その38 ハーレム天国に見せかけた地獄



 「もう離さないわよ……」


 涙と鼻水を出しながら上目遣いでそんなことを言うルビア。

 

 「ちょ、ちょっと、ル、ルビア!? 色々と勘違いされそうな言い方は止めてよ! あ、エリィも久しぶりだね……って、目の下がすごいことになっている!?」


 「ちょっと寝不足なんです……。でも良かった、急いで追いかけた甲斐が、あり……まし、た……」


 エリィはふらりと体を揺らすと、糸が切れたように倒れそうになり、ルビアに抱き着かれたままエリィを何とかキャッチすることができた。


 「ふう……それにしてもどうしてここに? ルビアもエリィも故郷はまったく違う方向じゃないか」


 僕が訪ねると、ルビアは目を逸らしながらもごもごと何か言い出した。


 「話せば長くなるから……とりあえず休ませて……全力で走りながら丸っと二日は徹夜なの……」


 「はあ……エリィもこんなだし、僕の泊っている宿へ行こうか。片づけるから少し待ってて」


 「分かった。できればご飯も食べたいわね!」


 すわった目であははと笑うルビア。

 いつもの凛としたかっこいい姿は微塵もなかった。一体あの後何があったのだろう……アレンに振られたことがじわじわ効いてきたのかな?


 「ブローチに帽子、短剣にワイングラス、腕輪……全部あるね、それじゃ行こうか」


 「待ちなさいよ!? 何ナチュラルに去ろうとしてるのよ!」


 「あ、まだ居たんだ。えっと、ワイングラスが欲しいんだっけ? 申し訳ないけど、明日また来てくれるかな? この通り知り合いが限界を越えているみたいなんだ」


 「居たわよ!」


 「意外と早かったですねえ。アドバンテージはこっちが上だったはずなのに。あ、お嬢様、とりあえず名乗っておかなくていいんですか? 前の話で『フフフ、これも運命かしら……そう私は――』で切られたままですし」


 「そういうのは改めて言わなくていいのよ!」


 ピンク髪が頭を後ろに組んで何とも不思議なことを言う。いや、この二人は本当に何なんだろう……関わるとロクでも無い気がするので僕はエリィを背負い、ルビアを連れて言い争っている二人を置いて宿まで歩き出す。


 「お腹すいたよーレオス」


 「はいはい、もう少しで着くから……」


 てくてくと通りを歩いている僕たち。


 しかし――



 「まったく、あんたは一言多いのよ」


 「いや、お嬢様のためを思っているんですよ? 中途半端はいけません」


 「だいたいあんたは私の従者っていう自覚が無いと思うの。もう少し敬うくらいはしなさい」


 「げひゃひゃ!」


 「何がおかしいのよ!?」


 「君たち何で付いてきてるのさ!?」


 僕が振り返って叫ぶと、二人とも「?」を頭の上に出して首をかしげる。なぜそのリアクションができるんだろう。するとルビアが聞いてくる。


 「あれ、この子達レオスの知り合いじゃなかったの?」


 「全然! さっき露店を出してたでしょ? そのお客さんだよ。で、そこの二人、さっきも言ったけど僕たちは宿へ帰るからまた明日頼むよ」


 するとピンク髪がキリッとした顔で僕の目を見つめてきた。


 「な、なんだい……?」


 「ご飯を食べられると聞いて」


 「意地汚いな!? 僕が君たちに奢る理由はないよね!?」


 すると青い髪の子が慌ててピンク髪を叩いて訂正する。


 「ち、違うわよ! 私はあなたに話があるの。さっきの聖杯と一緒にね……フフフ、その結果その二人と決別することになると思うけど、恨まないでね?」


 「レオス、早く行こうよーお姉さんもう限界を通り越しちゃったわ」


 「あ、うん」


 「完全スルー!? ま、待ちなさいー!」


 「えっへっへ……血の海まであと少し……!」



 ◆ ◇ ◆



 「ごゆっくりどうぞー(何この子、一人で泊りに来たと思ったら朝早く出かけて戻ってきたら女の子を四人も部屋に連れ込むなんてもしかして外道? 可愛い顔をしているけどきっと商人とは名ばかりの性奴隷商人に違いないわ)」


 というわけで僕はエリィとルビア+2を連れて自分の部屋に戻り、少し早い昼食を注文し今にいたる。


 今朝朝食を持ってきてくれた女性従業員さんがまた持ってきてくれたのだけど、なぜか僕の顔をじっと見ているので気になって声をかけてみる。


 「……あの」


 「ひい!? すみません!? 性奴隷だけはご勘弁を!?」


 バタン! ドタドタドタ……


 「せ、性奴隷って……」


 「性奴隷というのは、文字通り異性を――」


 「知ってるよ! わざわざ言わなくていいから! それにそれは僕のパスタだろ!?」


 「レオス、うるさい! 落ち着いて食べなさい! んー♪ ふんわりたまごのパンケーキ美味しいわあ」


 「良かったね……」


 「レオスさん、その背中のオブジェは取らないのかしら?」


 青い髪の女の子が僕の背中を指さしてそんなことを言う。もちろん背中にくっついているのはエリィだ。ベッドへ寝かそうと思ってベッドに腰掛けたんだけど、一向に離れる気配がない。


 「ちゅる……幸せそうな顔で寝ていますねえ……えっへっへ、賢聖の鼻にパスタを詰めてやりましょう!」


 「やめなよ……ってエリィのことを知っている――」


 ゴキン!


 「ぶふぉ!?」


 ピンク髪がエリィにいたずらをしようとして正面からグーパンを喰らってひっくり返った。牛串焼きにかぶりつきながら青い髪の子が椅子から立ち上がり口を開く。


 「そう。私達はあなたたちを知っているわ。拳聖ルビアに賢聖エリィ。そして勇者アレンに、剣聖レオバールを含めた勇者パーティ」


 ブワッ……!


 部屋の中が急に冷え込み、邪悪なオーラが蔓延してくる。この二人、まさか……!?


 「……!」


 ルビアが両手に串焼きを握りしめて青い髪の女の子から間合いを取ると、青い髪の子は満足げに笑い、そして驚愕の宣言をする。


 「私の名はベルゼラ……大魔王エスカラーチの娘です。ベル、と気軽に呼んでください」


 「「なんだって!?」」


 僕とルビアが驚いた声をあげると、復活したピンク髪もベルゼラの横に立ちニヤリと八重歯を覗かせる。


 「あ、わたしは従者のサキュバスでバス子と申します! 短い間かもしれませんがどうぞよろしく……!」


 今まで擬態で隠していたのか、ベルゼラの耳の上あたりの頭に角が。バス子にはコウモリのような羽と悪魔の尻尾がぴょんと覗かせていた。


 「僕たちをどうするつもりだ……?」


 「知れたこと! 大魔王様の敵討ちですよ! えっへっへ、覚悟ぉ!」


 「レオス!」


 バス子が僕に爪を立てて襲い掛かってきた! だけど僕は冷静にセブン・デイズを抜いて魔力を込める。


 「『アクアレディエイション』」


 剣を振ると、剣先から放射状に蛇の頭を模した水流が八本飛び出し、バス子へ飛びかかっていく!


 「うぉっほぅ!?」


 ズドドドド! 八本の水蛇は腕、足、胴体へと直撃。奇妙な声を上げてバス子は膝から崩れ落ちた。

 

 「よく考えたら大魔王様を倒した人間に勝てるわけない、ですよ、ね。ぐふ」


 「レ、レオスが魔族をあっさり倒した……? じゃあ冒険者ってのも本当……?」


 あ、ルビアがご飯を食べて冷静になってきた。次はルビアに譲らないと!


 「次は君かなベルゼラ? ルビアが――」


 「このおバカ! 何で攻撃してるのよ!? ちょ、ごめんなさいレオスさん! この馬鹿をとっちめてから改めて話をしましょう」


 「う、げふ!? ち、違うんですか!? あ、そこはダメです! あ、ああー!? ガクリ」


 ベルゼラのストンピングでバス子がノックアウトされた……それにさっきのバス子の口ぶり……僕が倒したことを知っているのか!? だとしたらエリィとルビアに知られるのは……あれ? 別にいいのかな?


 「ふう……悪は滅びたわ……」


 「大魔王の娘だったら君もそうだよね!?」


 「勝った方が正義なのよ」


 ああ、くそ、ツッコミが多くて考えがまとまらない……!

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