第17話 小説倫理:命の取り扱い

小説を書くにあたって、作中に登場するキャラクター・生物の生き死には作者の自由です。命の扱いは、作品の良し悪しに大きく影響し、命を冒涜すれば差別問題や非難の対象にもなりかねません。また、読み手の思想に多かれ少なかれ影響を及ぼします。読み手が大きな影響を受けて犯罪に及んだ場合には、責任はないとはいえ、大問題となります。架空の命とはいえ、大切に慎重に取り扱うよう注意が必要です。


世界観の設定により、死の概念は大きく異なります。

生き返りが難しいほど、命の価値は重くなります。


・現実同様(死んだら生き返らないシビアな世界)

・一定条件で死からの復活が可能(魔法や教会で死者が蘇る世界)

・ゲームのような架空世界

(死はゲームエンドを示すだけで、安易に必ず復活できる世界)

・メタ世界・ギャグワールド

(死んだ直後に、理由なく生き返るような物理を無視した世界)

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モブキャラクターの命

小説を書くにあたって初心者のやりがちな間違いは、西洋ファンタジーなどの人気RPGゲームに似た世界観の話において、設定が現実同様なのに、ゲームのような架空世界の気持ちで、敵やモンスターを安易に殺害してしまうパターンです。ゲームにおいては、敵やモンスターは「ただのデータ=NPC(ノンプレイヤーキャラクター)」であり、倒した所で特に「命を奪ってしまった」と感じる必要性がありません。しかし、小説の中のキャラクターにとっての敵やモンスターは、「ゲームのデータ」ではなく、現実に生存している生き物(プレイヤーキャラクター)です。

ゲームセンターのモグラたたきゲームで、擬似モグラを叩くのは娯楽として合法です。しかし、現実において生き物のモグラを娯楽として叩くのは動物虐待です。

小説の中で、「巨大魔法を放って山を消しとばす」「敵の大群を最強のヒーローが無双して倒す」、架空のゲーム内でやれば爽快です。しかし、小説内では多くの命が失われている大虐殺です。その価値のある行動か、罪を背負ってまで行うべき事なのか、その結果を手放しで喜べる案件なのかを、よく考えるべきです。また、安易に爽快な戦闘が描きたいなら、世界観設定を「生き返る設定」や「ゲーム内」にしてしまうのも、ひとつの手です。


小説の中は、ゲームと同じ仮想空間だから、別にゲームと同じように殺戮してもいいんじゃない?と言う考え方もあります。殺人鬼が主人公などの、倫理概念を外れた話を書きたいのであれば、それも可能です。しかし、仲間と協力して敵を倒そうみたいな形の正義の主人公を書く際に、自然界に住む、無害なモンスターを意味なく殺すようでは、人格に問題がある、魅力的なキャラクターにはなりません。それでは、公園に住むアリを足で踏み潰して回るような非道な行いです。現実同様のシビアな世界で生きるキャラクターが相手を殺すなら、殺す意味や価値がなければ、その行為は悪行となります。

また、対人や亜人戦闘においては、「殺す」か「戦闘不能で捕獲」までにするかは、対動物以上の、対人間としての判断が問われます。生物が人類に近い種族や形状になるほど、現実において罪は重くなります。


(軽犯罪)植物<虫<魚類<爬虫類<鳥類<哺乳類<人類(重犯罪)


人型でありながら、人とは扱われない存在として、ゾンビやミイラ、ロボットやゴーレム、NPCなどが存在します。理由は2つです。

・高度な知能がないため

・生きていないため(動いているが命ではない)

裏を返せば、人型でなくとも知能が高く、生きている者には、一定の敬意を示すべきとも言えます。亜人や宇宙人、人型でない知的生命体などを登場させる際に、よく考えるべきです。


また、亜人や人型に近い種族を描く際に、特定の人種差別や障害差別を連想させるような外見や風習は、注意して避けるか、注意書きを併記する必要があります。ゴブリンや巨人などを、「知能が低いから殺してオッケー」という設定は、単なる差別です。別の文化圏を持った亜人として、人間の害になるか等の正当な理由を持って、殺害する必要性があるかを考えた方が良いです。

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相手を殺す場合の正当理由

・自分達や弱者を守るため(正当防衛)

・自分達の生活のため

(食料や資源にしたり・生活に必要な土地や金銭を得るため)


相手を殺す場合の不当理由

・意味もなく

・自分勝手な理由(戦闘訓練・嫌いや邪魔等)

・娯楽や贅沢のため

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命をどう扱うのが「かっこいい」のか?


かっこよさの捉え方は、国や民族、習慣、宗教によって大きく異なります。

日本でのかっこよさは、「殺すより殺さず」です。戦闘において、相手を殺害して倒すより、相手を殺さずに捕虜にして裁判にかける、罪を償わせる方が「美徳」と考えます。実際問題として、殺すより、生かして捕らえる方が、高い技能が必要です。

日本では、市民の安全は警察と法律によって守られており、市民自身が相手の善悪を独自判断して刑罰を下す私刑(リンチ)は、禁止されています。許されるのは正当防衛のみです。そのため、相手が悪人であっても、それを個人で勝手に判断すべきではない、身勝手に殺害するのは犯罪=かっこ悪いと捉える人が多いです。

また、日本は島国のため、人材や資源、土地に限りがあります。気に食わないから殺す、付き合わないでは、生活が成り立たない狭い社会です。そのため、殺害して解決ではなく、犯罪者や悪人も、更生させて有効利用すべきとの観念が強いと考えられます。

宗教的にも、仏教と日本神道が広く普及し、無用な殺生を禁じる、思想の違う人達とも共存して生きる事を受け入れて暮らす習慣があります。


それに対して、アメリカのかっこよさは、「悪人は徹底的に懲らしめて殺す」です(個人的な考えです)。最近は、スター・ウォーズなどの東洋思想も受け入れられやすくなってはきましたけど。アメリカでは、悪人に人権はありません。悪人に対して、非人道的な扱いをするのは普通であり、むしろスカッとします。悪人は、殴ったり、罵ったり、不当にいじめて殺した方が正義です。日本人的な観念から考えれば、「根性悪な相手であっても、いじめるのはダメ(犯罪)、耐え忍び反撃機会をうかがうのが美徳」です。アメリカ映画を観ていると、主人公が意地悪な相手の飲み物に唾を入れて喜ぶ(犬の映画ベートーベン)、意識のない意地悪な相手を、不必要に自動ドアに挟んだり、引きずったりして喜ぶ(ミリオンズ)などのシーンが、頻繁に見受けられます。いじめ行為をする主人公が「仕返しをするのがかっこいい、溜飲が下がる」との思いが強いです。

アメリカでは、市民の安全は警察と法律もありますが、基本は自衛です。助けを待つのはダサい、自ら銃で身を守るのがかっこいい生き方です。アメリカは広いため、多少人口が減っても問題ない、思想の合わない人々は出て行って他で暮らしてとの観念が強いと考えられます。

宗教的にもキリスト教が広く普及し、神は唯一の存在であり、その思想を信じない人は地獄に落ちる、異教徒や他の思想とは相入れないのが普通です。今のアメリカ人は宗教より科学的思考が強くはありますが、考え方のベースはキリスト教よりです。神が八百万もいて、クリスマスもハロウィンも楽しんでしまうような日本人とは全然違います。


ただ、日本においても法で裁けない悪を斬る「必殺仕事人」や、呪いや心霊現象などで復讐を果たす作品は人気があります。これは「合法的に裁けない案件のみを裁く」からかっこいい(爽快)のであり「合法的に裁ける案件を、勝手に裁く」であれば、かっこよくない、ただの私刑(リンチ)です。

もしくは、私刑(リンチ)は罪な事を理解した上で、誰かのために犯罪を犯す覚悟を持って殺す、その後はきちんと法的に罪を償う自己犠牲を「美徳」と捉えます。

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重要キャラクターの命

小説において、重要キャラクターが死ぬのは、ありがちな展開でありながら、容易に感動や衝撃を与えます。つまり、死にネタはドラマチックで、PVホイホイです。ただのラブコメが、ヒロインが亡くなるだけで感動作になる、障害者や動物が不幸に亡くなるだけで感動作にみたいな、一時期話題になった「感動ポルノ」的な素材です。また、厨二病の人にとって好まれる素材でもあります。


誰かの死によって、人の人生や考え方が大きく変わるのは、よくある話です。作品に死を織り交ぜる事によって、ストーリーに重みを持たせるのは非常に有効です。

しかし、「とりあえず死ぬと感動するよね」「死にネタでPV稼いじゃおう」ってなってくると、作品の質は落ちていきます。死を扱うなら、なぜ死ぬのか、なぜ殺すのか、他に手段はないのか、それに周囲はどう思うかなどを、真剣に考える事が大事です。


初心者にありがちな失敗は、他に方法や逃げ場は色々あるのに、安易に自殺や心中などの薄っぺらい感動ストーリーや、恋人が死ぬだけの感動話で、恋人の性格や思い出エピソードなどが皆無な話、戦闘シーンで捕獲できるレベルの敵を惨殺して正義を主張するとかです。また、殺人事件の推理物は、毎回、死体が発見されて事件が発生し、推理に夢中になるパターンが多いです。倫理観念の薄い主人公も存在しますが、常識的な主人公であれば、遺体を人間として扱う、遺族や関係者に節度を持って対峙する必要性があります。読み手にとって推理はゲームです。しかし、小説内のキャラクターにとっては、事件は現実の出来事です。


以上。

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