第36話 作戦決行
作戦決行の日がやってきた。ウォルナー王子とミラベルは、暗いうちに起き準備した。服装はミラベルが村の農家の娘、ウォルナー王子は馬に乗れるよう動きやすい服装で剣を持ち荷馬車の後ろで、ヘーゼルとの合流地点を目指す。
「さあ、王子様、月がとっても明かるいです。まだまだ太陽が昇るには時間があります。太陽が昇り始めることには、山道に入れるようにしましょう」
「そうですね! 準備万端整いました。さあ行きましょう!」
荷馬車には藁を山のように積みその上にむしろを掛けた。その横にはカモフラージュのために本物の野菜を乗せてある。ウォルナー王子は藁の山の下に武器を持って潜んでいた。乗り心地は最悪だが、そんなことを言っている場合ではない。進み始めたら、ミラベルは王子とは一切会話をせずに進んでいた。どこに誰の目があるかわからないからだ。月や満天の星が二人を守ってくれているかのように輝いていた。帰りもこの星空を見ながら戻ることが出来れば、とミラベルは願いを掛けた。
林を過ぎ、農道を過ぎ、牧場を過ぎていく。次第に傾斜が出てきた。なだらかな丘陵地帯を通っている。荷台に乗っている王子の揺れも大きくなってきた。すこし速度が遅くなったが、まだ辺りは薄暗い。あと少し経つと朝焼けで空が白くなり次第にオレンジ色に染まるだろう。ミラベルは馬に願いを込めて進む。
「ビリー、あと少しで合流地点です。あ、お返事はしなくてもいいですよ!」
ミラベルが、はじめて口をきいた。ウォルナー王子という呼び名は、国境を超えるまでは禁句だ。王子の事はビリーと呼ぶことになっていた。服もヘーゼルが調達してきてくれていて、もし姿を見られても人目ではわからないように変装している。ミラベルが誰かに声を掛けられても、声を決して出さず動かないようにすることになっている。荷台の藁の下で、ウォルナー王子はじっとしていた。丘陵地帯が終わり、木々の間へ入った。もうすぐ合流地点だ。もう村人の眼に触れることはないので、ようやく安心できる。ヘーゼルとピスタの姿も見えてきた。ここへ来るまで、王子の声を聴くことがなかったので後ろでどうしているのか心配で仕方がない。
「ようやくたどり着いたわ! もう一安心です。藁を取りますよ、ビリー」
藁の下でじっとうずくまっていた王子は、周りを見回した。
「ありがとうございます。ヘーゼルさん、ピスタさん! そしてミラベルさん!」
「さあ、この馬に乗り換えていきましょう、ビリー! 服装も様になっています」
王子は、よれよれのシャツに帽子をかぶり、馬にまたがった。
「ミラベルさん、ありがとう。では、無事に必ずまた再会しましょう!」
皆、無事を祈り強く抱き合った。このまま襲われて殺されてしまう危険と隣り合わせの旅だ。ここまで馬に乗ってきたピスタは、農夫のようなシャツに帽子をかぶりミラベルの隣に乗った。ウォルナー王子とヘーゼルは数名の傭兵と共に林の中を一路パイン王国へ進路を取り、ミラベルとピスタはブランディ家の方へ向かってに馬車を走らせた。
「ミラベルさん、舞踏会の時以来ですね。なんだかとんでもないことになりました。あの美しいプルーナ公爵令嬢が、偽物だったなんてね」
「公爵令嬢だってことには偽りはなかったけど、一家で国王の座を狙っていたとは全く誰も思いもしなかった」
「ミラベルさんと地理の勉強をしたときに、パイン大国の大きさに驚かされました。パイン王国は、メローネ王国と親和関係にあるからこちらに協力してくれたら物凄い力になりますね」
「ええ、協力してくれたら、そうなりますね。今はそれしか頼るところはありませんから」
「きっと協力してくれますよ。隣の国が盗賊に支配されているのは、あまり気分のいいものではありませんから」
「ピスタさん、何だか以前より賢くなりましたね」
「ミラベルさんに褒めてもらえてよかった。これでも少しは勉強しているんですよ」
「その意気です!」
元来た道を引き返す間に、空は次第に朝焼けに染まっていった。途中から方向を変え、ブランディ家の方へ向かう。敷地が近くなってきたところで、ピスタはいつもの服に着替え馬車の旅は終わった。
「ピスタ様、また何かありましたら、連絡をお待ちしています。どうかご無事で何事もなかったかのようにお帰り下さい」
「ミラベルさんも、無事を祈っています。大切な荷馬車に乗せて頂いてありがとう!」
二人は、屋敷のかなり手前で別れた。ミラベルは、一人でいるのが不安でレーズンおばあさんの元へ行った。
そのころヘーゼルとウォルナー王子は、馬で森の中の道を通り隣国のパイン王国へ向かっていた。人もほとんど通らないような道だったが、パイン王国へ向かうには最も近道だった。たまに商人たちが通ることもあり、太陽が昇ってからはパイン王国からこちらへ向かう旅人もいた。二人は人気のないところで馬から降り、一休みした。
「この服装を見れば、僕たちの正体はわからないでしょうね」
「はい、向こうからくる旅人は、顔を見てもわからないかもしれませんが、王子様の事を知る人が通ってもわからないでしょう」
「ヘーゼルさん、あと少しですね。気を引き締めていきましょう」
「ビリーこそ、気を付けてください」
ビリーになり切った王子は、再びパイン王国へ向けて出発した。傭兵が前後を固めていること以外、二人が王子一行だと気づく者はいなかった。森は次第に深くなり、昼間とはいえ薄暗くなってきた。獣が潜んでいそうな暗い森だった。この山越えの道を超えれば、パイン王国だ。一行は気を引き締め先を急いだ。
再び道は明るくなり、林を抜けると牧場が見え隠れするようになった。道なりに、どんどん先へ進んでいく。地図を見ると既にパイン王国へ入っているようだった。牧場や農場をいくつも過ぎ人家が集まった集落を通り過ぎる。王都はもう目と鼻の先だ。この街道沿いを進めば王都へたどり着く。大きな構えの家が見え隠れし、人の通りも増えてきた。
「おお、見えてきました。あれが王宮です、ビリー!」
「ヘーゼルさん、やっとたどり着きました」
馬はゴールが近いことを察知したのか、元気よく走っていった。王宮の門にたどり着き、ようやくウォルナー王子はここまで着てきたシャツを脱ぎ、鞄から取り出した上着に着替えた。門番に、王様との謁見を請願した。ウォルナー王子は王家に伝わる剣を差し出し、ヘーゼルとともに城内へ入ることを許された。謁見の間へ入ることを許された二人は、そこでパイン王国の国王に会い、今までのいきさつと国を立て直すために出兵してほしいと願い出た。
「国王陛下、このような事態に陥ってしまったのは、我が国の政治の不行き届きが原因でございました。盗賊団が街を闇で支配し貴族とも癒着した挙句の今回の顛末。本来ならば、国王自らが彼らを裁き鎮圧すべきところでしたが、油断した隙に王宮を乗っ取られてしまいました。父王と王妃の行方も知れません。無力な王子のお願いを聞き入れ、私に力を貸していただけませんか」
「う~む、メローネ王国はとんでもないことになっているのだな。隣国のそのような有様、見てはいられないな。よし、我が国の強者たちをそちらへ向かわせよう。早速一万の兵を用意しよう。して、戦場はどちらかな?」
ウォルナー王子は、持参した地図を広げてグレーシア公爵邸を指さした。
「こちらに潜んでいるのですか。一万もいらないかもしれないが、まあ良いつれて行くがよい! 指揮官も派遣するから、何なりと指示をしてくれ。王子様の父マカダミア王とは古くからの知り合いでな、どこかで生きていてくれるとよいがなあ……」
「このような壮大な援軍を派遣して下さるとは、身に余る幸せです。私どものふがいなさ故にこんなことになってしまったのに、このご恩に報いるためには、何としてでも敵を倒さねばなりません!」
「では、わが軍を秘密裏に行動させ一気にグレーシア侯爵邸へ攻め込みましょう。我々の行動が見破られないように、パイン王国内での移動も慎重に行わなければなりません。指揮官と十分打ち合わせを行い、相手のすきを狙いましょう」
「はい! 何から何まで、お世話をお掛けして申し訳ございません」
「さて、兵士たちの準備が整うまで、こちらでしばし英気を養ってください。長旅でお疲れになったでしょう。食事の用意をさせます」
ウォルナー王子と、ヘーゼルは食堂へ案内され、もてなしを受けた。二人は、国王陛下の援軍を取り付けほっと胸をなでおろした。
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