第40話 幸せの予感
王維奪還に成功してからは、王宮を再び元に戻すための準備で皆忙しく働いていた。メイド頭のクランは攻め込まれた時に大怪我を負い、働くことはできなくなっていた。警護の兵士を含めて負傷したものも多く、新たに雇い入れる使用人の人選などもあり、国の重鎮たちや執事頭も頭を痛めていた。今回の件で、人望がことのほか重要視されることとなった。王宮の修復が進み、そろそろ居住に耐えうると執事頭が判断した。国王や宰相は陣頭指揮を執るために早々と屋敷へ戻った。厨房を預かる使用人の人数も大方そろい、いよいよ、以前と同様の生活ができるようになった。
街は盗賊たちがいなくなったことで、お祭りムードに湧いていた。その噂は、工事現場で働くミラベルの父と、友人宅で内職をする母にも伝わった。勿論それにミラベルや関係する人々がかかわっていたことは知らない。二人は、仕事場を離れ、街の仕立て屋へ戻ってきた。
「やっと……終わったんですね」
「ああ、ああ、あいつらの暴挙は終わったんだ!」
「これで私たちやっと家へ帰れます……」
「……長かったなあ……辛かっただろう……みんなに苦労を掛けた……」
二人は、店の前で泣き崩れた。しかし、ミラベルはいったいどこへ行っているのか全く見当がつかなかった。
「……ミラベルは、あの娘(こ)はどこで何をしているのやら……ミラベルう!」
「酷いことをしてしまった、たった一人でどんなに心細いことだろう……」
「一刻も早く探し出しましょう。そしてこの家でまた暮らせるようにしましょう!」
二人は取り換えられていた錠を壊すべく、錠前屋へ行き再び家に入れるように鍵を付け替えた。
そのころミラベルは、村はずれの家に住み農作業にいそしんでいた。ウォルナー王子は、ひとまず王宮へ戻り父王の手助けをしながら王国再建に向けて準備していた。その間も剣術の稽古や、剛健な体を作るための鍛錬を怠らなかった。今回の事で大手柄を立てたヘーゼルはカレッジ卒業後は、側近として迎えられることとなった。国王は気持ちを引き締めて周辺貴族の管理に当たることになった。王宮内は以前とは比べようもない程の緊張感と、活気がみなぎっている。ウォルナー王子は狩猟場でのんびりと狩りをし、小動物を捕まえる暇もなくなっていた。
グレーシア公爵家は、国王からの指示で、そのまま捕らわれの身として一生を終えるか、ミラベルの住んでいたところから、さらに奥地へ行った荒れ地を開墾するか選択を迫られた。彼らは思惑通り、荒れ地を開墾する方を選び、パイン王国から兵士に付き添われ旅立っていった。盗賊たちはいまだ牢につながれたままだ。
王宮が元通りになると、遠方に逃げていた使用人たちも次々に戻ってきて、新たに雇い入れた使用人と合わせると十分に事足りるようになった。メイドのラズリーが、はにかんだような笑顔で扉をたたいた。ウォルナー王子は大歓迎で迎え入れた。次にミラベルが扉をたたいた。王子はミラベルを国王の元へ連れて行った。
「王宮もほぼ元の様になり、街の人々も落ち着いた生活が戻ってきました。そこで、王様にお願いがあります」
「この度の活躍は素晴らしかった。何なりと聞き入れてあげよう!」
「ミラベルさんを、僕のお妃にしたいのです。王様のお許しを請いに参りました。なにとぞお聞き入れください」
「ミラベルさんか。……えっ、ミラベルさんというと、ここでメイドをしていた! 身元は確かなのか?」
「街の仕立て屋の娘です……」
「それを承知で結婚したいというのか?」
「はい、十分存じています」
「貴族の娘ではないのだぞ」
「その通りです、他の方とは結婚できません」
「そうか……」
「あの方でなければ、ダメなのです!! 今まで自分になかった力が湧いてくるからです」
「では、致し方ないではないか。お前の好きにするがよい。認めるも認めないもない。こんな情けない王に反対する資格などないわ」
一瞬の沈黙が王の部屋を支配した。認めてくれないことも覚悟のうえでのお願いだった。その時はどうしようかと、次の作戦も考えねばと思っていた。
「認めてくださるのですね! 有難き幸せ!! 感謝いたします!」
二人のやり取りを聞いたミラベルも、あっけに取られていた。あれほど身分違いの恋に悩み苦しんだ日々がようやく報われた。今の言葉は慈悲深くミラベルの胸を満たしていった。
「お前たちの奮闘ぶりを見て、わしも心を打たれた。ミラベルさんもよくやってくれた。妃となるとメイドをしていた時のようにはいかないかもしれないが、いつ何時でもウォルナーの味方になってください。よろしくな」
「王様! もったいないお言葉でございます。これからも誠心誠意つくさせていただきます!」
妃を失い、国を失いかけた国王は、寛容な気持ちで受け入れた。婚礼は次の春に執り行われることになった。その知らせは王宮に知れ渡り、使用人たちは驚くことしきりだった。特にメイド仲間だったラズリーの取り乱しようは尋常ではなかった。
「ミラベルさま―――っ! 今までの失礼の数々……申し訳ございませんでした!」
ミラベルの元へ来て、床に突っ伏しておろおろするばかりだ。
「ウォルナー王子様に命じられた、窓ふき競争わたくしが手を抜いたのに、勝たせていただきチョコレートを頂いてしまいましたっ! ミラベルさまがお皿を割ってしまわれたのも、すべて私の責任! どうかご慈悲を!! ミラベルさま―――っ!! 王子様―――っ!! お許しを―――!!」
ウォルナー王子もミラベルも呆れて物を言う気にもなれなかった。
「もう過ぎてしまったことです。これからは新入りのメイドにも優しく上げてください」
「あ~あ、やっぱりそういうことだったんですね……」
「どうかクビにしないでください! お願いでございます――っ!」
「クビにされたら困るでしょう。もういいわ」
「未来の妃がそう言っていますので、いいですよ」
それからは、他の使用人たちの態度も丁寧になった。
「ミラベルさまは、メイドにしては気品があると思いました」
「ミラベルさまは、以前からお美しいと思っていました」「ミラベルさまは、本当のご身分を隠していらっしゃったのでは……」
など、様々な賞賛の言葉や、お世辞や、憶測までもが王宮内を飛び交っていた。
「……全くもうっ。どうでもいいわ――――っ! 何とでも言って――――っ!!」
ミラベルは結婚が決まってからはメイドをしているわけにはいかなくなった。かといってレーズンおばあさんの小屋に戻るわけにも、田舎で気ままに一人暮らしをするわけにもいかない。仕立て屋へ戻れば、人々に好奇の目で見られてしまう。これは、王宮で住み込むしかないだろう、ということになり結婚前から住み込むことになった。前回ウォルナー王子の婚約が決まった時に準備した王妃の部屋を使えることになった。大騒動の中で、月日は流れていった。
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