その39 大魔王の娘、その目的



 「さて、それでは本題に入りましょう」


 目の前に立つベルゼラがソファに座り、ルビアが警戒しながら僕の座るベッドへと近づいてきて、僕とベルゼラの間に椅子を置いて座る。どう考えてもベルゼラお狙いは僕だから、何かあってもいいように間に入ってくれたのだろう。目の下のクマはすごいけど、こういう気づかいは頼りになる拳聖ルビアなのだ。


 「で、僕に話があるというのはあのワイングラス……聖杯が欲しいからかい?」


 「それも一つの用事です」


 「ってことは最低でももう一つあるのね?」


 ルビアがピッと指を立ててそういうと、ベルゼラは目を細めてニヤリと笑う。


 「ええ。時に拳聖ルビア。私の父、大魔王を倒したのは勇者アレン、そう思っていますね?」


 「? そりゃそうよ。光の剣が灰になった大魔王の体に刺さっていたからね」


 「……実はそれが違うとしたら?」


 「……」


 なるほど、去り際に感じた視線は恐らくベルゼラだったのだろう。おはようからおやすみまで……もとい、僕が記憶を取り戻してからエスカラーチを灰にするまでの過程を全て見ていたようだ。このまま話させてもいいものだろうか? エリィとルビアなら別にバレても問題ないような気がするけど、どうしようかな?


 「違うってどういうことよ。他の誰かが倒したっていうの? あたし達以外には誰も居なかったと思うけど」


 「ええ、その通りです。しかし、あなたは気絶していて倒した瞬間を見ていない……違いますか?」


 「じれったいわね。さっさと言いなさいよ」


 こういう問答は酷く苦手なルビアが怒り出した。すると、復活したバス子がベルゼラの横に立って指さす。


 「倒したのは、あなたですよレオスさん!」


 バァーンと効果音がつきそうなどや顔でバス子が言うと、ルビアがぷっと噴き出して笑う。


 「ぷふ! いやいや、それは無いわよ。何かあんたにすごい攻撃を繰り出してたけど、レオスの剣って国王様からもらった魔剣でしょ? 良いものっぽいし、さっきの攻撃はレオスにしては強いと思ったけど、大魔王を倒せるほどじゃあないわよ!」


 「……フフ、別に信じてもらう必要はありませんけどね。さて、そんなレオスさんに私からお願いがあります」


 拡散したいわけじゃないのか。なら目的はなんだ……?


 「……なんだい?」


 「私の伴侶となり、お父様の後釜になっていただきたいのです」


 「「ぶー!?」」


 「ふえ……? どうしたんですか……」


 僕とルビアが噴き出し、背中のエリィが目を覚ます。いけない、エリィを起こすと面倒なことになりそうだと僕の直感が告げるので、


 「大丈夫、ゆっくり寝てていいよ」


 「ありがとうございます……レオス君は優しいですねえ……」


 ベッドに寝転がりながらも僕の腰から手を離さない……まあ危機を脱したので良しとしよう。それよりもベルゼラだ。だが、先に声を出したのはルビアだった。


 「正気? 強さの有無よりも、レオスは人間なのよ? 大魔王に据えられると思うの?」


 「そこは愛があれば……」


 「具体的な案が無い!?」


 魔族にも色々な性格の人がいるのは承知していて、全部の魔族が悪というわけじゃない。ベルゼラとバス子もその部類に入ると思う。


 だけど――


 「……申し訳ないけどお断りさせてもらうよ。大魔王だなんて冗談じゃない」


 悪神でやられちゃったし、もう恨みつらみのやり取りはこりごりだからね……


 「勝てば正義、なんて言ってたけど、勝ち方が問題なことだってあるんだよ。エスカラーチは君の父親だったかもしれないけど、人間に迷惑をかけていた結果だ。もし、エスカラーチが人間と仲良くやっていたら、こうはならなかったと思う」


 「それは――」


 沈んだ顔でもごもごと口を動かしながらベルゼラは言い返せず下を向く。


 「……ルビア、何をしているの?」


 「いや、熱でもあるのかと思って。レオスがこんなに饒舌にいいことを言うなんておかしいじゃない?」


 「悪かったね!? ……色々あるんだよ。聞きたいなら教えるけど」


 「んー、今はいいわ。それより、大魔王の娘ならここで倒しておいたほうがいいかしら? 聖杯もどうせロクなことに使わないんだろうし」


 椅子から立ち上がって構えるルビア。ベルゼラはうつ向いたまま返事は無い。


 「……」


 「えっへっへ、言うじゃないか若いの。お嬢様の見た目は確かにちんちくりんだ。伴侶にするには貧相かもしれない」


 そんなことを言いながらバス子が僕に近づいてくる。


 「でも、お嬢様は本気なんだよ。お嬢様だけでダメならわたしもレオスさんの……せ、せせ、性奴隷になってもいいから考えてくれない? 溜まってるんでしょぅ?」


 ペロン


 「うわ!? 何するんだよ!?」


 僕の股間を撫でてきたので慌てて手を払うと、バス子は固まって冷や汗をかいていた。そしてそそくさとベルゼラのもとへ戻り膝まづいてからいう。


 「お嬢様、レオスさんのアレは立派すぎてわたし達だと壊されるかもしれません」


 「何言いだすのよ、は、破廉恥!?」


 「ぐへ!?」


 「へえ……」


 「ルビアも見ないの!」


 ベルゼラに殴られて倒れるバス子。あの子はどうしてあんなに体を張っているんだろう……それはともかく、聖杯について聞いてみなければならない。


 「ま、まあ、そういうことだから、結婚相手は別に探してよ。それより聖杯とやらは何に使うのさ? 古臭いワイングラスみたいだったけど」


 「……これに見覚えが?」


 ジャラ……


 「あ!?」


 僕とルビアはまたしても声を上げる。あれは……大魔王のネックレス……!


 「そ、それ、あんたが盗み出したの!? あたしたちが出発するとき騒ぎになっていたんだけど……」


 「そうなの!? ……大魔王の娘なら形見として回収するのはあるか」


 すると、きょとんとした顔でベルゼラはルビアへ話しかける。


 「? 私は城から盗んでいませんけど? どうやって城の宝物庫へ入ろうか悩んでいたところにいやらしい顔をした男が裏庭で眺めていたので奪ってきただけですけど……あ、急所は外しましたよ」


 「何ですって!? もしかしていやらしい顔の男ってレオバールのことじゃ……」


 「ああ、そういえばお父様を倒しに来た時あなたたちと一緒に居た男ですね」


 「ええー……レオバールは何やってるんだよ……」


 「何がしたかったのかしらね。もう聞く手段もないけど。で、それと聖杯にどういう関係が?」


 ルビアは構えを解かずに訪ねると、痛みでうずくまっていたバス子が立ち上がって不敵に笑いながら口を開いた。


 「もちろん、大魔王様の復活ですよ。形見のネックレスを聖杯に入れ、その聖杯を生き血で満たし……」


 「満たし……」


 ごくりと僕の喉が鳴る。


 「何か儀式をすると復活すんですよ!」


 「……その儀式が何なのか分からないから探している途中なんですけどねえ」


 ガクっとなる僕たち。


 でもそういうことなら渡すわけにはいかない。


 「残念だけど、大魔王を復活させるつもりなら聖杯も渡せないね。また迷惑をかけるだろう?」


 「そ、そこはレオスさんが止めてくれれば!」


 ……? 何だろう、ベルゼラの話に違和感を感じる気がする。復活させたい、けど大魔王には大人しくして欲しい……?


 「どちらにしても、渡せないよ。力づくで来るなら相応の相手をさせてもらうけど?」


 「ぐ……」


 「ぬぬ……」


 大魔王を倒した僕の強さを知っている二人は僕がすごむと後ずさりをする。あ、そういうことか。


 「……僕を懐柔して聖杯を持っていくつもりだったんだね?」


 「ち、違います!? 私はそんな――」


 「分かったからもう出て行ってよ。今回は見逃すけど、次は無いからね?」


 「レオス! ここで倒しておかないと、面倒になるわよ!」


 「その判断は任せるよ。僕は攻撃されるまではしない。ルビアは強いよ? できればこのまま立ち去ってほしい」


 「……」


 すると、バス子が僕の方へ歩いてくる。


 「来るのか……」


 倒さなくてはならないとは残念だ、そう思いセブン・デイズに手をかけたところで――


 「あはーん、うふーん」


 バス子が上目づかいでくねくねとしだした。


 「わたしはサキュバスです! こうなったら魅了の魔力とこのボディでメロメロにしてあげますよ!」


 「ちんちくりんなのに……」


 「うわーん! お嬢様、あいつ酷いこと言いました! お嬢様がちんちくりんだなんて!」


 「あんたのことよ!?」


 ベルゼラがそういうと、真顔でバス子が僕を見ながらぼそりと呟く。


 「レオスさんホ〇かもしれませんね……」


 そこで僕のツッコミゲージに限界がきた。


 「出てけぇぇぇぇ!!」


 「ご、ごめんなさい! で、でも私は諦めませんからね!!」


 「えっへっへ! 今日から枕を高くして眠れると思うなよ! ……べへ!?」


 派手にすっころびながら魔族の二人は部屋を出て行った。ルビアはぼーぜんとして立ち尽くし、僕に言う。


 「……何だったのかしら……」


 「僕が聞きたいよ……でも、大魔王を復活させようとしているのは間違いない。次、現れたら倒すしかないね」


 「となるとあたしがここに来た意味もあったわけか」


 「そういえばルビア達はどうしてここに? 僕に用があったみたいだけど……」


 「ああ、えっとねえ……」


 ルビアが頬をかきながら、僕に告げる―― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る