ、うん」


 僕は何とか言い訳を口にして頷くが、


 「ここで大丈夫です。ベッドも大きくて三人寝れることが証明されましたし、お金も勿体ないですし」


 「二度目の大丈夫ありがとうございました! ……まあ、今日はごたごたしていたからもういいよ……多分これで最後だろうしね」


 「?」


 「ふにゃ……お腹すいた……」


 寝起きの弱いルビアがベッドの上でふらふらしているのを見ながら、僕は外は部屋から出て食事の注文と宿代を払いに行く。やがて、ルビアも覚醒したころ、無理を言って作ってもらった料理が三人分届いた。


 「おいしそうですね! いただきます!」


 「お姉さん、ここ最近で一番ゆっくりしているわ……」


 パンや生ハムサラダにクリームシチューなどを口に運ぶエリィに、白ワインとチーズをゆっくりと食べるルビアを見て、なんとなくほほ笑む。


 「元気になってよかったよ」


 「ええ、もうレオス君を追いかけるのに必死でした! 途中、魔物に殺されていないかすごく心配してんですよ。パレードが終わって姿を消していたときにはどうしようかと……」


 「まあ、どうせパレードには出られなかったし、あのまま城にいる理由も無かったからね。国王様に挨拶なしで出てきたのは申し訳なかったけど」


 「もぐもぐ……んぐ……ぷはー、おいしいわね。国王様もレオスが居なくなって驚いていたわよ? まあ、大魔王討伐に居なかったことにしたから城に居ても仕方ないってのは分かるけどさ。で、話があるんでしょ?」


 ルビアが頬杖をつきながら僕の目を見て言う。そう、先ほど話そうとしたことを言わなければ。僕が最後のパンを口につけようとした時――


 ガタガタ!


 「ん? なんの音?」


 「窓がゆれ――きゃあああ!?」


 「どうしたのエリィ? うわあああ!?」


 「何よ二人して、脅かさない……ひぃ!?」


 僕たち三人は窓の外を見て驚きの声を上げる。なぜならそこには――



 「う、うう……パン……スープにサラダ……お酒……」


 「バス子ー!?」


 「え? え? お知合いですか?」


 目のハイライトが消えたバス子が窓に張り付いて涙とよだれを垂らしながら窓をガタガタと震わせていた。


 そうか、サキュバスだから飛べるのか……それにしても何やっているのか…… 

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