その41 一人でも大丈夫です!



 「……とりあえず顔をあげようよ」


 気持ち悪い顔で窓に張り付いたままだったバス子を招き入れると、早々に土下座の態勢を取って動かなったバス子に僕は仕方なく声をかけると。ぎこちない笑みを浮かべながら顔を上げて話し始める


 「えっへっへ……お願いがあって舞い戻ってきたのですよ。ご飯を……ご飯を食べさせてください!」


 その言葉はただ衝撃だった。人間を恐怖に陥れた魔族がまさかの物乞いを始めたのだから。


 「大魔王の娘ならお金は持っているんじゃないの? というかベルゼラはどうしたのさ?」


 「それがお嬢様が持ってきたお金はスズメの涙でもう枯渇寸前。明日の食べるものも危うい状況なんです……そして宿をとるなんてとてもとても……あ、お嬢様は路地裏に置いてきました」


 「何やってんの!? 従者でしょ君は!」


 「暇だから付いてきただけですし……」


 「なら、バス子がお金を出せばいいじゃないか」


 するとバス子はフッと髪をかき上げてから言う。


 「わたしがお金を持っているわけないじゃないですか! 宵越しのお金は持たない主義です!」


 「威張ることか!?」


 そこでエリィが驚いた口調で僕の腕をつかみながら叫んだ。


 「だ、大魔王の娘ですか!? もしかしてこの人も……」


 「あ、魔族です。サキュバスやってます」


 「軽いなあ……」


 「人間界を征服したがっていたのは大魔王様と魔王達。それと直下の部下だけでしたからねえ。わたしなんてぺーぺーはどっちでもいいんですよ」


 すると、しばらく黙って僕とバス子のどうでもいい会話を聞いていたエリィが手を上げておずおずと尋ねてくる。


 「あの、困っているようですし、とりあえず路地裏に置いてけぼりにした女の子を連れてきませんか? 野営と町中の野宿は勝手が違います。それにサキュバスさんも悪意はなさそうだと思いましたから」


 「おほ! さすがは賢聖様! 話が分かりますねぇ! 今日からわたしはあなたの忠実なしもべ……何なりとお申し付けください!」


 「あ、いえ、それは要りませんけど……それより路地裏の方を連れてきてください。話はそれからですよ」


 「あいあいさー! すぐにでも!」


 ビュン! と、軽やかに飛んでいき、


 「戻りました!」


 「……」


 ぐったりしたベルゼラを抱えて即座に戻ってきた。その様子をみてルビアが慌てて口を開いた。


 「だ、大丈夫なのその子?」


 「あ、平気です! ちょっと暴れたので絞めてきただけなので」


 「それは大丈夫なのかな……」


 というか大魔王の娘であるベルゼラを倒すあたり強いのかなバス子は? そうなるとベルゼラとバス子の強さはどれくらいあるのかが気になる。まあ、それは後でもいいか。


 「《キュアヒーリング》」


 エリィがベルゼラにキュアヒーリングをかけると、若干呻きつつ目を覚ました。


 「う、ここは……? レ、レオスさん!? あ、その、これは……」


 「大丈夫ですか?」


 「け、賢聖……」


 「ベス子から聞いたよお金が無いんだって?」


 「あう……」


 「今ナチュラルに名前を間違えませんでした……?」


 顔を真っ赤にして俯いたところを見るとどうやら本当らしい。バス子は無視した。


 仕方ない……


 「ルビア、悪いけど適当に料理を注文してきてもらってもいい? 料金は僕が出すよ」


 「分かったわ。丁度お酒とおつまみも欲しかったし、お金はあたしが出しておくわよ」


 鼻歌交じりで出ていくルビアを尻目に、僕は二人をテーブルにつかせる。


 「あ、あの……」


 「今日だけだからね? 明日からはちゃんとお金を稼ぐ手段を考えなよ? 後、二人とも昼間よりずいぶん汚れているけど……」


 「路地裏の大決戦を繰り広げた時に生ごみ箱に突っ込んだからですね」


 「汚いな!? <ピュリファイ>!」


 きらきらと浄化されていく二人を見てエリィが声を上げた。


 「え!? そんな魔法聞いたことがありませんよ! それにどうして魔法を使えるんですか!?」


 「まあそれも含めて今から話をするよ。ルビアが戻ったらね」



 ――しばらく待つと、ルビアがワインを持ち、訝しげな眼を向けてくる女性従業員さんが料理を運んできたので、ベルゼラとバス子に食べてもらう。


 「うひょー! 良かったご飯にありつけましたよ! わたしのおかげですねお嬢様!」


 「も、申し訳ないわね……この借りは必ず……」


 がつがつと食べ始めるバス子と、もそもそとフォークを動かすベルゼラ。対照的な二人を見てちょっとおかしくなったけど、これでようやく本題に入れる。


 「さて、それじゃ話を続けるよ?」


 「は、はい!」


 「興味あるわねえ」


 エリィ姿勢を正し、ルビアがニヤリと笑ってそんなことを言う。僕はコホンと咳ばらいをして話を続けた。


 「僕は今故郷へ帰っている途中なんだけど、それは分かっているよね? で、僕はようやくスヴェン王国へとやってきたわけだ」


 「ええ、だから私はレオス君を無事送り届けるためここまでやってきたんです」


 その言葉に頷き、僕は言う。


 「それなんだけど、この魔剣のおかげもあって今の僕はCランクの冒険者になれた。だから一人でも帰ることができるくらいの強さは持っているからエリィ達の助けはいらないんだよ」


 「そ、そんな!」


 「今まで守ってくれていたのはとても感謝しているし、送ってくれるっていうのも嬉しいよ。でも、もう大丈夫だから二人とも故郷へ戻っていいんだ」


 僕が宣言すると――


 ヒュッ!


 「危なっ!? 何するんだよルビア!」


 「……というのは建前でしょ? 魔剣があってCランクになれたのはまだ分かるけど、今のお姉さんの一撃を避けたのは魔剣が理由にならないわ。それに魔法を使っていたわね? あたし達の知っているレオスは、いつも困った顔で文句も言わずに後をついてくるただの荷物持ちだった。……あなた、本当にレオスなの?」


 さすが、というべきか、ルビアは僕の『強さ』そのものを疑っていたようだ。ピュリファイをかけたときルビアは寝ていたと思ったけど、まさか寝たふりだったとは。だけど僕が僕であることを疑われるのは否定しておこう。


 「間違いなく僕はレオスだよ。実は可愛い下着をつけているルビアさん。エリィは自分で洗ってたけど、女の子の下着を洗うの恥ずかしかったんだからね」


 「……」


 じーっとみんなの視線を受け、冷や汗をかいて固まるルビア。


 「ほ、本物のようね……エリィ、レオスはこう言っているけどどうするの? 護衛対象が断ってきたんだから一緒に行く必要はないと思うけど」


 どうやら誤魔化せたかな? すると黙って聞いていたバス子がトマトをかじりながら口を開いた。


 「姐さんはここまでです?」


 「誰が姐さんよ! そうねえ、あたしはエリィ次第だけど、レオスが嫌がっていたら引き下がるしかないかな」


 「大丈夫です。レオスさんと一緒に行く私が守りますから!」


 「君たちも付いてこないでよね!? というわけだから、エリィ――」


 「――です」


 「え?」


 「嫌です! せっかくここまで来たのにすぐお別れなんて嫌です!」


 「エリィ、気持ちは分かるけど、抱き枕は他にもあるわよ」


 「抱き枕ってなんのこと!?」


 僕の叫びはスルーされた。気を取り直してエリィに告げる。


 「レオバールはアレだったけど、故郷に帰っていい男を見つけて結婚しなよ。賢聖なら引く手あまただし、僕みたいな商人についてきても時間を無駄にするだけだよ? 大魔王は倒された……娘はそこにいるけど、世界は平和になったんだからさ」


 「……」


 黙って俯くエリィに畳みかけるように言う。


 「大魔王退治みたいな目的じゃないのに、好きでもない男と一緒なのは良くないしね!」


 そこでルビアもワインをくいっと飲みながら援護をしてくれた。


 「ま、抱き枕程度の認識だし、レオスがいいって言ってるんだからいいじゃない。強くなった理由と魔法が使えるのは気になるけどね」


 「ギ、ギルド試験で使い方を習ったんだよ」


 まあ前世は悪神でした! とか言っても信じてもらえないだろうし、ここでお別れなら詮索されることもないだろう。


 だけど、次に顔をあげたエリィは、涙を流しながら僕へ言う。


 「レオス君は私のこと、嫌いなんでしょうか……だから、付いてくるなと……」


 「そ、そういうことじゃないよ! 他にお似合いの人がいるだろうと――」


 「他の人は関係ありません。レオス君はどうなんですか……?」


 「えっと……ハッ!?」


 気づけば真剣なまなざしで僕たちを見るベルゼラに、にやにやと笑うルビアとバス子。


 「そ、それは……言えないよ! 僕はもう寝るよ、おやすみ!」


 「あ、レオス君」


 エリィの言葉を聞かなかったふりをして僕はソファで狸寝入りを始める。ベッドは女の子4人でも十分寝られると思うしね。


 ……どう思っている、か……


 僕は目を閉じて前世の恋人エリーを思い浮かべると、そのまま寝入ってしまった

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