第35話 計画

 ヘーゼルは、テーブルの上に地図を広げた。


「ここから林を通り抜け農道を通ります、牧場も通り過ぎると山坂の多い地形になります。そこまで行けば盗賊たちに会うことはないでしょう。この辺りの農道や見晴らしの良い牧場が最も見つかりやすい場所です」


「盗賊たちが隠れているというグレーシア公爵の屋敷からは離れていますね」


 ウォルナー王子が地図を覗き込んで言った。


「はい。まずこのルートを通れば見つかることはないと思いますが、仲間がどこにいるかもしれません。そこでですね……ウォルナー王子様。僕の考えでは、ミラベルさんに荷馬車を走らせてもらい、その後ろの荷台に隠れたらいいのではないかと思います」


 ミラベルも一緒に地図を覗き込んでいる。


「この辺りの人は、ウォルナー王子様が馬に乗っていればすぐ気がついてしまいますから、いい考えだと思います。山道に入り人目に付きにくくなったら王子様だけが馬に乗り換え、ヘーゼル様と一緒に国境を目指すのですね」


「その通り! 用心棒として傭兵を雇っていますが、彼等には僕たちの前後を固めてもらいます。彼等も兵士だとわからないように村人や商人に変装させます」


「それで、いつ決行するのですか?」


 ヘーゼルは、小声で言った。


「明後日の早朝です。ミラベルさんは農家の娘になり切ってください」


「はい、服装も大急ぎで準備します。髪の毛もまとめて、スカーフをかぶりできるだけ顔が見えないようにします。この辺の農場の人に会っても、私の場合は全く驚かれたりはしないでしょう」


「ウォルナー王子様は、王室ゆかりの品は何か持ちになってください


「それなら大丈夫、王家に伝わる剣を持ってまいりましたので。僕は荷馬車の荷台に、うまく隠れていますので」


「王子様が乗り換える馬は、山道に入った合流地点までピスタが乗っていきます。そこからは、馬に乗り換えてください。ミラベルさんは、帰り道はピスタを乗せて帰ってください」


「私は一緒にはいかれませんね……」


 ミラベルは、少し心残りな様子だ。


「そこまでで十分です」


「分かりました。誰にも気づかれないように出発いたします」


「今後は、計画の変更がない限りはこちらへは参りませんので、明後日までご注意ください」


 この当たりで人の姿を見たことはなかったが、気を付けるに越したことはない。ヘーゼルが全面的に協力して、こんな危険なことを計画し身を挺(てい)して動いてくれることが、ウォルナー王子にとってはありがたく、いくら感謝してもしきれないことだった。


「こんな危険なことにヘーゼルさんやピスタさんを巻き込んでしまって、申し訳ありません」


「そんなに恐縮しないでください。僕も盗賊たちをやっつけるために、何かしたいと思っていたところなのですから」


「みんなが無事で計画がうまくいくといいですね……」


「きっとうまくいきますよ!」


 普段から運動が好きで、鍛え上げた筋肉を持ったヘーゼルが言った。日ごろから体力をつけていた成果を発揮する時が来ていた。


「僕は剣術や乗馬も得意なんですよ。体を使ってやることならなんでも得意ですから、いざとなったら僕が戦います!」


「ヘーゼル様、ありがとうございます。お礼できる日が必ず来ることを信じています」


 ウォルナー王子はヘーゼルの手をしっかりと握った。二人は、王位奪還を固く誓い合った。

 外では太陽が昇り、村人たちは農作業をし、牧場では羊飼いたちが仕事をしていた。人目に付くことを恐れたヘーゼルは、明るい時間はミラベルの家にこもり、日が暮れるのを待つことにした。ウォルナー王子もヘーゼルも家の中から一歩も外へ出ないで、夕暮れ時まで時を過ごした。ミラベルは、食事を用意したり、焼き菓子を焼いてこれからの行動に備えていた。ヘーゼルが、しみじみとウォルナー王子の顔を見て言った。


「ウォルナー王子様、ミラベルさんと二人で暮らせることになるなんて、夢にも思わなかったでしょう? 王子様に取ってミラベルさんはどんな方だったんですか?」


「ミラベルさんには、僕はどんなことでも話せるんです。自分の困ったところや弱いところを見せてしまっても、なぜか平気でいられます。ついついからかってしまって、後で後悔してしまったこともあります。でも、それも楽しいのでいつも話しかけてしまいます。説明のしようがないですね」


「それは……王子様にとって好きだってことなんでしょうね。理屈では説明できませんね。ミラベルさんもなぜ王子様が好きなのか、説明できないのと同じだと思います。そうでしょ? ミラベルさん!」


 かまどに火をくべて焼き菓子を焼いている後ろ姿に向かって声を掛けた。


「まあ、ヘーゼル様! なぜなのでしょうね? 何でも私に聞いてくださるのが嬉しいんでしょうね……きっと!」


「そうそう、答えを聞くのが楽しみなのです。僕が王子でも王子でなくても、傍にいてくれるそうですよ、ヘーゼルさん!」


「そうなんですか。ちょっと残念だなあ。王子様じゃなくなっても、僕のところへ来てくれたりはしないんですね」


 ミラベルは、振り返って二人の顔を見た。


「もう、何を言っているんですか。二人とも! まずは作戦の事だけを考えましょう! その話はそのあとで……」


「だって、王子様じゃなくなってもいいんだったら、このままでもいいのかなって思ったりもして……」


「王子様! ほんとにこの話はここまでです!」


 その日は、夕刻まで三人で話をして夕餉の食卓を囲み、暗くなってからヘーゼルは回り道をしてブランディ家の屋敷に帰った。来た時と同じで、誰一人道ですれ違うものはなかった。

 王子とミラベルは再び二人きりになった。二人は先ほどのヘーゼルとした話を思い出していた。ウォルナー王子が王子だったころは、ミラベルは自分が釣り合わないと悩んでいた。今やその立場が逆転している。自分がこの家の主で、王子はいわば居候の身だ。


「今やミラベルさんがこの城の王女様で、僕はあなたの召使みたいなもんですね。立場が逆転してしまいました」


「まあ、まあ、王子様。こんな素晴らしい方が私の召使になってくださるなら、私いつまでも王女様でいますわよ!」

 小さな家の中のほんの小さな灯りの中で、二人の楽しい会話がと笑い声がいつまでも続いた。

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