お湯をかけて1分 ギャンブラーは豪運か?

 俺にも彼女できるかな────?


 御歳30歳を超える半崎はんざき直樹なおきはため息を吐いていた。

 中小企業に勤める冴えないサラリーマン。

 一人暮らしの俺を孤独感が襲う。彼女はおらず酒と会社の同僚だけが孤独感を埋めてくれる。

 好みの女には巡り会わずにここまできた。

 だからと言って「即席冷凍彼女」には手は出なかった。


 商品は5000円。安い。

 ただし、現れた彼女を養う義務が付与される。その分の金は自己負担であり、手にかけるのは相当な金がいて勇気がいる。

 今のご時世、ネットの力によって家の中でも監視される社会。金を使わないために彼女を放置するとネグレクト、つまり虐待となって罰金刑に課せられる。

 貧乏な生活を強要していくことはできるが、良心がそれをさせない。


 だから手が出せなかったのだ。


 競馬でボロ儲けするまでは────



 スマホに映る占い。金運は神がかっている。

 負ける気がしないと言う自身のまま溜まったお金を競馬に落とす。そして、そのお金は倍となって返ってくる。

 お金を落としたら倍になってくる。

 稀に返ってこないが、約8割は高値でリバースされた。


 溜まったお金は俺に、夢と貪欲と彼女を夢見させた。

 早速手の届かなかった「即席冷凍彼女」を購入し、彼女となる女を召喚した。


「ここは……どこですか?」


 滑らかなブロンドの髪が肩上まで伸びる。

 整った顔。優しく感じさせる笑顔が心を和ませる。細い体がモデルを思わせる。膨らんだ胸。絶妙な上目遣い。素晴らしいとしか言いようのない容姿。

 数えきれない特徴を頭の中で列挙していく。

 好みだ!

 たとえ好みでない容姿でも召喚したら受け入れなければならない。その不安があった。しかし、俺の豪運がアタリを引いたおかげで心の不安が吹き飛んだ。


*


「多分、混乱してると思うけど自己紹介だけさせてくれ。俺は半崎直樹。君は名前なんて言うの?」

「私はみなみ早津さつと言います。簡単な方の『早』いに津波の『津』と書いてサツと言います」


 これから彼女となる早津。俺はパッと浮かんだあだ名をつけた。


「じゃあ、『さっちゃん』って呼ぶね。これからこの世界について説明するから……」


 俺は「即席冷凍彼女」の袋についていた説明書の一つを読み上げた。

 過去から女の子がフリーズドライして、解凍された現在へとタイムスリップする。そこには社会に対する空白の時間がある。

 その空白を埋めるため、説明書が詳しく補完するのだ。


 早津は物分りが良いようだ。説明書を見ると否や、すぐに置かれた状況を理解した。


 即席冷凍彼女から出てくる女の子への俺のイメージは暗いものだった。

 社会に打ちのめされ今を生きる活力を失いゆく女の子が未来、すなわち未知なる世界へと飛んで人生をやり直す。このまま生きるのは辛いから異世界に行って新たな自分として生きるのだ。

 そこには辛い過去を引きずる一面を見せる。


 が、早津は違う。

 容姿も良い。物分りが良く社会に適応できる。まさに勝ち組だろう。

 それなのになぜ未来ここへと飛んできたのか。来る前では何をやっていたのか。

 その2点を訊ねたが早津は答えてくれなかった。



*



 早津と付き合って早1年。数えきれない程デートもした。一つ屋根の下、互いに愛を育てていった。

 俺は「なぜ未来ここに飛んできたのか」と「来る前は何をやっていたのか」を再び聞いた。

 共にいる時間。長い年月が彼女の口を緩めていた。


「まず、ここへ来たのは逃げるため」


 なるほど。現実から逃げるためとかDVとかから逃げるためとか、ありきたりな答えだと感じた。


「次に、私は未来に飛んで来る前は……」


 楽しみに耳を傾ける。

 モデルかな? それはないか。あるとしても喫茶店の店員とか?

 様々な憶測が俺を楽しませる。

 しかし、彼女から飛び出た言葉は想像もしていない一言であり、強い衝撃を浴びせた。

 早津は俺の耳元でささやいた。


「「殺し屋。暗殺とかしてたの────」」


 時が……止まった

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