第39話 再会と別れ
「私たちこれからどうなるのでしょうか?」
ミラベルの言葉に、ウォルナー王子は農夫に手を振りながら答えた。
「どうなるって、王宮が元通りになって住めるようになるまで、ミラベルさんの家に一緒に住むしかありません。僕は今住む場所がありませんから。嫌ですか?」
「べっ、別に、嫌じゃないですよ。仕方ないですよ。住むところがないんですから」
「早めに王宮の修繕をして住めるようにしますよ。待っていてください!」
「はっ、はい! 国王陛下と、妃殿下はどこにいらっしゃるのでしょう。早く見つかるといいのですが。どこかに隠れていて、ご無事だといいのですが」
「ミラベルさん、優しい言葉をありがとう。どこかで生きていて、再び国王となってほしいです。僕にはまだ荷が重すぎます。もっともっと学ばねばならないことがある」
「きっと生きていらっしゃいます! 信じましょう!」
荷馬車は牧場を過ぎ林の中へ入った。その時薄暗い林の中に人影が見えた。
「あら、人がいます。うずくまっているようですが……誰でしょうか?」
「こんなところに人がいるなんて、迷い込んでしまったのかな? 傍へ寄ってみようか」
林の中の平坦な場所に、二人はかばい合うように身を横たえていた。しかし確かに動いていた。
―――誰かがいる……動いている!
ウォルナー王子は驚愕(きょうがく)にも感動にもとれるような表情で、馬車から飛び降りた。
「父上! 母上ですね! 生きておられたのですね!」
「ウォルナー様! 王様と王妃様ですって!」
二人は荷馬車を下りると、その人影めがけて駆け出した。
「生きて、生きて、いらっしゃったのですね!!」
「王様! 王妃様! ご無事でしたかっ!!」
その二人の人影には、じっとはしていたが、確かに命の灯(ともしび)が見えた。王は、王妃を抱きかかえて、自分の上着をかけて体を温めていた。逃げ出してから数日間、屋外への逃避行ですっかり体が冷え切ってしまっていた。
「ウォルナー、無事だったか……良かった。王妃が……弱っている……早くどこか暖かいところへつれて行ってあげて欲しい!」
「ウォルナー、ウォルナー、どんなに心配したことか……生きた心地がしなかった……」
ウォルナー王子は、王妃を抱きかかえ、荷馬車へ急いだ。荷台へ体を横たえると自らの上着も脱ぎ体を覆うようにかけてあげた。
「ひとまずミラベルさんの家へ行こう。この林を抜けた先にある!」
「おお、そこにお前もいたのだな。王宮を逃げ出した時に、お前がこちらへ向かって走り去っていくのが見えたのだ。その後を必死で追っていったのだが、途中で見失ってしまった。この林に隠れていれば、再びお前に会えるのではないかと思い姿を隠していたんだ。それっきりお前の姿を見かけなくなってしまい、私たちもここから動けなくなってしまった」
「申し訳ございませんでした。私も隠れていて外へ出ることが出来なかったのです。でも、ここにいてくださってよかった。王様、もうご安心ください。ウォルナー王子様と、以前私がお世話になったブランディ伯爵家のヘーゼル様が、危険を顧みず隣国パイン王国へ行き援軍を要請してくださったのです。兵士たちは、盗賊たちもグレーシア公爵一家も鎮圧し、彼らはパイン王国で捕らえられています」
「おお、おお、ウォルナーよくやった。ありがとう。そして、協力してくれた者たちのおかげで……嬉しいことだ、なあ。いつの間にか命がけで共に戦ってくれる勇士たちが出来たんだな」
「有難きことです。ささ、馬車にお急ぎください。母上のことが心配です」
王と王妃は、身の安全も国の行く末もわからず、林の中から出ることも出来ず木の根元で身動きできず数日間を過ごしていたのだった。二人の体は衰弱しきっていた。
ミラベルの家へ着いてすぐベッドに横たわり、体を温め水分を摂らせた。しかし王妃はじっとしたままもう言葉を発することもできなくなっていた。
「王妃様っ! 王妃様っ! どうなさったのですか。何かお答えくださいっ!
ウォルナー様、王妃様が……全く動かないのです……お体がこんなに冷たくなって!」
「お母様っ! お返事してください! お母様っ! そんな! 嫌です!」
「ローズ! 我妻ローズよ! 返事をしておくれ! もう一度私の顔を見ておくれ!!」
「あああ、おかあさまあああああ……そんなああああ……いやです!」
どんなに呼びかけても、体をさすっても王妃は二度と目を覚ますことはなかった。冷たくなった体は、以前より小さくなったように見えた。しかしその顔は、愛する人に見守られて微笑んでいるようでもあった。マカダミア王はしっかりとその体を抱きしめて、嗚咽を漏らした。冷たくなった手をウォルナー王子がしっかりと握りしめた。ミラベルは、大粒の涙をこぼしその三人の親子を見つめた。
王妃の遺体は、翌日ブランディ家の馬車に乗せられ、王宮にある墓地に安置された。話を伝え聞いた使用人や、ゆかりの人々が花を手向けにやってきた。
盗賊たちとグレーシア公爵たちが捕らえられたことが伝わり、王宮には生き伸びた人々が戻ってきていた。国王と王子が無事だったことを知ると、彼らは歓声を上げた。その日から急ぎ屋敷内の破壊された箇所の修復が進められた。それが終わるまで、国王は最も近しい貴族の館で世話になることとなった。
「ウォルナーも一緒に来るだろう?」
「あっ、あのう……もうしばらくミラベルさんの家にいたいのですが……まずいでしょうか?」
「それは……どういうことかな? 貴族の館の方が安心だし、お前も体が休まるだろうに……何かわけがあるのか?」
「あのう、訳はまたゆっくりお話しいたしますが、どうぞ極秘で私をミラベルさんのお宅に住まわせてください。王宮の修繕がすべて整ったら戻りますので。どうか私を信じてわがままをお聞き入れください」
「そんな、あの……よろしいのでしょうか?」
「ミラベルさんっ! あなたは黙っていてください!」
「はっ、はいっ!」
「よし分かった。二人で、これだけのことをやってきたんだ、お前の意思を尊重しよう!」
ということになり、王様は故意にしている貴族の元へ身を寄せ、ウォルナー王子はミラベルの家へとどまることとなった。
「あのう、ウォルナー王子様、私たちいつの間にか二人きりで同じ家に住んでしまっています」
「仕方ないでしょう! こんな時ですからっ!」
「もっと広くて豪華なお屋敷に身を寄せることもできたのに、王子様あ」
「しつこいですよっ! 何度も言わせないでください! ここでいいんですよ、僕は!」
「さようでございますか、王子様」
「はいはい、分かりました。僕はここで薪(まき)割りもやりますし、畑も耕しますよっ。それでいいんでしょう」
「そんなことは、なさらないでください! でも……やってくださると助かります。やってみましょ? でもね、王子様がここにいらっしゃるって聞いた時は、私顔には出せませんでしたがそれはもう嬉しくて、嬉しくて……」
「ほら、やっぱりあなたもそうでしょ?」
「ええ、ここにいると、鶏(にわとり)やヤギと羊、それに馬しかいないんですもの。人間と会話が全くできないんですよ」
「なんだ、そういう理由ですか。まあでもいいですよ、理由なんてどうでも」
王子様に気に入られてしまったミラベルは、こうして一緒にいるしかないのだった。
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