第5話

僕が妻と自宅にやってきた車に乗り込んだのは午後7時半の事だった。車は黒のメルセデス・ベンツGクラス。そのまま都心の一等地を抜け高層マンションの地下駐車場に入っていった。運転手のスーツにサングラスの男は無言で僕達を連れ最上階の部屋へと連れてきた。妻は不安がっているし僕がしっかりしなくてはならない。研究者の常として普段は家に居ないんだ、今こそ男を見せるときと思っていたのだが、案内の男は扉を開け一言。


「お連れしました。」


そこには大きなリビングに置かれた机で薫と友人の沙織ちゃんがご飯を食べていて、それを金髪の美女が微笑みながら見つめているとある種カオスな光景だった。


「失礼。三枝遥輝さんと治子さんですか?」


キッチンの方から現れたのは長身で黒髪の欧州系の青年。その横には高級なスーツを着た40代程のナイス・ミドルが居る。


「その通りだ。君は?」


「失礼、二条章斗です。彼は二葉宗治。当家の分家の者です。そこの彼女はマリアです。」


二条章斗と名乗る青年は後ろの男と金髪の女性を指さし言う。そしてソファーを示すと着席を僕達を促す。


「何かお飲み物は?紅茶も珈琲もありますよ。」


「ブラックを1つ、治子にはミルクティーを。」


マリアはキッチンへ消えて行くと、向かいに二条君は腰かけその後ろに二葉氏が立つ。


「まずはご覧頂いた方がよろしいでしょう。」


と、彼は急に掌から火が出る。


「っ!これは?」


「遥輝さん、これは、魔術です。我々は魔術師、銀の星と言う魔術結社に所属する物でして。」


あまりにも荒唐無稽。


「…手品ではないようだな。」


僕には手品には見えなかった。


「詳しい仕組みを理解していただく暇は無いので、そういう物があるとご理解頂きたい。ないと証明できないのだから存在する。それで良いでしょう?」


科学の基本だ。存在しないと証明されていない物は存在すると考える。


「僕も科学者だ。あまりに荒唐無稽だが、信じる他ない。」


「結構。では説明を進めさせてもらう。貴方の娘薫さんとご友人の沙織さんは我々と対立した精力が私に対する人質として確保しようとしたのが始まりだ。」


「対立する組織とは?」


「ローマ・カトリック内部の過激派だ。教会内部の主流である保守派の依頼を受けて過激派の兵力殲滅を開始していた。あまりにも簡単に我々に殺される為に苦し紛れの抵抗であった。首領は確保し、兵力の殆どは殲滅した。だがら安心して貰って大丈夫だ。」


少々聴き捨てならないことはあるが取り敢えずはスルーしよう。


「では、娘に被害は?」


「肉体的には皆無。精神的なダメージは有るだろう。謝罪として50万ドルを提供させてもらう。あなたの属する研究所を私がオーナーとして潤沢な資金が入る様にしよう。後、護衛の観点から費用はこちら持ちで、このマンションの一つ下の階に引越してきて欲しい。」


50万ドル。現在相場は約5400万円程。研究資金の提供は嬉しいが、娘の安全を害した謝罪を金で帰るとは思わないでほしい。


「…二条さんでしたよね?薫は納得しているの?」


「ええ、引越しには同意して頂きました。研究所への資金提供は一応は年間400万ドルを考えています。」


「…破格だね。何処からそんな資金が?」


「私自身、不動産と為替や株で稼いでいます。年間に不動産だけでも数千万円は固くありますし魔術の研究家としての特許料や魔術師として稼ぐ依頼料やらがありますので。それに稼ぎ始めて早10年、溜まりに溜まった貯金があるんでね。」


ここで初めて二葉という男が口を開いた。


「章斗様は日本国内に全資産を現金に換算すると日本円で6億程お持ちです。それの半分程は毎年増やされますのでいくら使われても少々では傾きません。」


様か。彼はそれなり以上に地位のあるらしい。


「章斗殿、失礼します。フェルミ司教猊下より書状です。」


「失礼、寄越せ。」


顔色が変わる、何事が一大事が起きたらしい。急に部屋に現れたの若い聖職者と彼は日本語から何かしらの他国語、恐らくラテン系の言語に変えた。


「ベルナドッテ隊は?」


「数分前に残敵掃討が終了した時点で契約は終了でしたので。」


畜生、嵌められた。


「ベルナドッテ、今何処だ?」


『何だい、旦那。いきなり電話なんかしてきて。』


「仕事だ、報酬は成功後言い値で払う。送信する座標位置に来てくれ。」


『何かあったんだな?直ぐに向かうぜ。OKだ。』


「エンリコは何と?」


「はっ、フェルミ猊下は武装神父隊と共にイタリア北部へと向かわれました。我々武装神父隊はローマ入城が結界により防がれていますので。」


「わかった、直ぐに結社本部とエンリコと繋ぐ。」


俺は慌てて操作し、空間に通信画面を投影する。


『事態は把握している。章斗。』


『協力してくれという事ですね。』


「リヒター殿下、お久しぶりです。」


現皇帝家の法定推定相続人であり皇太子ヘルツォーク・オブ・エスターライヒの爵位を持つリヒター殿下とエンリコが映る。


「詳細は?」


『イスカリオテの武装シスター隊やら過激派がローマを占拠さらにイタリア軍部隊複数がそれに呼応しクーデターを起こした。』


映像に映る欧州地図に南北二つに分けたイタリアの南半分が赤くなり、更にスイス、ポルトガル、フランスが赤く色が変わる。


『フランスに対して国軍がイタリアとの国境で軍事演習が行われている。イタリア北部に移動した政府からの救援要請に基づきオーストリア共和国とドイツ連邦共和国はフランス国境と北部イタリアに展開。クーデターの少し前にオーストリア大統領選挙では父上が大統領に選出された。』


「奴ら、世界大戦の引き金に手を掛けた事に気付かないらしいな。」


状況は単純。クソッタレだ。

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