第34話 ミラベルの家へ

 ミラベルの建てた家は、人里離れた辺鄙な土地にあったことが幸いして、絶好の隠れ家となった。しかもここを知っているのは、レーズンおばあさんとヘーゼルだけだし、王子とミラベルの親しい関係を知る者もいない。王子が身を隠すにはうってつけだった。家にはいくらかの食料が蓄えられていて、暫くは買い出しに行かなくても当座は間に合いそうだった。


「王子様、こんな生活をすることになるとは思わなかったでしょう。私にとっては、ここは城みたいなものですが、王子様にとってはあばら家のようですね」


「そんなことはありません。僕はミラベルさんとこんな生活ができるなんて、夢のようです。こんな状況じゃなければ、どんなにか楽しいだろうと思います。いや、こんな状況でさえ一緒にいられると楽しい。ここは言うならば僕たちの城のようなものです」


「私たちのお城ですか。物は考えようですね」


「ですから、ミラベルさんは僕のお妃です」


 ウォルナー王子は今まで見たことのないような、優しそうで無邪気な笑顔でミラベルを見つめている。ミラベルもこの作戦がうまく行ったら、ウォルナー王子と幸せに暮らせる日が来るのではないかと夢見るようになった。やっとそれが現実になるかもしれない。


「ウォルナー王子様、私…私…ずっと王子様のことが……」


「好きだったのでしょう?」


「なぜそれを? だって、僕もミラベルさんのことが……ずっと前から……」


「好きだったのですか?」


「そうですよ! 何で気がついてくれないのかなあ。あんなにミラベルさんと一緒にいられるように、知恵を絞って作戦を立てたのに……」


「その作戦はいつ立てたのですか?」


「……う~ん、狩りの時からかな。面白い娘さんが飛び込んできたなと思って、最初は面白半分だったんだけど、僕を魅力的な男にするレッスン辺りからあなたにどんどん引かれていた。メイドの君をあきらめようとすればするほど、魅力的になって手が届かなっくなってしまい、意地悪をしてしまっていた」


「私もあきらめようとすればするほど、そっけなくしてしまいました」


「もうあきらめないよ! 君も僕を簡単にあきらめるなよ!!」


「ええ、ええ、王子様をあきらめません。どんなことがあっても!」


「この計画が失敗に終わって、僕が王子じゃなくなってもあきらめない?」


「あきらめません。私にとっては王子様だから」


 ウォルナー王子は、しっかりとミラベルの手を握った。絶対に放さないという決心を持って握った手には力が込められていた。痛いほどの力だったが、ミラベルもしっかりと握り返した。仕事中はいつも結んでいる髪の毛は、今はほどかれてさらさらと肩にかかっている。王子は美しい長い髪を指先でもてあそぶようにして、額にキスした。ランプの明かりに照らされた顔は、ほんのりと赤みがかっている。


「僕たち寄り道しすぎました」


「ほんとうに、もう迷いません」


「今日は乾杯したい。でもやめておくよ。これからやらなければならないことが山ほどある。気を引き締めてやり遂げるよ。もし僕がここで見つかってしまったら君は逃げてくれ!君を巻き込みたくない。僕が戦えばいいんだから。そして殺されてしまったら僕の事なんか知らないと言ってあきらめてくれ!」


「そんなことを言わないでください! 私も戦います!」


「ありがとう。そんなことを言ってくれるのは、世界中どこを探してもいない。そしてたった一人の人だ」


「今日は安心してお休みください。そしてヘーゼル様からの連絡を待ちましょう」


 王子は、この戦いは命懸けだと覚悟していた。もし自分の命が奪われるようなことがあったら、ミラベルだけは巻き込むまいと決めていた。以前ミラベルが言っていた。何かあった時のために剣術をもっと鍛えておけばよかったと。ウォルナー王子は戦いに備えて体を休めなけれならないと思いながらも、様々なことが頭の中に去来してなかなか寝付くことが出来なかった。

 

 うつらうつらしているうちに、いつの間にか眠りについたのか、ウォルナー王子は眩しい朝の光で目が覚めた。急いで着替えキッチンへ行くと、ミラベルが朝食をテーブルに並べていた。一枚の皿に盛りつけられた朝食は、何皿にも豪華に盛り付けられた王宮での食事に比べると質素なものだった。


「こんな物しかご用意できなくて、申し訳ございません」


「逃げてきた僕には、朝食を頂けるだけでも有難い」


「パンも焼き立てではありませんが、何とか食べられますので」


「ここで焼いたものですね。美味しそうです」


「簡単に買いに行くこともできないので、ここに蓄えてあるものを使って作らなければなりません。おばあさんの小屋でも大抵そうでした」


「ミラベルさんは、おばあさんと二人暮らしをしていたんでしたね」


「ええ、といっても本当のおばあさんではありません。逃げていった小屋がそのおばあさんの家だったので、そのまま住み着いてしまったんです」


「その方とも、不思議な出会いだったのですね」


「ええ、助けて頂いて、仕事のお世話までしていただきました」


「ふ~ん、今度紹介してくださいね」


「落ち着いたら、ぜひご紹介します」


「ここは静かなところですね」


「ええ、人家はほとんどありませんし、土地も痩せているので畑にするのにも一苦労です。、だから私にも家が建てられました」


 遠く彼方から風が吹いくと、木の葉が触れ合うような音が時折聞こえてきた。人の気配は全くしない。あまりに静かなので、二人の声とお茶のカップを置く時のかすかな音しかしない。始めはミラベルが、そっと家のドアを開けて外を覗いた。続いてウォルナー王子が外へ出て伸びをした。


「あら、何か遠くから音がします。馬がこちらへ向かっているようです。王子様は、早く家の中へお入りください!」


 かすかな規則正しい音が、朝もやの中で聞こえている。ミラベルは、木陰でその音のする方へ目を凝らした。見知らぬ人だったら、ここから逃げなければならない。林の中の道をじっと目を凝らしてみていると、それはヘーゼルのようだった。ほっと胸をなでおろした。


「ヘーゼル、来てくれてよかった」


「へえ、ここがミラベルさんの新居なんだね。可愛い家だなあ」


「さあさあ、中へ入ってください。ウォルナー王子様もいらっしゃいます」


「では、中で今後のことについて打ち合わせをしよう」


「馬はこちらへ繋いでおいてください。道からは見えない場所ですので。念には念

を入れませんと」


 二人は、家の中へ入った。ウォルナー王子と三人で作戦の打ち合わせることにした。


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